Case.11 留守番
【
十月になっていきなり父親からからきたラインに俺は少々戸惑っていた。
俺、
正直、職場の高校には実家からも通えたのだが、社会人たるもの一人でしっかりと生活をしていかねばならないと思い立ち、1DKのアパートで初めての一人暮らしをし始めたのだが、とにかく仕事が忙しすぎて、これまで一度も実家には帰ってなかった。
それにしても、なんだろう?何かあったのか?
返事をあぐねていると、またラインが届いた音が鳴った。
【実は、ママと久しぶりに一泊二日の旅行に行くんだ。だから、猫たちのご飯を土日やって欲しいんだけど】
あー、そういうことか。
土日は、実家に泊まって猫たちの相手をしてくれということね。俺は、即座に指を動かすと、【了解】と短い返事を送った。
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「優、もう、優ったら、私の話聞いてる?」
電話越しに、学生時代から付き合っている
「ごめん。聞いてなかった。ちょっと疲れててさ」
「はぁ!?私だって疲れてるんだよ。だけど、優の声が聞きたいから電話したのに、もういいよ、切るから。お休み」
そういうと雪は本当に電話を切った。
俺は、スマホを耳に当てたまま、「あー、今のは俺が悪かったかな…」と自己嫌悪に陥る。
もう、これで何回目だろう。
ここ最近、色んなことで雪を怒らしてしまうことが続いている。正直、なんともスッキリしない。そう、二人が付き合い初めてから、今がもっともギクシャクしている気がしている。
一体何故だろう。
俺は雪のことが今でも一番好きだし、将来的には彼女と結婚したいと思っている。だが、お互い学生から社会人になって、一年目といいながらも当たり前のように重い業務を担当させられて、それをこなすのに精一杯で相手のことを思いやる余裕がないんだ…なんていうのは言い訳だろうか。
だから雪は、キャパが小さい俺の事をおもんばかって色々と気を使っていてくれていると思う。だが、それを感じてしまうからこそ、逆に俺はイライラしてしまうのかもしれない。
これからどうしたらいいのだろう…。
もしかして約半年ぶりに実家に帰るのは、気分転換に良いかもしれない。
それに、久しぶりにあのニャンズ達に会えることはとても楽しみだ。
- - - - - - - - -
「え〜、優、今度の土日、久しぶりに出かけようって言ってたのになんでよ」
そうだ、確かに随分前からこの日はアウトレットに買い物に行こうって言われたんだっけ。
あー、駄目だな俺…。完全に忘れてた。
「ごめん。実は、急にうちの用事で実家に帰ることになってさ。でも、昼間は大丈夫だから、夕方くらいまでならアウトレット行けるから」
「え、実家って、何かあったの?」
「いやいや、しょうもない理由だよ。うちの親が旅行するんで、猫たちの世話をお願いされたという訳」
「じゃあ、土日は実家に泊まるの?」
「うん、そうだけど」
「よし!決めた!ねえ、優。私も行っていい?」
「はぁ!?」
「だって、優のお母さんにもいつでも来ていいよって言われてるし」
久しぶりの実家で正直のんびりしようかと思っていたけど、まあ、しょうがないか。これで雪とのギクシャクした関係が元に戻ればいいし…。
「じゃあ、土曜日は昼前に家に着きたいから、十一時に調布駅の改札に集合って形でいいよね?」
「えっ!?いいのか?アウトレットは?」
「いいよ。だって、猫ちゃん達といてあげた方がいいでしょう?じゃあ昼と夜は料理は私がするから、日曜の朝は優が作ってね。わぁ〜、なんか楽しみ!」
すっかり機嫌を直した様子の雪だが、両親には何て言おうかな?婚約もしてないのにお泊まりなんて駄目よなんて言うだろうか…。
その夜、早速、母に電話をかけてみる。
「あら〜、いいじゃない。雪ちゃんが来てくれるんだったらさらに安心よ。あっ、ベットのシーツは新しいものにしてあげてよ。雪ちゃんに悪いし」
なんだか、俺らが同じベットに寝ることを見透かされているようでとても気恥ずかしい。「うん。わかった」と俺は短く答えると、「で、ミーコってその後どう?」と聞いてみる。
「まあ、今の所は調子いいけど、ミーコも年だしね。もう十三歳よ。でも、もっともっと長生きして欲しいわ。あと、ナッチは元気すぎて大変よ。ふふふ」
ミーコは、俺がまだ高校生の時に、家族でたまたま立ち寄ったペットショップで激安になっているところを見つけ家に迎え入れた。その時、既に六歳になっていたミーコだが、彼女の持つ気品に家族全員が一目惚れしてしまい即決で決めたんだよな。そうか、もう十三歳にもなるんだ。
少し前に、ご飯をあまり食べず見た目にも元気が無くなったミーコを父と母が慌てて病院に連れて行ったら、猫がよくかかってしまうという腎臓の病気になっているとの診断だったらしい。ただ、まだ、軽度なので、薬を飲ませながら様子を見ましょうということになっているらしいが…。
「あっ、そう。わかった。でさ、薬って、どうやって飲ますの?」
「簡単よ。ミーコは頭がいい子だからね。ご飯を食べた後に、小皿にチュールを入れて、その中に薬を入れるのよ。今まで、全て綺麗に食べてくれてるわよ」
「なるほど、それはいい手だね。わかった。夕食後に一回だよね」
「そう。まあ、それと、ミーコも優に会いたいと思うしね。まあ、こんなことがないと優ってうちに帰ってくる気配なかったし良かったわ」
思わずむせてしまう。
確かにたまにはラインでやり取りをしていたが、実家のことは余り考えなかったのが正直なところだった。
「じゃあ、ゆっくり楽しんで来てよ。で、何処行くの?」
「へへっ。北海道」
「はー!?北海道なのに一泊二日って勿体ね〜」
「パパの仕事もあるからしょうがないのよ。その代わり、朝一で飛んで、帰りも最終便で帰るから、思う存分楽しんでくるわ」
「わかった。気を付けてな」
「優も雪ちゃんを泣かさないようにしなさいよ。あんなにいい子はなかなかいないわよ」
俺が小さく「う、ん」という前に電話は切れていた。確かに、俺にとって、雪は最高の女性だし、彼女の幸せは俺が作るんだとずっと思っていたのに…。
仕事が忙しいからか?それとも、彼女と俺はもしかすると何かが違うのか?
