赤・金・緑-1

「正直な話「シルバーバレット」頼った方がいいと思うわ。ジャギィフェザー以外もいるかもしれない。警察だけだと手に余るぜ」


 本郷は相槌を打った。

 賑やかし用につけたテレビの音声に耳を傾ける者はいない。ただ沈黙が流れる。


 3人はソファに座りながら酒を飲んでいた。本郷が新しく開けた缶を傾ける。喉を何度も鳴らし、口を離す。


「酔えん」

「一気に飲んで大丈夫?」


 ジニアが言った。


「ああ。酒には強いんだ」


 本郷は言って、項垂れるように前屈姿勢になる。

 脳裏に過ぎるのは仲間たちの死の映像だった。憎悪と血と暴力が飛び交う悍ましい光景。


「仲間だった」

「ん?」


 赤志が片眉を上げた。


「撃たれて死亡した捜査官は大切な仲間だった。俺の疑いを晴らすために無茶もしてくれた。それに、今日犠牲になった警察官たち」


 本郷が空になった缶を見つめる。


「ろくに話したこともない。名前すらわからない者もいた。けれど仲間だ。それが目の前であんな無残に。殺された暴対課には顔見知りもいた。殺されたことには憤ってる。けどそれ以上に自分に腹が立っている。飯島さんも小柳課長も、楠美も武中も、全員が今この瞬間も心を痛めながら働いているのに」


 力を込める。アルミ缶がバキリと曲がった。


「俺は、何をやっているんだ」

「……泣くなよ?」

「泣くか」

「よかった。デカいオッサンの泣き顔とか見たら夢に出るわ」


 赤志は一口酒を飲んだ。


「あんた何に嘆いてんの?」

「何が言いたい」

「死者に謝りたいと思う?」

「……」

「例えば殺された捜査官には?」

「……そうだな」


 はっ、と赤志が吐き捨てた。


「謝る意味ねぇだろ。心が楽になりたいからって謝るな」

「そんなつもりはない」

「そう? だったらまず仇取るって考えにならない?」


 赤志は酒を呷った。


「別にあんたが悪いわけじゃない。犯人取り逃したことは反省するけど謝罪しても強くなれない。だから死んだ連中には「お前らの無念晴らす」って誓って、顔上げて、クソカス共を見つけてぶっ飛ばす。それで充分だろ」

