ソフィア
林間学校の準備はこまごまとしたことが多く、いざ初めて見ると時間ばかりがかかる面倒くさい日々が続いた。つばさは裏方に徹するつもりでいたから、表立ってやることには口を出さない。そこは最初に名乗りを上げた安川が仕切っていた。
その人扱いの上手い安川の様子を見ながら、偶然の成り行きとは言え、なかなか良い人材が手に入ったものだと、その眩しいばかりの光景に橋口はニンマリする。
つばさも当然思った通りの働きをしてくれると嬉しかったが、それよりも安川の甲斐甲斐しい行動に、後期生徒会の前哨戦としての実行委員会に期待大で望んでいる自分の気持ちを抑えるのに苦労していた。
三人でいることが少なくなった事でバリアの力が弱まったのか、顧問という立場が功を奏したのか、前よりドキドキしないで意見の言える橋口だった。
つばさはクラブの終わった後、学校に残って涼しい生徒会室にいられるだけで快適だった。名簿を作るためにコツコツとキーボードを叩いていると、以外と地味なことも出来るんだと確信が持てたし、時々ソフィアの動きを眺めては『理想の相手だ』と改めて認識する時のほろ苦い感覚が照れくさかった。
彼女は勉強の話はほとんどしない。ソフィアであるという確証はまだ取れないが、聡明そうな横顔を見ていると頭は良いんだろうなと推測される。
言葉数も少なく、時折作業の指示をするくらいで黙々と何かをしているタイプ。つばさの周りにいる賑やかな女子とはずいぶん印象が違う。それもまた新鮮で、夏休みの大半を取られてしまうこの準備に不満もなかった。
「この頃お前良い顔してる」
「そう、忙しいよ。毎日」
「にしちゃあ文句も言わないし機嫌いいし…」
「そりゃあ暑い家で親や姉貴から色々言われる生活から開放されて毎日楽しいよ」
正にその通り、暑さをしのげるだけでも今回の選択は正しかった。
「ソフィアとはその後どう?」
「どうって?」
「何か確認できる情報でも掴んだ?」
「いや、それはもう良いかな。どっちでも、確かめなくてもいいかなって、そんな必要ないでしょ。例えソフィアだとしても問題ないし、ソフィアでなくてもそれはそれでいいし。告白なんてありえないし、こう見えても溺れるタイプじゃないんで」
「フーンじゃあ俺確かめても良い」
「なんで?」
「確かめないと気がすまない。性格的に、相手はソフィアだぜ。俺を負かしたことにある」
「そんな事知らねえよ…」
「あ、つばさ君。これ昨日の資料チェックしてみた」
「あ、どうも」
安川から渡された名簿には間違ったところに赤字でチェックが入っていて今日の仕事の段取りを思わせた。
つばさは多分…今はソフィアとしてではなく安川美波としての彼女に恋してる。だから彼女がかの有名な投稿マニア『ソフィア』であると疑わしいことなんか、今更どっちでも良いと思えるのではなかっただろうか…でも、ソフィアに遺恨のある善治はそこが違った。
「お、珍しい。司令か」
「なになに…夏休みの間に新しいメンバーがそっちに行くのでヨロシク。性別年齢今の所秘密」
「なにこれ司令なの?ヨロシクってどういう事」
「そんなことより性別年齢のくだりの方が重要じゃねえ。秘密ってわかってるってことでしょ。なのにこれあり」
つばさはそこにこだわっったが、周りは誰も相手にしなかった。
「もっと人員が必要だって上が判断したってことかな。なんでかな」
「香椎さん、なんか気になることある?」
「何かが起きてる。起きつつある。なにかがあった。ん…わからん。まあ心配することも無いよ。何かをしろって司令はこないことになってる。日本って国が何かを求めているにしても、お前たちは普通に生活すればいいってことだから」
「ソフィアにうつつを抜かしても大丈夫…」
「はは、それは恋する年頃でしょ。OKですよ!」
「恋って…」
例え意識していても恋って甘酸っぱい感情が湧くような毎日でもない。ソフィアのサバサバした男勝りな感じは、それはそれでつばさには心地よくて十分満足だった。女らしかったら返って引いてしまう。そんな心境だった。
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