レディ・キラー
意識が、一瞬飛んだ。
宙に身体が打ち上げられていることを確認し、遅れて追いついてきた痛みに顔を顰める。
蹴ら、れた!
クソッ、見えたのに反応できなかった!
「ハハッ、良いぜ! その顔だ! ほんの少しだけでも、良い夢は見れたかァ!?」
「優位に立った途端、元気いっぱいになるねお前……」
ていうか、近接戦闘に持ち込んでくるのはやめろ!
幾ら身体能力を底上げしてるって言っても、俺は基本的に魔法使いなんだぞ! 中~遠距離が本職なんだっつーの……!
至近距離での殴り合いも蹴り合いも、出来なくはないが練度が全く足りていない。
同じ土俵に上がった時点で負けだ、だから乗らない。ただ受け流して、ひたすら下がる。
距離を離せば離しただけ、ビッタリと着いてくる第二の破滅に舌打ちをした。
「おいおい、そう逃げるなよ。寂しいだろ?」
「何それ……もしかしてお前、俺のことが好きなのか……?」
「死ねェ!」
白焔が、引き絞られて光線のように撃ち放たれる。
極至近距離でのそれは、易々と俺の肩を貫いた。貫通された傍から焼き切られ、血の一つすら流れない。
代わりに目も眩むような激痛が走って、けれども足は止めなかった。
第二の破滅の腹へと手を当てる。
「あんまり強い言葉を、使うな、よ!」
考えていたことは同じだ。
自身の魔導を手の中で圧縮し、引き絞ることで貫通性を上げた第二の破滅と。
自身の魔導を手の中で圧縮し、けれども面制圧の為に、ただ大質量の砲撃を行った俺。
多分、ダメージとしては俺の方が低い。というか、言ってしまえば、無秩序に撃ち放っただけなので、かなりの無駄がある。
だけど、それで良い。強引だったとしても、距離を作れたのなら、後はもう俺の領分だ。
「チッ、容赦がねぇな。良いのか? この身体は、テメェの大事な女だろ?」
「は? お前それは、流石にライン超えだからな」
そもそもお前がレア先輩を素体にしなければ、それで終わった話だろうが。
迷惑とか、困るとか、そういうレベルじゃない。
大体、そんなことは百も承知の上で、本気でやってんだよ。
申し訳なさとか、既にいっぱいいっぱいで、パンクしてるに決まってんだろ。
「だけど、それも一旦呑み込む。いつまでも気にしていたら、それこそレア先輩に申し訳ない」
考えてもみれば、レア先輩に判断する時間なんてほとんどなかったはずなのだ。
何が起こっているのかを、何をされたのかを、把握することすら困難だっただろう。
だというのに、レア先輩は最低限の情報だけで、解を導き出した。
己を殺してもらうしかないという、限りなく正答に近い答えを、俺に託してくれた。
その覚悟の大きさに、いつまでも怯んでいる訳にはいかないだろう。
後でいっぱいごめんなさいして、何とかチャラに……なるかなぁ。なると良いなあ。
まあ……なるでしょ! と砲撃魔導を五つ、圧縮したのを並べて放つ。
打ち立てられた白焔の盾を軽く貫通し、第二の破滅を撃ち抜いた。
「がっ、ぶ……あぁぁァァアアア……!?」
「良く叫ぶやつだな、そろそろ後悔してきたか?」
「ギ、ィ……調子に、乗るなよ特異点────人の子如きが、俺様の前で、偉そうに吼えるんじゃねぇ!」
白焔が、第二の破滅を中心に渦巻き、絶対の盾となる。
あー、アレは無理だな。攻撃性を極端に下げて、防御性に全振りしてる。
どれだけ圧縮しても貫通させられないだろう。しかも、常に演算式を変えて端から構築し直しているから、こっちで再演算して乗っ取ることも出来ない。
この期に及んで何の真似だろう……時間稼ぎ?
いや、こっちとしては有難い限りではあるが────あっ、違う!
「まずっ──」
「開け、地獄の扉────之なるは、そうあれかしとされた怨嗟の滅亡」
悪寒が背筋を駆け抜ける。
第一の破滅と同じだ、アレは、最後の手段に出た。
視れば理解る、第一の破滅とは比べ物にならない、大規模魔導だということが。
「此処に滅亡を。愚かなる命は薪に。煌々と燃ゆるは死の焔」
地の底から、黒と白の焔が湧き上がる。
第二の破滅を基点として、地獄の焔が雄叫びを上げる。
世界を丸ごと呑み込むような、絶望的な圧を伴って。
「────真理は此処で、灰へと消えた」
地獄の扉が開き、とめどなく焔はこの世に産み落とされていく。
たった一つの生命すら逃さんとばかりに、焔は果てしなく広がっていく。
「────"
黒白の焔は、世界を覆わんとばかりに解放された。世界を舐め尽くす、死の焔が。
あー……参ったな。これ俺、相殺できないぞ……?
