ひろいんずアピール-003


 で、その後。


 あちこち名所を回り、やっぱこれ日本だな……という感想を毎度引き出しながらも楽しみ、夕方も近くなってきた頃合い。


 人っ子一人いない道のど真ん中で、俺は呆然と一人で突っ立っていた。

 まあ、何か……アレだ。


「はぐれた上に迷ったな」

「お前様方向音痴すぎるじゃろ……」

「それは魔王もじゃん!」

「いやぁ、こんなはずじゃなかったんじゃがのう」


 てへぺろを決めた魔王は影にすっこんだ。いや、ね。そうなんだよ。


 アルティス魔法魔術学園で幾度も作り直され、その度に改造を施され、今ではワンオフとなった俺の杖は酷く優秀であり、かなり分かりやすく道を示してくれているのだが、何か迷っちゃうんだよな。


 ついでに言えば、「しっかたないのう、余に任せておけ」と自信満々に出てきた魔王も実は方向音痴であったことが発覚したため、かなり詰みの雰囲気が漂っている。


 本当にどこなんだよここは。誰かに聞こうにも、聞く人が見当たらないんだけど?

 気分の問題なのかは知らないが、妙に具合も悪いしよ……。


 あーあ、飛べれば一発なんだけどなあ。

 残念ながらこの国では禁止されている……というか、魔法使いや魔術師の権威がかなり弱い。

 完全に呪術騎士の国と言った感じだ。


 まあ、そうでもなくとも無暗な魔法魔術の使用は厳禁であるのだが。

 学園の保有している土地で過ごすことがほとんどだから、この辺の意識が抜け落ち気味だ。


「とはいえ、どうしたもんかなあ。手を叩いたら忍者とか現れて、道案内してくんないかな。日本だし」

「やってみたらどうじゃ?」

「ふむ……」


 パンパンッ、と手を打ち鳴らす。

 シュバッ! と一つの影が傍らに現れた。


「うっ、うわああぁぁぁぁあーーーー!?」

「ッぇな、お前が呼んだんだろうが」

「いやまさか本当に出てくるとか思わないだろ……ていうか、ミラ? 何でここに?」


 そんな俺の質問にミラは呆れたような、げんなりしたような顔を見せ、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。


「オレの役目は、日之守ヒノクンの監視・護衛だって言ったろ。今回も朝から同行してたぜ」

「嘘だろ……全然気付かなかった」

「ハッ、隠密は得意分野なんでな。まあ、日之守ヒノクン相手だと、本気で隠密んなきゃならなかったから、つい迷い都に入るのを止められなかったんだが」

「迷い都?」


 かなり不穏な名前の街だった。ゲームだったらダンジョン扱いされてるタイプの名前だろこれ。


「別名:呪術騎士の街だ。ここらに住んでるやつらは全員呪術騎士でな、濃い呪力がここら一帯を包んでるんだよ。呪力に耐性の無い人間が入ったら方向感覚が壊れバグって出れなくなる呪いの街だな」

「超怖ぇー! マジで入る前に止めろよ!?」

「いや、入るにも作法パスが必要だからよ。普通は入れねぇんだ、日之守ヒノクンがおかしいって訳だな」

「何もしてないのに変なやつ扱いされる要素だけ増えていくの何なんだよ……」


 今回に限ってはただただ歩いてただけなんだが……。それでも厄介事に巻き込まれるのはもう、才能飛び越して呪いの領域だろ。


 俺は悪くない。悪くない、よね?

