ティー・タイム
「迷宮ですけれども、わたくしもひかりも入りますわよ」
「!? えっ……え!? 何でですか!?」
「いえ、何でも何も、他の下級生に頼まれましたので……断るのも可哀想ですし、ね?」
「は? 何それ聞いてない……」
「うわっ、甘楽くんとは思えない低い声出てきた!」
ちょっと怖いよ~、と笑う月ヶ瀬先輩に頭を下げながら、これが寝取られってやつか……と奥歯を噛みしめる。
くそっ、二人の人気具合を嘗めていた。
いやもう、どう足掻いても彼女らとは組めなかったのだし、そこは割り切っていたつもりではあったのだが……。
こうやって直接言われると、どうしても悔しさが出てくるな、と思うのであった。
……ああ、でも、これはこれでラッキーではあるのか?
別に一つの迷宮につき、一つのパーティが割り振られる訳では無いからな……というか、そんなにたくさん迷宮があったとしたら、世の中は大迷宮時代に突入しているというものである。
迷宮は、稀少と言うほどではないが、かといって気軽に幾つも用意できるものではない。
ただでさえ、人工的に作れるものでは無く、自然発生したものであるのだから、それも当然と言えるだろう。
だから、その、何だ。
つまるところ、ワンチャン月ヶ瀬先輩とレア先輩。この二人と同じ迷宮になる可能性はあるということである。
とはいえ、もしそうなったとしても、助け合い等をすることはないのだろうが────今回に限って言えば、パーティ間での助け合いは基本NGだ。
ランクBダンジョンくらい、一パーティだけで攻略するか、あるいは生き残ってみせろという主旨の授業であるのだから、それも仕方がないだろう。
あるいは、もっと端的に、
競争心こそが人を一番成長させるさかいな~、なんてことを、校長は言っていただろうか。
かなり人を選びそうな、実に武闘派な理論である……しかし、そうだとしも、迷宮での二人の活躍をこの目で見られるというのなら、それも全然許せるというものであった。
やれやれ。
ちょっと楽しみになってきちゃったな。
「言いづらいですけれども、怖い顔した後に無言でじわじわと笑顔になるの、本当に怖いからやめた方が良いと思いますわよ……?」
「余計なお世話すぎる……先輩たちの前くらいでしかならないので、ギリギリセーフになりませんか?」
「う~ん、ギリギリアウトかなあ」
ギリギリアウトだった。
そんなにヤバい顔だったかな……と頬を何度か揉めば、レア先輩が吹き出すようにして笑う。
「ふ、ふふ、そうしていますと、まるで英雄様とは思えませんわね?」
「……えっ、何!? 何ですか、その大層なあだ名は……!?」
「あれ、甘楽くん、知らないの? あの一件以来、結構みんなそうやって呼んでるよ、きみのこと」
「マジで知らない、怖すぎる情報が出てきたな……」
滅茶苦茶誰が言い出したんだよ、みたいな呼び名だった。
普通に恥ずかしいのでやめて欲しい。
学園最強とか、学園最優よりずっと恥ずかしいんですけど……。
ポエマーだけ選んで入学させてるのか? この学園はよ。
「明日からどんな顔で学園歩けば良いのか分からなくなってきたんですけど……」
「あはは、嫌なの?」
「嫌じゃない訳ないでしょうが……!」
むしろこれを良しとするやつ、早々いないだろ。
せめて原作主人公の方をそう呼んであげて欲しかった。
彼の場合、既に勇者だなんだと持ち上げられていたので、ダメージも無いだろうし。
「そうは言いましても、わたくしは日之守様に、ピッタリだと思いますわよ?」
「微妙に嬉しくない褒め言葉だ……」
「──いえ、いいえ。本当に、真面目にわたくしは、そう思うのです。だって、少なくともわたくしにとって、日之守様は英雄なんですもの、ね?」
有無を言わせぬ語調で、レア先輩は真っ直ぐ、俺の目を見ながらそう言った。
驚いたことに反論する余地しか無いのだが、そのせいでどうにも言葉が出ずに、黙り込んでしまう。
英雄……英雄、ね。
俺に限らず、人ひとりを指すにはあまりにも綺麗で、重たい名前だと、そう思う。
だから、全くこれっぽっちも嬉しくないという訳でも無いが、些か恐れ多さがあるのも事実だった。
というか、身に余り過ぎる──なんてことも、そんな目で見られたら、言える訳も無いのだが……。
何だか面倒な状況になってきたな、と俺はお茶を飲みながら、何とも言えない曖昧な笑みを返すのだった。
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