第295話 ヴィジナード国境防衛戦

 浄化の為に準備をしてヴィジナードへ向かう途中、転移陣のある神殿に着いた。


 リリアーナ王女の命令で他国ではあるが、神殿の転移陣の使用許可は出た。

 この神殿には救いを求めて避難民や怪我人が沢山来ている。

 痛々しい姿に胸が痛む。


「伝令! 国境付近でゲースリ軍の侵攻を確認!

国境防衛に配備していた兵士とゴーレム軍が衝突! 応戦中です!

先行していたロルフ殿下も現地へ向かいました!」


 まだ何もしてないうちから襲撃が来てしまった!


「くそ! もう来たのか! 竜騎士も援護に向かう!」

「私も行きます!」

「セレスティアナ! 危険だ」

「ゲースリから狙われるなら目障りな私もでしょう!? 側に置いた方が守りやすいと思いますよ」

「く、仕方ないな!」


「リリアーナはここで騎士に守られつつ炊き出しをして下さい。

インベントリに用意していた雑炊があります。

本当はお肉とかも食べさせてあげたいのですが、もし食べ物無くて絶食状態の方が多いなら急に重い物はキツいので。

出汁が入ってるから具が無くてもわりと美味しく食べられると思います」


「わ、分かりました、ティア様」


「器もある程度用意してありますが、足りないようなら何か自分で持って来るように言って下さい」

「はい!」


 私はテーブル、寸胴、器、スプーン、オタマなどの炊き出しセットをインベントリから取り出して急いでセットして後を頼んだ。


 空飛ぶワイバーンと翼猫と船は、暗雲立ち込める戦場へと急行した。


「ロルフ殿下!! 上空から竜騎士の援軍です!」


 一人の騎士が援軍の到着を知らせた。


「来たか!! 我が弟! ギルバート!」

「兄上!」


「目標は後続の軍だ! 大技行くぞ! 照準後方!」

「はい!」


『響け雷鳴!!』

『風よ!!』


 あ! 早速合体魔法だ!!


『サンダー・ストーム!!』


 雷の竜巻攻撃だ。


 前線で乱戦になっている所を避けて、後方の敵を狙った。

 威力は絶大で後方の陣の敵が巻き込まれて吹っ飛んでいく。


 後方に雷の竜巻、前方に勇猛なる大国グランジェルドの軍、挟撃されたゲースリ軍は混乱に陥った。


「くそ!!」

「何でグランジェルドが出て来た!?」


「問われたからには答えよう!! 

リリアーナ王女の願いにより、我々グランジェルド軍は侵略者ゲースリを迎え撃ち、このヴィジナードを守る!!」


 わああああああっ!!


 おおおおおおお────っ!!


 兵士が声を上げた。


 指揮官のロルフの言葉で一気に士気が上がった。

 グランジェルドの旗も高々と掲げられている。


「小癪なグランジェルド軍めが! 目にモノを見せて見せてくれる!」


 一気に劣勢になったゲースリの黒いフードの男が吠え、杖を振り翳した。


『サモン!』

「敵サモナー視認!」


 光る魔法陣から巨大な毒々しいカエルが出て来た。


「あれは! 毒霧持ちだ!! 風魔法!」


 ギルバートが血相を変えて味方に風魔法の指示を出す。

 カエルは大きな口を開けて毒霧を吐いた。


 味方もろともやろうとしてる!?


『結界!! 我らの勇士を守りたまえ!』


 私は最前線で乱戦中の味方にのみ、念の為結界をはった。


 そしてグランジェルドの風スキル持ちの反応が早すぎて、巻き起こった風により、毒霧は主にゲースリの自軍を襲った。


「うわ──っ!!」

「吸い込むな! 毒だ!」


 ゲースリ側が阿鼻叫喚に陥った。


「こっちが風上になったぞ! ド阿呆が!」


 ロルフ殿下は戦場において、とてもワイルドで血気盛んな方であった。

 これは元の繊細なリリアーナ姫なら怖くて逃げちゃうなと思った。


 ゲースリ側のほぼ自爆で勝敗は決した。

 毒霧を吸い込んだ者は血の混じった泡を吹いて倒れた。


 なんだこれ。


 しかし、流石にサモナーとカエル自体は毒耐性があるのか、ノーダメのようだった。


「まだ、まだ終わらぬ!!」


「あのサモナーまだ奥の手でもあるのか!?」


 ギルバートは注意深く敵を見た。


『サモン! アンデッド! スケルトン!!』

「不死の軍勢よ! グランジェルド軍を蹂躙せよ!」


 襲い来る不死の軍勢。

 何ならさっき毒霧で死んだばかりの者達まで利用している。


 そう来たか! えげつないわね。


『光よ! 大いなる太陽神よ! 破邪の力! 浄化の光を!!』


 私は翼猫の背の上から浄化の祈りを捧げた。

 

 天上から光が降り注いだ。

 スケルトンとアンデッドの体が清浄なる光によって崩れていった。


「何だと!?」


 サモナーがこちらを憎々しげに睨みつけて来た。


「死ね!!」


 ワイバーンで急降下したギルバートはサモナーの首を一刀両断にした。


「俺のレディを穢らわしい目で見るなよ」


 ギルバートがそう捨て台詞を吐いたと思ったら、サモナーの首と体は突如炎に包まれた。


『燃え尽きろ』



 エイデンさんの炎スキルがトドメだった。


 ヴィジナードの国境防衛戦はグランジェルドの勝利で終わった。


 * *

 