とにかく今は何もかも自信がなくなっていた。
- - - - - - -
「優〜!ごめんごめん。待った?」
約束の時間を五分過ぎた頃、雪は走ってやって来た。
「お泊まりの準備してたら予定より遅くなっちゃって…。ごめんなさい」
両手を合わせて『ごめん』と何度も謝る雪がいつも以上に可愛く見える。
「いいってば。たった五分じゃんか」
可愛いと思ってるのに、出てきた言葉は低く冷たいものだった。
「たった五分とか嫌みだね…」
すっと雪から笑顔が消える…。
俺は、どうなってしまったのだろうか?
「じゃあ、行こうか」
俺らは調布駅から徒歩十五分の所にあるマンションに向かって、黙ったまま歩き出した。
マンションのドアを明けると、ミーコが走って出迎えにやってきた。ナッツはちょっと離れたところから顔だけ出している。「こいつ誰だっけ?」というような顔をしているな。
「二人とも〜!久しぶり〜〜!」
まず、俺はミーコを抱き上げると頭をゆっくりと撫でていく。ミーコは体を撫でるより頭を触られる方が好きみたいで、頭を撫で出すといつもゴロゴロと喉を鳴らす。
「か、軽い…」
正直、俺はショックを受けていた。
半年前に家を出る際、ミーコを抱いたときに感じた重さが嘘みたいに軽いのだ。もしかして、病気は俺が思っている以上に進んでいるのかもしれない。
「優?どうしたの?大丈夫?」
雪が俺の腕を取りながら優しい声で聞いて来た。
どうやら、俺は涙を流していたようだ。
「えっ、だ、大丈夫…」
「大丈夫じゃないでしょ?」
「………」
「一人で背負い込まないで私に話してよ。ねっ」
「う、ん…」
俺らは、ソファーに並んで座る。
雪は俺の両手を優しくさすってくれている。
俺は雪の顔を見ながら、ペットショップで初めて見たミーコのこと、避妊手術をした時のこと、ヒモを食べたミーコが心配でトイレを毎日みていたこと、外に連れ出して散歩をしてたら急に走り出して焦ったこと、そして、体重がこんなにも減っているミーコの事が心配だと言うことをひとつづつ言葉にしていった。
「ミーコおいで!」
俺の手を握ったまま、雪はミーコに声をかける。
不思議にもミーコは雪の方へ、辺りを見渡しながら一歩一歩近づいていく。
「ほら〜。いい子だね〜」
雪はミーコを抱き上げると、俺がやっていたようにゆっくりと頭を撫でる。
「優、大丈夫だよ。きっとミーコは年齢と共に太っていったんだと思うよ。これくらいの体重がこの子に負担がなくて丁度いいのよ。きっとお母さん達も、固形のおやつなんかをだいぶん制限してるんだと思うな」
「えっ?なんで?なんでそんなの分かるの?」
「言わなかったっけ?私の実家、ずっと猫飼ってて、今なんか三匹もいるんだよ」
だからか、だからこんなにもミーコの扱いも上手いんだ。それにしても今まで俺、雪の実家のことなんか気にしたことなかった。それくらい、自分で一杯一杯だったのだろうか?
「ほら、ナッツ!ナッツもおいで〜〜。来ないならお姉さんが追いかけていくぞ〜」
雪は、ミーコを静かに廊下に下ろすと今度はナッツを追いかけて走り回っている。なんだか追いかけられているナッツも凄く楽しそうだ。
俺は、雪の事を何でも知っているつもりでいたけど、まだほんの少ししか知らなかったんだろう、いや、深く知ろうとしなかったのかもしれない。
少し呆気にとられていたミーコも雪とナッツの追いかけっこにいつのまにか参加している。
俺は、冷蔵庫からコーヒー豆を取り出しミルに入れるとゆっくりハンドルを回す。猫たちとの追いかけっこに疲れた雪に美味しいカフェオレでもご馳走しよう。
きっと、俺に欠けていたものは、相手への思いやりだったのかもしれない。仕事が大変で疲れているのは雪も同じだったのに、なんで俺は自分だけがしんどいなどと幼稚な態度を取っていたのだろうか。
そんな俺を雪は愛想を尽かすところか暖かくて包み込んでくれた。
ありがとう。ありがとう雪。
俺の心の中の冷たい部分が溶けていくような気がした。
ポットに湯を沸かしながら、今も「きゃ〜」といいながら追いかけっこをしている雪と二匹の猫たちのことをほほ笑みながらずっと見ていた。
Case.11 留守番
終わり
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