妖しい先生
で、現在に至るという訳である。
アルティス魔法魔術学園上空──校長が展開した、超巨大守護魔法内。
後ろに攻撃・防御役の葛籠織を乗せて、俺は必死に空を駆っていた──チラと視線を走らせれば、先輩たち+立華くんは、明らかに多数に追われているように見える。
少なくとも、助けは求められる感じでは無かった。
予定と違い過ぎてキレそうである──それもこれも、後ろで高笑いしている、クラウネス先輩のせいだ。
いや、さっきから他の生徒にも、ちょくちょく邪魔されてはいるのだが……なんかこの人だけ、開幕から俺だけを執拗に狙ってきてんだよな……。
どっかで恨みでも買ったかな、とかふわふわ思っていたのだが、よくよく考えてみなくても、これ絶対、宣戦布告のせいである。
何か……何なんだろうな……。
転生してから、その場その場で良かれと思ってやったことが、全部カスの予想外になって返ってきてんだけど……。
純粋に嬉しかったことが、
あっちは《加速》でその気になれば、魔力が尽きるまで延々と速度を上げられる、という事実にも悲鳴を上げてしまいそうである。
箒の操作も未だにイマイチ分からないし、二人乗りだからかガンガン魔力吸われるし、挙句の果てには、
「少しは反撃してくれも良いんだぜぇ、出来ればだがなぁ!」
といったように、煽られ倒しているのである。大人げなさ過ぎるだろ。マジで顔が良くなかったら、一生恨む自信があった。
というか、暫くは根に持ってやる。
「ん~~~……かんかん~~」
そんな中、葛籠織が耐え切れないと言ったように、苦悶の声を上げる。
気持ちは充分に分かるのだが、俺も我慢しているのだから、何とか我慢してほしい──なんて、返そうとしたら
「何考えてるのかは分からないけど~、
バシバシと俺を叩き、日鞠は「それに~」と言葉を続ける。
「もっと速くても、何しても~、
だから~、ちゃんとやって? と、日鞠は囁くように言った。
当然ながら、俺は手加減をしていたつもりはない。
そのつもりは、無いのだけれども────
「……十秒、好き勝手するぞ。サポート頼む」
「あはっ、任せて~!」
────遠慮はしていた。
それはもちろん、相手にではなく。
先輩たちと、立華くん────それに何より、
だけどまあ、もう良いだろう。
日鞠が良いって言ってるし、何より、段々腹が立ってきた。
箒は壊れたら、土下座とかしとけば良いし……。
どうせ経験値は等分だ。
意外に思われるかもしれないが、俺は結構、沸点は低い方なのである。
(チッ、ここまでかぁ……期待外れも良いところだったじゃあねぇか)
仲間の魔力反応が一つ消えたのを感知しつつ、突然暴走し始めた二人組を眺めながら、ウィル・クラウネスはひとりごちる。
あのレア・ヴァルガナンド・リステリアが、あそこまで魅せてきたのである。
当然、あの宣戦布告した少年も、相当にやるのだろうと思っていたのだが────
「箒に振り回されてやがるな、つまらねぇ」
速度だけはいっちょ前だが、それ以外はてんでなっていない。
空戦は基本的にセンスだ。努力も必要ではあるが、何よりセンスを要求される戦いである。
そしてあの少年に、それは無かった。
これ以上は時間の無駄だろう──早々に仕留めてやる。
『学園最優』と月ヶ瀬が陥っている、膠着状態もそろそろ終わる頃合いだ。
「射撃魔法:重複展開」
『Magia di tiro:Distribuzione duplicata』
《加速》を発動させながら、ウィルは魔法陣を五つ展開して、追い縋る。
射程圏内に入るまで、五秒も必要ねぇ。
何なら背中掴んで、振り落としてやったって良い────
「あ゛?」
瞬間、彼らの姿が消えた。
忽然と、空気に溶けたかのように。
思考に一瞬、空白が差し込まれる。
「しまっ────」
「目標捕捉」
超高速でありながら、真逆への方向転換。
それに反応できたのは、偏に彼女の持つ属性が《加速》だったからに他ならない。
ウィル・クラウネスは、自身の速度を上げる他に、自身の反射速度や認識速度にも《加速》をかけている。
一秒は、彼女にとって十分割出来ると言っても良い────その彼女が、
予め展開しておいた魔法を発動させることで、撃ち放たれた魔法同士が至近距離でぶつかり爆発を巻き起こす。
それをぶち抜きながら、ウィルは《加速》を限界まで発動させて、
「クハッ、ハハハハハハハハッ! 良いぞぉ、それでこそだぁ! 盛り上がってきたじゃあ────は?」
真横に現れ、にこやかに手を振る少年と少女に、ウィルは理解不能を示す擬音を一つ、口端から漏らした。
彼女は今や、この場にいる誰よりも速い──教員でさえ、追いつくのは困難な速度が出ている。
それに並ぶ……どころか、余裕そうに笑う?