 こんなこと考えた時は、大体自業自得の面が大きいのでつい不安になる俺であった。


「ま、今回ばかりは日之守ヒノクンのせいじゃねぇっぽいけどな」

「と言うと?」

「迷い都に呪術騎士以外が迷い込むことはまず有り得ねぇ……つまり、招待された可能性が高いって訳だ──ま、安心しろよ。オレが守るからさ」

「……自衛くらいは出来るっての。過保護か」


 軽いやり取りをしながら臨戦態勢へと入る、空気が少しヒリついたような気がした。あるいは、自分がそうさせているのかもしれないが。


 杖を片手に、思考をフルで回転させ──


「ッ!」


 上空から飛来した砲撃にピッタリ合わせて砲撃魔法を撃ち放った。中空で拮抗し、互いに霧散する。

 そして、それを切り払うように落ちてくる、一つの閃光。


 あ、やばい。これ無理だ──魔法だけじゃ対処しきれない。

 一目でわかる、アレは


「悪い、魔王。使う」

「気にするでない、ほれ、早う使わんか。詠唱はもうこっちでしておるぞ」

「展開────"第弐装甲魔導:夢纏"」


 瞬間、蒼の衣は俺とミラを隠し。

 赤と黒に彩られた合計五つの砲撃が降り注いできた。

 それを受け止め、払う。


「あぁ!? めっちゃ重っ」

「ちょっ、日之守ヒノクン待て──」

「待ってる暇とかない!」


 とにかく一撃入れる。


 ミラの腰を掴んで引き寄せ、鋭く下がりながら夢纏を一点に集中した。

 これで倒せるなら御の字だ。倒せなくとも、時間が稼げればその間に退散できる。


 同時、謎の襲撃者と目が合った。

 灰色の髪の男だった。俺よりは年上だろう、少しだけ大人びた様子で。


 けれども瞳は鋭く細められている。

 その手にあるのは一丁のライフルだった。その周りには四つのビットが浮遊していて、同じように砲撃準備へと入っている。


「えぇ、何それカッコイイ……」

「ハハッ、そうだろ? 俺もそう思う。良い趣味してるな」


 直後、互いの砲撃は撃ち放たれた。

 ちょうどど真ん中でぶつかり合ったそれらは、先程と同じく互いを霧散させて終わる──そう、それは分かっていた。


 それは恐らく、あっちの男も。

 そうでもなければ、この瞬間に至近距離で目は合っていない。


 穿つように飛び出てきた右手を紙一重で躱し、その額に指を当てた。


「──ッ」

「遅い」


 夢纏は使い切りの魔導ではない。俺の身体への負担を考えなければ、永久的に発動し続けていられる魔導である。


 放出した魔力が大きければ大きいほど、補充した際の負担は大きいが、一撃程度の補充であればすぐだ。


 詠唱無しで発動した砲撃魔導が、灰髪の男を射抜──けない。


「っぶねぇ~。良いねぇ、盛り上がってきた」

「どっから出てきたんだよ、それ……」


 砲撃魔導を耐えきった巨大な盾を構えた男が、ニヤリと笑って銃声を撃ち鳴らす。それを回避するルートを潰すように、ビットは起動していた。


 だから壊す。放たれた砲撃を迎え撃ちながら、そのまま掴んで爆発させる。

 一基、二基、三基、四基。ついでにライフルの半分を消し飛ばしてみせた。


「おいおい、好い気になるなよな。呪術騎士の本領は、接近戦だぜ?」

「だから、近づかせないんだっての」


 大盾を片手に、灰髪の男が笑う。

 つられるように、笑みが浮かんだ。

 これは長期戦になるのが分かる。


 護衛なのだから、ミラにも手伝って欲しい──という気持ちと、この男とは二人で戦いたいという気持ちが、内心でぶつかり合った。


「そこまでだ!」


 直後、そんな心境をぶっ壊すように、ミラがどこからか出現させた斧を道に振り落とした。


 ズガァン! とけたたましい轟音と共に、俺達の間を破壊する。


先輩アニキ、何やってんだ。アンタ……」

「おいおいミラ、男同士の対決だぞ? 水を差すなよ」

「オレの護衛対象だってのも理解わかってんだろ、これ以上やるんなら、オレだって動くぜ」


 ミラの言葉に「はぁ~、やれやれ」と嘆息しながら男は銃を収めた。ついでにドローンみたいなのも収納する。


 え? 何? 何なの? 兄貴って何? ミラのお兄ちゃんなの?


 意味不明過ぎて疑問符を撒き散らかしていれば、灰色の男がツカツカと歩み寄ってきた。


「俺はリオン・ディ・ライズ。ミラの先輩だ。悪いな、破滅を二つ倒したっていう坊主の力を見てみたかったんだ」

「やり方が強引過ぎるだろ……」

「こうでもしなくっちゃ機会なんて作れないだろう? それに、楽しいと感じたんじゃないか? 君も」

「むっ」


 差し出された手を握り返しながら、図星を突かれる。

 あまり認めたくない事実だったので黙って睨めば、ライズさんは快活に笑った。


「そう睨むな、俺だってそう思ったんだからお互い様だ──それに、そう思うのも当然だと思うぜ?」

「当然?」

「ああ、何せ俺はだからな。ヴァルキュリア呪術騎士学校最強とは俺のことだ」


 なんて、クソデカ情報を滅茶苦茶圧縮しましたみたいな一言をライズさんが言うものだから、一瞬脳がエラーを吐き出して停止する。


 そして、少しの時間をかけて、ようやく再起動した頭は一つの答えを導き出した。


「……つまり、幼馴染の彼女を先輩に寝取られた人!?」

「……№2だ!」

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