みくプロフィト-002


 そこに広がっているのは、転生前でも見慣れた雪景色である。

 『蒼天に咲く徒花』の世界観は、現実の日本(こういう言い方は、正直かなり適していない気はするのだが)と同じサイクルで、一年が過ぎていく。


 四月と言えば春だし、七月と言えば夏、十月と言えば秋だし、十二月と言えば冬……となっている訳だ。

 そして今は、十二月と一月の境目────つまり、年末年始である。


 こうして実家に帰ってきているのは、そういう理由であった。学園に残るという選択肢もあるのだが、どうしてもそれが選べない事情があったということは、言うまでも無いだろう。


 さっさと学園に戻りたいなー、とか思っていれば、真横に腰を下ろした未玖が、やや落ち着いた様子で俺を見た。


「ふぅ、申し訳ありません、お兄様。実に一年ぶりでしたので、つい内なる情熱パッションが溢れ出てしまいました」

「そんな軽いノリでして良い暴走具合じゃなかったけどね。大丈夫? 今もかなり抑えられてないと思うんだけど」

「へ? このくらいは許されませんか?」

「いや、好きな人にするなら良いと思うんだけどね。俺達、兄妹だから……」

「それなら問題ありませんね。何故なら未玖は、お兄様のことが大好きですので!」


 言いながら、ピッタリと肩を寄せて来る未玖であった。

 本当……何でこうなったかな……。


 確かに彼女には、そういう側面が無かったとは言わないが、それでも君、もうちょっと控えめだったよね? と思わざるを得ない。


 いや、ゲームとは違い、相手が兄である俺であることから、良くも悪くも遠慮が抜け落ちているのか……?

 だとするのならば、それはそれで本当に、良いとも悪いとも言えなかった。


 ていうか、どちらかと言ってしまえば、恐らく悪い。

 これ、ただ懐いてるとかじゃなくて、半分依存なんだよな────というのも、彼女はゴリゴリの依存系メンヘラヒロインなのである。


 作中で主人公の気を惹くために、自傷行為までしたのは、彼女だけだったのではなかろうか?

 用意されていた複数枚の、実にショッキングなスチルを含め、ここら辺の記憶はかなり強い。

 今思い返してみても、中々尖った性癖の持ち主にしか刺さらなそうなヒロインである。


 彼女の存在のせいで、ヤンデレとメンヘラの違い談議がヒートアップしたのも今となっては懐かしいものだ。

 そんな未玖が「まあ、そんなことより」と俺を見る。


「本題に入るとしましょうか、お兄様」

「……おぉ、意外と冷静だ」

「こういう面倒なことは、先に済ませた方が楽ですからね」


 それに、酷く重要なことですから。と、未玖は言葉を切って、改めて俺の方へと身体を向けた。

 先程までとは打って変わって、実に真剣な表情だ────そう、である。


 これほどまでに、不平不満を内心で垂れ流し、これ以上はあまり親密にならない方が良いと分かった上で、それでも帰ってきた理由の一つ。

 それが、未玖の話を聞くこと……というよりは、《予知》を聞くことであった。


 《予知》……あるいはもっと正確に、《未来予知》と言った方が、分かりやすく伝わるだろうか。

 いわゆる、未来の出来事を予め知ることが出来る能力、である。


 最も、未玖の場合、その全貌を知ることは出来ず、断片的にしか知り得ないらしいのだが、そうだとしても、それは魔法魔術にすら該当しない特殊能力であり、だからこそ、彼女は日之守家の次期当主として選ばれた。


 そんな彼女が「お兄様の人生に大きく関わることです」という内容を、毎日長文で連打してくるのだ。

 ここまで不安を煽られてしまっては、無視するのは最早不可能と言うものだろう。


 それに《予知》は、俺が未玖に戦力として、最も期待していた部分であるのだから────俺が知っている限りではあるが、《予知》の的中率は100%である。


 流石に緊張するな、と喉を鳴らせば、未玖は静かに口を開いた。


「来年度、学園に通うとお兄様は死にます。ですので、休学して欲しいのですが……」

「…………マジで?」


 想像の百倍くらい重い話が出て来てしまい、思わず閉口してしまった。


 え? マジで? 俺、死ぬのか……?