先程まで、まともに飛ぶことすら出来なかった少年少女が?
この──たった十数秒で、コツも何もかも把握した、とでも?
有り得ない────一瞬だけ思った一言を振り払うより先に、
『Sparare!』
再展開されていた射撃魔法が、的確にウィルの全身を穿った。
不意に受けてしまったそれに、視界が二、三度と点滅し、身体の自由が一瞬にして奪われる。
箒が手からすり抜けていくように離れていって、空気の波にさらわれたウィルは「クハッ」と笑った。
強いとか、期待できるとか言うレベルじゃねぇ。あれは────
「あれは、化物だろーがぁ……クソッ、『学園最強』は流石に返上になるなァ……」
ギュンッ! と落ちていくこちらに見向きもせず、流星の如く上空へと駆け抜けながら、まるでついでのように他生徒をボコボコと落としていく様子を見て。
ウィルは呆れたように、そう呟いた。
「おいおい、マジか……これはちょっと、せんせー的にも予想外だなぁ」
『学園最強』が落ち、超高速での曲芸飛行を見せ始めた我が生徒を眺めながら、アテナ・スィーグレットは一人、半笑いで言葉を零す。
可能性を与えたのは彼女であるが、しかし、多少はマシになるだろう──そのくらいの気持ちの提案だった。
何せあれは、アテナが個人的趣味で改造して作った、質も大して良くない箒である。
その証拠に、たった五分の稼働で、箒は既にガタがきつつあった────それなのに。
「やっぱり、あの少年は当たりだなあ……」
蒼色の魔力光に彩られた流星は、もう止まらない。
あれはもう、手が付けられないだろう──今日の勝ちもまた、赤の不死鳥寮で決定だ。
日之守・葛籠織ペアによって均衡は崩され、月ヶ瀬とリスタリア・立華ペアは完全に包囲から抜け出した。
落ちる、落ちる、落ちる。
光が駆け抜け、光が瞬く度に、他寮の生徒は地へと落ちていき、救護隊に回収されていく。
頼みの綱と言っても良いレミラ・フィルフラウスも、熾烈なドッグファイトの果てに撃墜された。
ここまでのワンサイドゲームは、各寮対抗戦始まって以来、初めてなんじゃないかな? なんて思いながら、アテナは背もたれへと身体を預けた。
「うん、うん……やっぱり、
それでも、結果的には良かった、と。
むしろ最高に辿り着くことできて、ラッキーであった、と。
アテナはひとりごちる。
「日之守甘楽……あんなに変なのは、
煙をくゆらせながら、アテナは妖しく笑う。
「欲しいよ、キミが欲しい。何が何でも、せんせーのモノにしてあげるからね、少年」
黒の人魚姫寮と、白の一角獣寮。
その全ての生徒を空から撃ち落としたのと同時に箒が爆発し、先輩に抱きしめられるように拾われた少年を見ながら、アテナは情欲に塗れた声で、そう呟いた。
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