今使っているこれだって、元より広範囲攻撃による真っ向勝負をしたくないから、突破力を上げた形として採用した訳だし。
それに、そもそも俺は、ここら一帯を破壊するほどの大規模な魔法魔術、魔導を行使したことが無いのである。
最大で砲撃魔導くらいなものだ。それでは百発撃っても足りないだろう。
つまり、ノウハウがない。今から学習して作り上げるのは、普通に手遅れである────
「葛籠織、頼らせてくれないか?」
「ふぇ?」
根源魔術の発動準備を始めていた彼女の隣に並んでそう言えば、葛籠織は呆けたように俺を見た。
パチパチと、数回瞬きをする。
「アレを迎え撃つのは、俺だけじゃ無理だ。でも、葛籠織がいればできる……葛籠織が、必要だ」
「……あは~、おっけ~! 日鞠はどうすれば良い~?」
「いつも通りで大丈夫……ああ、でも、全部受け容れて欲しい」
言って、俺は葛籠織を後ろから抱きしめた。全身を密着させて、彼女の利き手である左手に、俺の左手を重ね合わせる。
「かっ、かんかん~!?」
「わーっ、違う違う! どさくさに紛れてセクハラしたかったとかじゃない! ただ、葛籠織の身体を通して、魔術に魔導を載せるから。こうしないと無理なんだって」
かつて、立華くんがレア先輩の魔力を補った時、その身に抱き着いていたように。
あるいは、先程俺が、立華くんに力を譲渡された際に、肌を密着させたように。
互いが触れ合っていればいるほど、その効率は良く、同時にリスクも落ちる。
だから、決して下心がある訳では無いのである。いや本当、マジで。
滅茶苦茶良い匂いがするなとか、柔らかいなとか、細くて心配になるなとか、思ってたりなんかしない!
「嫌だとしても我慢して欲しい……本当に、他の手段が無いので……」
「も~……も~っ! 仕方ないな~、かんかんは。ね、日鞠のこと、日鞠って呼んで?」
「……日鞠。いけるか?」
「えへへ~、もっちろん!」
元気良くそういった日鞠に合わせるように、左手を真っ直ぐ伸ばして、第二の破滅へと向ける。
「
「遥かなる少女に救いを」
流れ始めた彼女の魔力に、俺の魔力を編み込んでいく。
神々しさすら感じる白光に、蒼色を塗り合わせる。
「
「嘆きの声に慈悲の雨を」
葛籠織の意識に、俺の意識を同調させていく。
二人ではなく、一人になる。一つの命として、魔力を手繰る。
「
「叶わずとも力を此処に」
紡がれる言葉に、言葉を重ねる。
二重となった言霊が、世界に劇的な変化を齎していく。
「
「裁きの剣はこの手の中に されども振るわれることは無く」
蒼と白が混ざり合った光の柱が幾本も屹立し、世界を眩く染め上げていく。
「
「光の扉は今開かん」
魔術と魔導の垣根を超えて、その先へと至る。
人の領分から神の領分へ。
理解の内側から理解の外側へと、足を踏み入れる。
「
「────我が剣は光の中に在り」
眼前まで迫った死の焔と、解き放たれた希望の光が喰らい合う。
出力はほぼ同等、規模も負けていない。
押し込まれた分だけ、押し返すことが出来ている────それならば。
ここが、最大のチャンスだろうがよ。
「立華くん! 月ヶ瀬先輩!」
「ああ!」
「任せて!」
二人が声を合わせて魔法を起動する。
俺が渡した魔導の一部をそのままエネルギーに転換し、照準を第二の破滅に合わせて撃ち放った。
「ガッ、ァァア!?」
過たず直撃した中で、第二の破滅が叫びを上げる。されどもそれは、大きなダメージにはならないだろう。
けれども、意識は逸れた。手元がほんの少しだけ狂った。思考に、空白が差し込まれた。
それはつまり、魔導の制御がブレたということに他ならない────奪うのは無理でも、力ずくも込みで、軌道を纏めることはできる。
だから、真正面からぶつかり合っていた二つの魔導をそのまま、上へとかちあげる!
そうすれば必然的に、魔導は迷宮を下から上まで、全部喰らい尽くして破壊する……はずである。
いやちょっと心配になってきたな……。
これで破壊しきれなかったら、ワンチャン巻き込まれたかもしれない生徒が、即死しただけで終わっちゃうんだよな。
責任がデカすぎて震えてきたぜ……。設定上、即死してすぐなら再生するはずなんだけど……。
何とかなれーッ! と内心叫びながら軌道を上へ、強制的に変更させる。
第二の破滅が瞠目した瞬間、二つの魔導は天へ向かって昇り上がった。
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