ひまりガール-002
「こんなところで~何してたの~?」
「んー? ちょっと風に当たりたくてな。お腹もそこそこ膨れたし、静かなところに行きたくて」
いつの間にやら魔王は影にすっこんだらしい。別に隠すことではないが、魔王がそうしたというのならわざわざ伝えることもないだろう。
どうせ旅行先に着いたらいつものメンバーで集団移動する訳だしな。
その時に纏めて話した方が効率も良いだろう。
「ふぅん……? まあいっか~。それよりね、かんかんにちょっとお願い事があるんだけど~、聞いてくれる~?」
「良いよ、俺に出来ることなら」
「日鞠に~魔導を教えて欲しいな~」
「無理」
「即答~!?」
何で~!? と俺を揺さぶる日鞠であったが、これだけは聞けない頼みだった。
シンプルにデメリットが大きすぎる。俺、日鞠に忘れられたら泣く自信あるからね?
それにそもそも、魔導は説明したからと言って扱えるものではない。
感覚的な話にはなってしまうが、魔導とはそれそのものが人知の外側にあるものだ。
破滅がどうしてるのかは知らないが、少なくとも俺はそれを自分の理解できる範囲に落とし込んでいるに過ぎない。
俺が基本的に砲撃しか使用していないのはそういう訳である──理解出来ていない部分は、取り敢えず放出しておけば形になるからな。
もう少し理解できる範囲が広がれば色々と応用が利くはずなのだが、これがまた難しい。
「力を求めるのは悪くないと思うけど、日鞠の場合は魔法魔術極めた方が手っ取り早いよ。根源魔術が使えるのなら、魔装だって使えるはずだしな」
「でもでも~、それじゃあ破滅相手には一歩届かないんだよ~」
「そうでもないだろ。事実としてアイラは魔導と拮抗した訳だし、アテナ先生に至っては俺をボコしてる──ああ、そっか。何だ日鞠、伸び悩んでるのか」
「……むぅ~」
図星を突かれたのか、頬を膨らませる日鞠だった。あまりにも珍しくて思わず笑ってしまう。
敢えてハッキリ言うのだが、日鞠の成長速度は異常だ。原作でさえ、ただ呼吸しているだけで経験値を得ている様な存在であったのに、今となっては成長曲線が八十度くらいの角度で伸び続けているのである。
ただその周りのアイラだったりアテナ先生が完全に特異点になっており、その成長が霞んでいるのだった。
そこは完全なイレギュラーなので比べてはいけないのだが、なまじ身近な人間であるだけにどうしようもないのだろう。
故にこそ焦る。故にこそ足りなさを必要以上に自覚する。
日鞠は常軌を逸する天才であるからこそ、その足りなさを正確に測ること出来ているのだろうし、同時にこれほどまでに後れを取ることもなかったのだから、焦燥感は高まる一方でしかない。
焦燥感は視野を狭め、狭まった視野は短絡的な答えを求めてしまう。
日鞠の場合、それが魔導だったのだろう。であるのならば、そこを修正してやるのが俺の役目とも言えた。
未だに膨らんだままの日鞠の頬を、むにむにと揉む。
「たまに……っていうか、最近は結構考えることがある。これから先、俺単独で破滅を抑えるのは難しいって。みんなにも援護じゃなくて、同じ土俵で戦ってもらわないといけなくなる時が来るって」
第二の破滅でさえ、皆の協力がなければ倒せなかった。まだあと五体も控えているというのにである。
アテナ先生かナタリア校長が常に傍にいてくれるのであれば憂うことも無いが、そうもいかないのが現実だ。
基本的に俺達は学生という単位で動くことが多いし、第一第二と返り討ちにしたことからも第三の破滅に狙われる確率は高い。
というか多分、確実にぶつかる。魔王のカスのドラゴンレーダーが反応しない内は多少安心できるが、反応し始めたら覚悟を決めるしかないだろう。
もしそうなった時、仮に俺が万全の状態であっても、一騎打ちは避けたかった。
第二の破滅がレア先輩を利用したように、やつらは何を利用するのかも分からないのだし。
「そう考えた時に、やっぱり一番最初に隣に来てくれるのは日鞠しか考えられないんだよな。だから、その……なんていうかさ」
ぽややんとした表情の日鞠の手を握る。小さくて白くて温かい。
俺のイメージよりずっと少女らしく、これだけでは弱々しそうな印象すら受けそうだった。
とても戦いに身を投じてるようには思えなくて、それでも伝えなければならなかった。
「俺は多分、日鞠を一番信頼してるんだよ。才能も性格も思考も戦力も何もかもひっくるめて、隣に並んでくれるのは日鞠だって」
「────っ」
「俺が保証するよ、日鞠は焦らなくて良いって。今はただ、順調に積み重ねていく時なんだ。日鞠はんおっ!?」
ドッ! と勢いよく胸元に日鞠が飛び込んでくる。衝撃に負けて下がろうとすれば、回された腕にガッチリ動きを止められた。
我ながらかなり良いことを言ってるつもりだったのに……。
無様な遮られ方をしてしまい、そこはかとない残念感を覚えてしまう。
そんな俺にグリグリと日鞠は顔を擦りつけてくる。
あんまりそうされると段々ドキドキしてきちゃうからやめて欲しかった。鼓動にブーストがかかり始める。
一度は背中から抱きしめたことがあるものの、あれは不可抗力だったわけだし……。
「かんかんは~本当に欲しい言葉をくれるよね~」
「俺が計算高いやつみたいな言い方やめない? 思ってること素直に言ってるだけだから……」
「あは~、知ってる~!」
一際強く抱きしめられた後、パッと離れた日鞠が俺を見る。
頬をほんのり朱色に染めた日鞠は、太陽をバックにするようにして笑った。
「甘楽のそういうところ、日鞠好き~」
「……お前ね、冗談でもそういうこと言うなよな」
勘違いしちゃうだろ、と付け足す前に踊るような足取りで日鞠は屋内へと消えて行った。多分今の俺の返答、頭っから聞いてないな、アレ。
レア先輩と言い、日鞠と言い、俺を惑わす女性が多すぎる……。
アイラとアテナ先生と月ヶ瀬先輩? あれは例外だろ。
アイラは恋と呼ぶには求めるものが少なすぎるし、アテナ先生に至ってはもうただの変人だ。月ヶ瀬先輩も何かしらの使命感に駆られているようにしか見えない。
「ん? ていうか今、名前呼びされたか?」
俺の勘違いでなければそんな気がしないでもない。ふむ……と少しばかり考えたが、勘違いと割り切ることにした。
名前呼び捨てとか、固有ルートに入らないと有り得ないからな。
俺のちょっとした願望が混ざり過ぎたのだろう。こういうところも気を付けて行かないと。
いつ刺されるか分かったもんではない。
「お前様、そういうところじゃぞ……」
うんうん、と頷いていたら再びぬるりと生えてきた魔王が、滅茶苦茶蔑むような目でそう言った。
どういうところだよと問い質す前に、旅先へと着いたアナウンスが響き渡った。
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