「……」

「で、今は休めって言われたから休もうぜ。働いている人たち頑張れ~」


 赤志は飲み口を覗き込んだ。


「それは、励ましのつもりか?」

「別に。ただ結果で見返してやりてぇ。あのパーマババアに吠え面をかかせてやる」

「お前は仕事人だな」

「これでも異世界で英雄でしたし?」


 ヘラヘラと笑った。だが目許には寂しさがあった。


「あんたの気持ちはわかるよ。俺の仲間だって何人も」


 赤志は言葉を止めた。


「異世界の争いを止めた、だったか? 戦争か?」

「みたいなもん。種族間の争いかな。ほら、獣人ってめっちゃ種類いるじゃん。だから問題が多くてさ。それで俺が適当に暴れてたらなんか上手く行った」


 含みのある言い方だった。恐らく詳細に語れないのだろう。


「本郷さんは、どうして「シシガミユウキ」を探しているの?」


 ジニアが聞いた。

 ここにいる者たちならいいだろうと、本郷は自分の妹の事件を語った。犯人扱いされていること、個人的に柴田に怒っていることも含めて。


「酷い……」

「ジニアちゃんもお母さんを探しているんだろ。不安にさせるようなことを言ってしまったな」

「ううん。ちょっと怖くなったけど、気にしないよ」

「妹の仇、か。そりゃ追うわな」

「お前はどうなんだ?」

「ん? あぁ」


 赤志はこめかみを掻いた。


「歯切れが悪いな」

「恥ずかしいんだよ。ショボくて」

「言ってみろ」

「笑うなよ? あんな薬ばら撒いて、何の罪もない人たちが傷ついてるのが、気に食わないだけ。だから簡単に言うと、人助け?」

「立派な理由じゃないか。恥ずかしがる必要がない」

「こんな見た目してんだぜ? おかしいだろ?」

「見た目が全てじゃない。それに、その格好にも理由があるんだろ」


 赤志は面食らったような顔をして。


「何でそう思うんだよ」

「真面目な性格をしている。好んでそんな髪色にしないだろ」


 赤志は、本心を見透かされたような気がした。


「ぷ……あはははは!!」


 破顔して立ち上がると冷蔵庫に向かった。途中赤志の足元に権次郎がすり寄った。


「レイラ。ゴンちゃんに餌やった?」

「あ、うん! 今あげる」

「ちゃんと世話しな」


 冷蔵庫を開けビール缶を2本取る。

 入れ替わるようにレイラがキッチンに来る。棚からキャットフードを出すのを見て本郷のもとへ。

 缶を渡すと、赤志はスマホを取り出した。


「そうだ。あんたに見てもらいたい動画があったんだ」

「なんだ?」

「いや、今朝のニュースなんだけどさ。俺、警察のことわかってないじゃん? 捜査について聞きたいことがあって……えっと」


 赤志は画面の上で指を忙しなく動かした。見つけたのか笑みを浮かべて画面を見せた。


「ほらこれ」


 本郷は目を向ける。




『適当に合わせて喋ってくれ。

 ジニアチェインを信用するな。

 あの子は「シシガミユウキ」の知り合いかもしれない』




 映っていたのは文字だった。


「あ、違った。これじゃない」


 再び指を這わせ、画面を見せる。


『あの子は母親を探しているが、「シシガミユウキ」に殺された、って明確に言った。つまり、彼女は既に会っている可能性が高い』


 本郷は口の中が乾いていくのを感じた。


「雑な、捜査だな」

「あ、そう思う?」

「内容を見る限り、証拠が明らかに足りてないんじゃないか」


 赤志がスマホを操作した。


『あの子の父親が気になる。もしかしたら、ジニアチェインの父親が「シシガミユウキ」なんじゃないか?』

「……なるほど。身内が怪しいと思ったんだな」

『今日、ヤクザと一緒に獣人がいた。あの2人がもし「シシガミユウキ」と関わりがあるなら、獣人が味方に付く理由もわかる』

「根拠が謎だな」

『いるんだよ。人間を殺したがる獣人ってのは。ジャギィフェザーはそれだ。だから、ジャギィフェザーは三鷹組の味方じゃなく「シシガミユウキ」の味方かも』


 赤志はスマホをしまった。足音が近づいてきたからだ。


「アカシーサム」

「ん? どうした?」

「お腹すいた」


 赤志がキョロキョロと視線を動かす。


「あー、どうすっかなぁ」


 ふと、ジニアがテレビを見た。ちょうど列車事故の映像が流れていた。「グリモワール」と思われる人物が拘束されながら叫んでいる。


『違う! 違うんだ! なんでこんな……頼む、話を聞いてくれ!』


 ジニアは顔をしかめ、ボリュームを下げた。


「そうだ、デリバリー注文するか。な。あんたも食ってけよ」


 赤志はラックの上で充電中のタブレットを手に取る。


「……そう、だな。カロリーの高いものを頼んでくれ」

「じゃあピザにすっか」

「糖質が気になるが、Lサイズ5枚以上頼んでくれ。金は払う」

「ご、ごまい……あんたそんな食えんの?」

「あとご飯もの」

「いや、糖質っ!」

「魚と鶏肉もだ」

「じゃあ、まず焼き鳥と……」

「いや、牛とか豚にしよう」

「面倒くせぇな! 自分で頼めよじゃあ!!」


 タブレットを投げる。本郷は見事にキャッチした。


 それを投げ返す。赤志はキャッチしそこね額にぶつけ、悶絶した。本郷が吹き出し、ジニアが心配そうに駆け寄る。


 そして破顔した。静かだった空間が賑やかになった。


 ただ、空気は酷く、冷えこんでいた。

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