 いや、そりゃあ確かに、七つの破滅と対峙することになるのなら、その可能性は捨てきれない……どころか、大いにあるのだろうが。


 そういった危険性が付き纏うことは、重々承知の上であったはずなのだが、こうも直截的に言われると、ショックを受けるものなのだな、と思った。

 何だかんだ、死にはしないだろう、という思考があったのを認めざるを得ない。


 とはいえ、こういうのはもう覚悟があるとか、ないとかの話では無いよな。

 普通に死ぬのは嫌だし……。

 考えないようにしているのは、ある意味当たり前とも言えるだろう。


「ていうか、端的過ぎる……もうちょっとあるだろ」

「む、詳しいですね、お兄様────だけど、そこまで分かるのなら、敢えて端的にしたということも、分かって欲しいところですけど……」

「それでも納得がいかないから、こうして聞いてるんだろ。それに、もっと色々見えてることは、言われなくても分かる」

「……未玖にも、鮮明には見えたという訳では無い、という前提で聞いてくださいね?」

「ん、了解」


 元より、そこら辺は織り込み済みである。

 確定的であろうがなかろうが、とにかく多くの情報が欲しかった。


 それにほら、未玖からすれば死んだように見えても、俺からすればそうでも無かったりする場合もある訳だし。

 腹に穴ぶち空けられたくらいであれば、即死しない自信くらいはあるからな、俺は。


 回復系は得意では無いが、立華なんかは得意だし、誰かに頼ることが出来れば生き残るのは難しくないだろう。

 つまり、少なくとも未玖よりかは、判断するまでの材料が多い自負があった。


「脚色抜きで、本当に見たまま話しますよ?」

「うん」

「お兄様は、女性の方に刺されて亡くなります」

「あれ!? そういう感じなんだ!?」

「ええ、はい。こう……ぐっさりと、背中から急所を一撃のように見えましたね」

「超こえぇー!」


 ていうか、全然七つの破滅とか関係なかった。滅茶苦茶個人の問題である。


 いや、えっ? 本当に?

 俺の死因、修羅場とかが発生した果てに訪れる感じのやつなのか……!?


 二股とか平然とする感じの男にしか許されないやつ的な……?

 流石に信じたくない話過ぎであった。


 マジかよ。

 未来で何があったんだよ。

 死ぬにしてももうちょっとあっただろ。

 これでは、幾ら何でも不名誉過ぎというものである。


「……聞きづらいんだけど、その……女性の特徴とか、分かるか?」

「そこなんですけど、予知する度にシチュエーションは変わらないのに、女性は変わるんですよね……」

「俺、そんなに不特定多数の女子に恨まれてんの!?」

「お兄様、おモテになるのは良いですが、不誠実なのは良くないですよ?」

「喧しすぎる……というか、不誠実も何も、誠実さを見せる相手すらいないんだが……!?」


 そもそも、誰かと付き合おうという意志すら、俺には無いのである。


 勘違いしようが無いほどの好意を向けてくれている、ネフィリアムとアテナ先生だって、お断りしているのだ。

 言わば(ある意味、ではあるが)、誰に対してでも誠実な状態なのである。


 その俺が、刺される……?

 何だろう、突然気が変わって、手当たり次第に手を出し始めたのだろうか。


 あまりにも想像したくない未来予想図過ぎだった。


「具体的に、何人とか分かったりするか……?」

「そうですね、未玖が見た範囲では、になりますが」

「問題ない」

「えぇっと、金髪の方と……」


 なるほど、滅茶苦茶心当たりがあるな。


「黒髪の方と……」


 すげぇな、これも心当たりがある。


「青髪の方と……」


 ビックリするくらい心当たりがあるな……。


「赤髪の方と……」


 俺の知り合いをコンプリートする気か?


「白髪の方……というよりは、ひかりさんと……」

「名前出しちゃうのかよ」


 いや、まあ、白髪の時点で分かりはするのだが……。


「後は、紫髪の方ですね」

「いや知らない! それはマジで誰なんだ!?」


 本当に知らない人が出て来てビックリしてしまった。


 ここまで来たらもう、俺の知り合いを本気でコンプリートする気なのかな、と一種のワクワク感すら持っていたので、かなり裏切られた気持ちである。


 マジで誰なんだよ、その女子はよ。

 クラスメイトにだって、そんな髪色の女子はいなかっただろ。

 何でここで急に見知らぬ女子がエントリーして来るんだ。


 新入生の女の子食い荒らしてる大学生だって、短期間にここまで拗れるような仲の女子を作るのは難しいだろ。

 基本的に、コミュニケーション能力が上等という訳ではない俺に、一体何が起こるんだ……。


「そういう訳ですので、お兄様には休学して欲しいと思いまして……」

「いやこれで休学するのは、俺への信用が無さすぎるだろ……!?」

「でも、未玖の予知は絶対ですよ?」

「うっ……」


 痛いところを突かれ、思わず唸ってしまった。

 そう、予知は絶対だ。覆ることは無い。

 とはいえ、こんなことで休むのは、流石に俺が可哀想すぎるというものである。


 なに、ゲーム風に言えば、フラグを立てなければ良いんだろ?

 余裕とは言わないが、気を付ければ幾らでもやりようはありそうだった。


 的中率100%という事実から目を背けながら、俺はフッと笑った。

 上等だ、と。自分を鼓舞しながら、俺は言う。


「おまえの予知を覆したくなった」

「……なんのパクリですか?」

「そういうの分かっちゃうんだ」


 ここまで来たら、いっそ元ネタまで看破してくれた嬉しいのにな、と死んだ目で思いつつ、ため息を零した。


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