本郷-1

 11月28日、月曜日。時刻は昼になろうとしていた。


「お疲れ様です」


 病室前に立っていた刑事に敬礼すると怪訝な目を向けられた。


「中に入っても?」

「被害者の意識は戻ってません」

「顔を確認したいだけです。すぐに済みます」

「……長居はしないでください」


 本郷は扉を開けた。ネームプレートには「江崎真守えざきまもる」と書かれていた。


 一定間隔で心電図が描かれる音が聞こえてくる。ベッドに近づくと、顔の半分が包帯で覆われた男が寝ていた。毛布を捲り腕を確認する。トライバルのタトゥーがあった。次いで顔を確認する。

 やはり、見覚えのない顔だった。


 病室をあとにしロビーに向かう。大型テレビの映像を見つめながら飯島との合流時間まで待機する。


 謹慎は即解除された。赤志の方に注目が集まったせいか、本郷の方を問題する声などは上がらなかった。顔や名前が出回っているわけでもない。

 ただ少しだけSNSで話題になってはいた。


『赤志の相手なんか、昔の刑事ドラマの主役みたい。最新作? ドラマの撮影?』


 これくらいだ。


『「プレシオン」の効果は獣人たちの協力があったからこそです。魔法に詳しい獣人たちと開発者の黄瀬さんが話し合い、実験を繰り返し────』

「縁持くん?」


 顔を上げると女性が立っていた。

 ブラウンのコートにジーンズ。少し明るめの茶色の長髪。誰だかわからないが、少し懐かしさを感じる。


「そうですが」

「えっと。高校時代、一緒のクラスだった江崎舞えざきまいなんだけど、覚えてるかな?」

「……委員長?」

「そうそう! 久しぶり」


 江崎は薄い笑みを浮かべた。


「その大きい体見たら一発でわかっちゃった」

「そう、か。だいぶ雰囲気、変わったな」

「地味だったもんね。昔の私」


 力の無い笑みを浮かべた。目許が赤い。


「そうか。江崎真守」

「うん。私の弟の話、聞いてる?」


 相手が涙で潤む瞳を向けた。


「病室は確認した。俺の名を呼んでたらしいな」

「うん。縁持くん、刑事さんでしょ。だから弟が言ってたのかな」


 江崎は一度息を呑んだ。


「「シシガミユウキ」はバケモノだって。意識を失う前、真守が叫んでたみたい」




ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ




 警察病院から出て入口近くにあるベンチに座る。


 江崎真守は派手な見た目をしているが薬物に使用歴はない。今はバンドマンとして活動しており、熱心に歌の練習をする若者だったらしい。同じメンバーからは真面目だと称されるほどに。


 ただ去年あたりから帰りが遅くなったと舞は言った。どこか様子がおかしいと思っていたが、もう子供ではないため深くは聞かなかった。そう話してくれた。

 そして今回、薬物を過剰摂取したとして病院に運ばれた。


 脳裏に朝日の事件が浮かぶ。事件内容とバケモノという伝言。

 彼は「シシガミユウキ」と接触した可能性が高い。直接接触してしまったがゆえ薬漬けにされたのか。それとも口封じのために襲われたか。


 後者は充分にありえる。記者である朝日も「シシガミユウキ」に接触してしまったことで殺されたのかもしれない。


「本郷」


 飯島がいた。


「お疲れ様です」

「謹慎解けてよかったな」


 飯島が乗ってきたであろうセダンを見つめる。


「小柳課長が来る予定じゃ」

「あいつら乗せたついでに拾ってこうと思って」


 顎をクイと動かす。セダンを見ると後部座席のドアが開き、黒いダウンジャケットにフードを被る大男が出てきた。赤志だ。ジニアが乗っているのも見えた。


「なぜ彼らと一緒に行動を?」

「本郷。赤志さんとジニアさんは今から協力者だ。「シシガミユウキ」確保のな」


 驚きの声は上げず眉間の皺を深める。


「全員同じ標的ホシを追っているし、赤志さんは魔法の力を持ってる。戦力としては申し分ない」


 良いこと尽くめだろ、と両手を広げた。


「お前の求める真実を早く掴むためにも、魔法使いと組むのは悪くない」


 本郷は頭を振って拒否の意を示す。


「満足に魔法も使えない世界なんですよ。ここは」

「それでも自身の能力を向上させる魔法が使えるのは強みだ」

「ですが、我々の監視下に入ったら強みが弱みになります」

「許可を出せば問題はない。というより上はもう許可を出してる」

「だとしても、一般人です」

「一般人か? あの2人」

「源さん。それでいいんですか」


 言葉を絞り出すと飯島は舌打ちした。


「いいわけねぇよ。俺だって拒否したいが、上の言い分もわかる。もし「シシガミユウキ」が危険な獣人だとしたら。魔法を巧みに使える人間だとしたら。赤志たちがいるのはメリットしかない」

 

 眉間に拳を当て思案する。赤志とジニアの力は嘘ではない。飯島の言う通りメリットはあるが、デメリットも大きいのは確かだ。


「不服です」

「奇遇だな。俺もだよ」


 間に入るように赤志が言った。


「失礼な奴だ。フードを脱げ」

「礼儀払おうって気がないから無理だわ。悪いな」

「はいはいやめやめ」


 飯島が手を叩いた。


「アイスブレイク。お互いに自己紹介でもしろ」


 本郷は溜息を吐いた。


「……薬物銃器対策課所属している本郷縁持です」

「……異世界帰りの一般人、赤志勇だ」

「ニートでしょう」

「うるせぇよ」

「以前のことは水に流しましょう。よろしくお願いします」

「はいはい。よろしく」


 赤志は本郷の手を掴む。握力が徐々に強くなっていった。


「敬語なんて使うな。対等に扱ってくれ」

「そうか。わかった。なら最初に言っておこう。勝手な行動は慎め」


 握り返すと赤志が目に角を立てた。


「はいよ、センパイ。ご教授よろしく」

「いい心掛けだ」


 互いの二の腕が膨張していく。赤志は奥歯を噛み締めた。本郷は涼しい顔で真っ直ぐ相手を見据える。


 2人の頭が叩かれた。


「いってぇ!」

「お前らなぁ。ダサい不良学生みたいなやり取りしてんじゃねぇよ。仲良くしろ。わかったか?」

「……承知いたしました」

「……クッソ。わぁったよ」


 背を向けて2人は車に向かう。赤志が本郷の足を踏んだ。本郷が赤志を肘で押す。


「んだテメェやんのかコラ!」

「ただのチンピラだな。何が英雄だ。笑わせる」

「いやぁ、仲いいなぁ」


 飯島だけは緩い空気を醸し出していた。

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