#8 part3

「えーでは次のお便りに行ってまいりましょう。じゃあ海原、このお便りボックスの中から適当に一枚取っちゃって」


 


 


 


「うぃーっす! 不肖海原浪男! 引かせてもらいマックス!」


 


 


 


 両手をわきわきとさせながらお便りボックスに海原が手を突っ込む。んー、これか? いやいやこれじゃないなと何やら呟きながら中身をシャッフルしていく。中身見えてんのかお前。


 


 


 


「早いところ引いてくれ。話す事無くなるから」


 


 


 


「いやいや、こういうのはしっかりと選んだ上で読んであげないと相手にも失礼っしょ!」


 


 


 


「透視でもしてんのかよ」


 


 


 


「そんな急かさないで下さいよ~。はい、じゃあこれ。ペンネーム『とある高校の主計科選手』から」


 


 


 


「……ん? 何か聞き覚えがあると思ったら前にお便りを送ってくれた人みたいですね。熱心に放送をご視聴いただき、ありがとうございまーす」


 


 


 


「えーっと、話続けていいっすよね?  『黒鵜座選手、海原選手こんにちは』。ちーっす、どうもこんにちはー! 『お二人にそれぞれ質問があります。まずは海原選手。海原浪男選手の名前には「浪」という文字がありますが、もしかして戦艦三笠が好きなのでしょうか』」


 


 


 


「みかさ……? みかさって何……?」


 


 


 


 そこまで学力も歴史に関する興味も持ち合わせていない黒鵜座にとっては、聞いたこともない単語であった。それもそうだ。戦艦なんて大和くらいしか知らないのだから。


 


 


 


「あー、分かってない黒鵜座パイセンに分かりやすく説明すると。戦艦三笠っていうのは日露戦争で大活躍した戦艦の事っすね。あの東郷平八郎が乗っている絵が有名です。東郷平八郎繋がりでいえば、日清戦争で『浪速』艦長として勝利を収めた事も有名で、もしかするとこれの事を言ってるかもしれないっすね」


 


 


 


「えっ、怖ッ……ひょっとして海原ってミリオタなの?」


 


 


 


「いやいや、これくらいは高校で勉強した事そのまんまよ? んな大した事じゃないっしょ! えーっとそれで、名前がそういうものに関係しているかっつー話よね? んー、多分その可能性は低いんじゃないっすかね。こういっちゃなんだけど、ウチの両親あんまり頭が良くないのよ。子供の名前に『ウェイブ』なんて付ける程度には」


 


 


 


「あ、そこ気にしてたんだ」


 


 


 


「俺っちは別に気にしなかったけど、結構名前でいじられる事も多かったから。つってもいじめられてたわけじゃないけど! でもまぁ子供の名前に付けるのはちょっと違う感じがするよね」


 


 


 


 確かに……。浪男って字で書けば(ちょっと古臭そうなのは置いといて)一見普通の名前に見えるけど中身はかなりキラキラネームだから、海原があんまり快く思わないのも頷ける話である。子は親の背中を見て育つというが、海原はそれを反面教師にしてきたという事なのだろう。


 


 


 


「あ、だけど親が嫌いとかそんなんじゃないよ! むしろいつも明るくて元気貰えるっつーか、感謝している事もたくさんあるし! ただ親が歴史好きだったとかそういう事は無かったと思うから、多分そういうのじゃないなってわけ!」


 


 


 


「とりあえずお前が両親大好きなのは伝わったよ」


 


 


 


「続きあるっすね。『好きな提督は誰ですか?』 あー、困っちゃったっすね。俺っちあんまり詳しくないからこれはつらみざわたけし! メジャーな所しか分からないんでここは無難に東郷平八郎大先生にしちゃいましょう! はいじゃあこの話は一旦終わり! 次は何を隠そう黒鵜座パイセンへの質問っすよ、んじゃバイブス上げてこー! ウェーイ!」


 


 


 


「ウェーイ……他人について追及するときに限って人間って元気になるよな。いやこれに関しては僕が言えたことじゃないとは思うんですけど」


 


 


 


「はいじゃあ行ってみよー! えーっと? 『新球種の使い心地はどうですか?』っつー事ですけど、え!? なになに黒鵜座パイセンいつの間に新しい球種覚えちゃったの!?」


 


 


 


「あ、ばれた? いや~ばれちゃったか~。本当は言いたくなかったけどな~。ばれちゃったら仕方がないなー」


 


 


 


 黒鵜座は口ではそんな事を言いつつも顔をにやつかせている。それはまるで、いたずらがバレた時の子供のようだった。今の彼は言葉と表情が完全に矛盾している。


 


 


 


「あははっ、そんな事言ってるのにめちゃくちゃ嬉しそうじゃん!」


 


 


 


「そらそう(思うのも無理はない)よ。だってそれだけ熱心に見てくれてたってことでしょ? そりゃあ感動するし、教えたくもなっちゃうよね」


 


 


 


「それで、いつから練習してたわけなんすか? いやー黒鵜座パイセンも隅におけないなー!」


 


 


 


「そんな彼女が出来たみたいに言うなよ。話を戻しましょうか。えーっと、練習自体は昨シーズン途中から始めてたんですよね。今まではストレートとチェンジアップの組み合わせで何とかしてたんですけど、やっぱ決め球、つまりはウイニングショットが必要だなというのはひしひしと感じてまして。え? お前にはもうストレートっていう立派な武器を持ってるだろって? いやぁ、あはは。ありがとうございます。だけどそれだけじゃ心もとないですよね。特にこれを覚えようっていうのは無かったんですけど、落ちるような球が理想かなと思いまして。例えばフォークやスライダー、スプリットなんかですね。ただ最初はどれも上手くいかなくて、僕自身そこまで器用というわけではないので苦労しましたね」


 


 


 


「確かに、新しい球種を覚えるのって中々時間がかかっちゃうよね。それでバランスが崩れちゃった! なんてケースもザラだし」


 


 


 


「そこでたどり着いたのがチェンジアップからの変化なんですよ。パームとチェンジアップの中間って言えばいいんですかね。その名も『高速チェンジ』! 握りはこんな感じですね」


 


 


 


 そう言って黒鵜座は軽くボールを握って、その握りをカメラへと映す。


 


 


 


「コツはほどほどに脱力しながら上手く指から抜くことって感じですね。これを実戦で投げるようになったのは今シーズンからですけど、その効果は抜群ですね。通常のチェンジアップよりも大きく変化するんで空振りも取れるし。僕って基本的に直球を狙われがちなので、よく振ってくれますよ。球速も一瞬ストレートと錯覚させられるんで覚えて良かったって感じです。それでもまだコントロールに難があるのは否めませんし、向上の余地はありますけどね」


 


 


 


「いいっすね高速チェンジ! 俺っちにも教えてください、オナシャス!」


 


 


 


「え~、嫌だよ。だってこれは僕のアイデンティティになる(予定の)球だし。そう簡単には教えられないね」


 


 


 


「あ、そっすか。だったらいいっすわ」


 


 


 


「切り替え早ッ!? いやもうちょっとグイグイ来いよ! これだから最近の若者ってやつはすぐ諦めたがる!」


 


 


 


「え、じゃあ教えてくれるんすか」


 


 


 


「いやそういうわけじゃないけどさ……もうちょっと粘れよ。はい、ではここでCM入りまーす。次はお悩み相談室のコーナーでーす」

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