 戦場から神殿へ戻って来た私は、ギルバートに自己申告をした。


「浄化用の魔力を対アンデッド戦で使ってしまいました」

「仕方ない。浄化の歌は一晩寝て、回復してからにしよう」


「……ギルバートは大丈夫ですか?」

「何がだ? 俺に怪我は無いぞ」

「あの毒霧を吐くカエルって……踊り子のお母様の死因のと同じ種類だったのでは?」

「今度は、自分以外もちゃんと守れたから、大丈夫だ」

「そうですか……」


 ギルバートは私を一瞬だけぎゅっと抱きしめてから、腕を解いた。


「留守番組の者達の所へ行こうか」

「はい」



 *


「ティア様! ギルバート様! ご無事で良かった!」


「リリアーナ姫……」


「あ! ロルフ殿下も、よくご無事でお戻りを。この度はヴィジナードの為にありがとうございました!!」


 中身がユリナのリリアーナとロルフの初対面かな?


「リリアーナ王女、被災した民への奉仕は順調か?」


 ロルフは勤めて優しげな声でリリアーナの姿をしたユリナに話しかけた。

 神殿には沢山人がいて、表向き彼女は今もリリアーナ姫だから。


「はい、ティア様が全てご用意して下さったので」

「そうか、良かった」


「あ、伯爵令嬢とのご結婚も決まっておられるとか、おめでとうございます。

幸せになって下さい」

「ありがとう……」


 ロルフ殿下は戦場での姿とは別人のようにリリアーナに向かって優しい笑みを浮かべ、礼を述べた。


「今夜はこの神殿で泊まる事になる。神殿内とはいえ、レディもいる。警備は怠るな」

「はい!!」


 ギルバートの命令に騎士達が応えた。


 我々は魔力と気力充電の為、ヴィジナードの神殿に泊まる事になった。


 *


 ヴィジナードの神殿で朝を迎えた。

 

 警備の問題で私はリリアーナと同室の部屋だった。

 一晩寝て、私の魔力は回復したみたい。


 果物だけの軽い食事を部屋に用意された。


 それは私とリリアーナだけの特別メニューのようで、騎士達は普通にパンとスープのようだった。


 同室の女性護衛騎士のラナンとリーゼもパンと野菜スープだったし、窓の外には騎士達が集まって食事しているのが見えたから。


 私達が果物のみだけなのは、これから浄化の祈りの儀式をやるせいなんだろう。



 巫女が部屋まで来て、私とユリナは神殿内にある、水浴び用のプールのような場所に案内され、薄く白い衣装を着たまま水に浸かった。

 清めの場だ。


 す、透ける! 肌に布が張り付く!

 これって全裸よりエッチでは!?

 いや、神聖な場でこんな事を考えてはいけない。


 ──平常心、平常心。


「ティア様、これ、水ですよね、お湯じゃないです。さ、寒くないですか?」

「禊ぎってそういうものなのでしょう」


「どうぞ、お上がり下さい」


 巫女がもう水から出ていいと言ったので、プールのような場所から出た。

 ユリナは可哀想に水の冷たさに震えていた。


「こちらが着替えでございます」

 

 巫女にタオル代わりの布を渡されて、体を拭かれる。

 けれどまだ、ユリナが震えている。

 お湯の出るシャワーや温かいお風呂のある日本から来たので、辛いみたい。


「私は太陽神の光の加護があるので、熱を分けてあげますね」

「え?」


 私はユリナの手を握って彼女を温かい光のオーラで包んだ。


「だ、大丈夫ですか? 貴重な魔力が」

「この程度なら大丈夫よ」



 巫女が眩しいものを見るように目を細めた。


 * *


 禊を終わらせ、浄化の地へ向かった。


 とりあえず皆の食料確保の為にも畑から。


 畑の側には魔物の襲撃で疲れ果て、虚ろな目で地面に座り込んでいる農夫もいた。

 騎士達が労って水を飲ませてあげている。


 楽師も魔物襲撃の被害に遭っていたので、私は今回もクリスタルの演奏録音を使う事にした。

 クリスタルの側にはぬいぐるみのリナルドと翼猫のアスランとお母様から借りて来た兎のクロエがいる。


「これより、偉大なるグランジェルド国の温情により、女神の使徒たるセレスティアナ様のお力を借り、この地の浄化の儀式を行います」


 リリアーナの声が周囲響いた。

 あらかじめ決まっていたシナリオ通りのセリフである。

 

 その後、伴奏の曲が流れて、光りの旋律に乗せ、祈りの歌を神と大地に捧げる。

 風スキル持ちが歌を遠くまで届くように風を吹かせた。


 穢された大地に光が降り注ぎ、歌声と共に光る風が舞い踊る。


 収穫前に台無しにされた畑が蘇る。


 サワサワと風に揺れながら成長する麦の穂。

 緑なす小麦畑がやがて美しい金色に変わる。



「おお……」

「なんと、畑が蘇った!!」

「奇跡じゃ……」

「ありがたや……」


 奇跡を目の当たりにして、虚ろな目で絶望していた農夫達の目に光が戻った。


 歌が終わると見物人や農夫達は地面に平伏し、感謝をしていた。


「次の場所に移動します」

「はい、本日の予定は三箇所です」


 他の畑に移動して同じ事を繰り返して、浄化作業をして行く。

 忠実な僕として私を手伝い、付き従う清楚可憐なリリアーナの姿を見て、売国奴だと罵る人はいなかった。


 過去に魔物に襲われた時、ロルフ殿下に助けて貰った平民もそれなりにいて、いい噂も広がった。


 噂を広げる仕込みのサクラも混じっていたけど、真実ではあるので問題ない。

 我々は浄化と人気取りに成功した。

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