りつかヒロイン-003
一方、下級生たちの避難を誘導していたアイラは、一人の男と対峙していた──正確に言うのならば、その男以外にも十数人の呪術騎士はいたのだが、その全てが今や、意識を失い地に伏している。
「素晴らしいですね、お見事と言わざるを得ない。これでも彼らは、ボクが手ずから選んだ精鋭たちなんですが」
「そう? であれば貴方もその程度ということなのでしょうね。良かったわ、そう苦労しなさそうで」
気負うことなく、アイラは杖を構える。そこに一切の油断はなく、慢心もない。言葉とは裏腹に、アイラの本能は、眼前の男を脅威であると理解していた。
そこまで大きな体躯ではない。甘く見積もっても170cmはないだろう。
これまで見てきた呪術騎士のように、目立った装備もしていないように見えた。
ヴァルキュリア呪術騎士学校の上級生であることを示す制服を纏い、その腕と足のみに、真っ白な鎧が装着されている。
特段構えている訳ではないし、何かを仕込んでいるようにも見えない。
ただ、そこに立っているだけ。
それだけだというのに、息が詰まるほどの不安感を擡げさせる。
「ふふふ、良いですね。そういう強気な女性、ボクは好きですよ。どうでしょう、一曲踊りませんか?」
「生憎、私には心に決めた人がいるの。だから、お断り。こうして話していることすら、彼への裏切りのように思えるくらいなの。さっさと消えてくれるかしら?」
「身持ちが固い女性ですか、良いですね──けれども、そういう女性に限って、信用ならない」
これまで落ち着いていた声音に、棘が交じる。それは呪いの発露。
呪術騎士がその裡に秘める呪力が、言葉に帯びて外に出る──それこそが、既に並の呪術騎士を超えている証左に他ならなかった。
純白の鎧が、呪力を帯びて怪しい黒に染まっていく。
「『私には貴方だけよ』『ちょっと今週末は忙しくて』『あー、その日は友達の誕生日なんだ』『何で? 別に何でもないよ?』『この人は友達だよぉ』『私のこと、疑ってるの?』そんなことばかり、言うようになるのでしょう?」
「えぇっ!? 急に何!? 貴方、何の話しているのかしら!? 完全にただの実体験な私怨じゃない!!」
「そして! それを! 信じた果てにィ! ボクの彼女は寝取られたァ!」
「あー……」
噂の寝取られ先輩かあ……とアイラは独り言ちた。
噂の寝取られ先輩は一人でヒートアップし続ける。
「故にこそ、ボクはそういう女性が大嫌いです。心に決めた一人だけを愛し、愛される。人とはそういう風に在るべきだと、ボクは思いますから」
「──狭量ね。貴方こそ、本当に彼女が好きであるのなら、たとえ裏切られようとも、愛せば良かったのに」
端的に言って、アイラ・ル・リル・ラ・ネフィリアムという少女の価値観は壊れている。
誰かを愛し、愛することにかけて、彼女ほど極端な在り方を持つ少女は他に早々いまい。
ただ、自分が一番に愛している人から、欠片のような愛さえもらえればそれで良い。
自分が一番でなくても良い。
ほんの少しだけ、気まぐれ程度の愛だったとしても。
一滴だけの、情けのような愛だったとしても。
与えられればそれだけで満たされると、心の底から言える少女──故にこそ。
彼と彼女は、あまりにも相容れない。
「ボクの名前は、ネルラ・レト。名を聞こうか、恐ろしき少女」
「アイラ・ル・リル・ラ・ネフィリアム。貴方とは、愛や想いについて語り合いたくないわね」
ネルラはブルリと身体を震わせた。目の前の少女──アイラという、自身の地雷のみで構成されたかのような存在に。
アイラは小さく吐息を吐く。目の前の青年──レトの、あまりにも情けない姿に。
「幼馴染の彼女を先輩に寝取られたバスタァァァアアアアア!」
「
どちらの在り方が正しいのかを決める戦いが、幕を開ける。
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