第254話

 眼前には渇いた大地があった。

 茶色い風景。

 春だと言うのに、干からびた植物は色を変えて、勢いを無くし、力無く地に伏している。

 昔の、以前の瘴気に侵されていたライリーを思い出してちょっと泣きそうになった。


「この土地が干魃で……」

「そうだ、さて、水脈を探すか……」


 ギルバートは目を閉じて水の精霊の気配を探っているようだ。

 集中している。


 私は首から下げていたからパライバトルマリンで作ったペンデュラムのペンダントを首から外し、取り出した。


 自分のペンデュラムが、ダウジングで正しく水を探して動くかどうか、試してみたいので振り子のように揺らしてみる。


 おそらくギルバートが進む方向と同じ方向に動けば正しく反応してるという事になると思ったのだ。


 ペンデュラムはある方向を指した。

 同じ方向にギルバートが先行して歩いて行く。

 うん、ちゃんと機能してるっぽい。


 しばらくギルバートの後を追うように歩いていると、地べたに座り混んでいる農夫らしき男の人から悲しげな言葉が聞こえて来た。


「あの干魃が無けりゃ収穫もあって、今頃コツコツ貯めたお金で指輪を買ってプロポーズ出来たのに……」

「おい、項垂れてないで立てよ、さっき竜に乗って来た騎士様達がよ、炊き出し、食べ物くれるんだって、器を持って並びに行こうぜ」


 農夫の生活は気象に左右されまくるものなのだとつくづく思ったけど、誰かが作ってくれないと我々も食べられないから、こうして有事の時用の水源の確保の為、溜め池作りに来てる訳だ。


 ついでに炊き出しもする。

 材料はこの地に到着してからギルバート配下の竜騎士達に渡して来た。


 項垂れていた農夫を同じ村人の友人らしき男の人が炊き出しに引っ張って行った。


 私達を見つけた村長と数人の村人が小走りで来て挨拶をしてきた。

 そして水脈を探すギルバートについて来るそうだ。

 作業を見守る係ね。


 しばらく探索のために歩くギルバート。

 それに我々も続く。


「この辺か」


 ギルバートがそう言って足を止めた。


 私が手にしていたダウジングの振り子もそこで止まったので、胸元にしまった。


 我々の後をついて来た村長と数人の村人が「よろしくお願いします」と、頭を下げた。


「じゃあこの辺に私の土魔法で穴を開けますね」


 私はインベントリからワンドを取り出して、魔力を高めた。

 一度土を盛り上げ、移動させ、一部に集めて山のように形成する。

 水脈付近にはまるで隕石でも落ちたかのように大きな穴が出来た。


「おお……!」

「短時間であんなに大きな穴が!」

「お貴族様の魔力は凄いものじゃのう!」


 私の魔法に驚いている村人達。


 そこから一番低い部分をさらに深くボコっと抉ると水が出て来た。


「あ! 水が!」

「おお!」


 村人が思わず歓喜の声を上げた。


「今です、ギルバート様、一気に水を」

「分かった」


 ギルバートが地下水を一気に引き上げ、池に満たした。


 じわじわと水は出て来るとは思うけど、村人を早く安心させてあげたくて、速攻で池の半分まで満たした。


「なんと! まるで奇跡……神の御技のようだ」


「──ふう。

 ところでセレスティアナ、あの土の山はどうするのだ?」


 一息ついたギルバートだったが、私が作った土の山が気になったようで、訊いて来た。


「せっかくなのであの土で水神様の像を作って、水が涸れないように祈りを捧げられるようにしておきましょう」


 私はあまり細かくはないけど、土魔法で神像を作った。

 これも昔、ドールやフィギュアをガン見してたおかげである程度の造型がイメージで作れるのだ。

 最後の仕上げで硬化させた。


「おお、神の像まで!」


「毎日が無理でも晴れた日に近くを通りかかれば祈りを捧げてみて下さい。

もしかしたらご利益があるかもしれません。

私も毎日祈っていたら過去に奇跡を賜りました。

信じる者は救われると言う言葉が有るように、逆に言えば神様は信じるものしか救って下さらない可能性があります」


 祈る対象も作ったし、ここまで言えばそれなりに祈るのではないかな?

 この世界の神様は真面目に祈ると加護をくれた実績があるから皆も頑張ってほしい。


「な、なるほど! 

我々はこんな今まで立派な像も持たず、信心が足りませなんだ!」


「邪神ではないので生贄とかはやめて下さいね。

捧げるならお花とかお祈りでいいので」

 

 念の為、過激な事をしないように釘を刺しておく。


「はい、仰せの通りにいたします」


 村長達は再び深々と頭を下げた。


 *


 竜騎士達のいる炊き出しの場所まで来たら、さっきのプロポーズ計画が台無しになった人を見つけた。

 一応、炊き出しのシチューとパンでお腹は満たせたようだ。


「そこの指輪が買えなかったお兄さん」

「お、俺の事ですか?」

「そう、今から私が歌で植物を成長させますから、しばらくそこにいて下さいね」

「は、はい?」


 私はその場で大地の女神に歌を捧げた。


 足元の枯れたはずの大地から可憐な白い花達、野の花が咲いた。


「おお、枯れた大地に草が!」


 皆がまた驚く。


「ほら、あれはシロツメクサですよ。指輪が作れます」

「え、でも、これは草ですよ」


「草でも指輪が作れますよ。

今はこれが精一杯でも、いつか本物を贈ると約束を交わしておけばいいではないですか。

他の人に持ってかれる前に」


「……はっ!!」


 そうだ、その可能性が有る! と男性は思い至ったようだ。


「たかが野花の指輪なんかでと、もし怒るような人なら結婚しないほうがいいですよ。

これを喜んでくれる人なら優しい人だと思います」



「し、しかしどうやったらこの草が指輪に……」


 農夫は途方に暮れていた。


「私が今からお手本を見せますので、同じように作って下さい」

「はい!」

 

 私達は柔らかな草の上に座り、白詰草を摘んだ。

 そして農夫は素直に、私の見様見真似で頑張って指輪を作った。


「で、出来ました!」

「はい、よく頑張りました」


「あたしもできた!」

「あたしも!」

「凄いわね、よく出来ました」


 炊き出しを食べ終わったらしき、小さな村の女の子達も、私のそばで真似て指輪をせっせと作っていたのだった。

 可愛い。



 いつしか夕刻になって、隣の村に仕事に行っていた女性陣が荷馬車で戻ってきた。


「ミナ!」

「カール! 干魃で枯れた土地がいきなりこんな……この草は一体!?」

「そこの貴族様の起こして下さった奇跡だよ!」


「まあ!」

「ありがとうございます!!」


 女性達は皆一様に驚いた後で、お礼を言ってくれた。

 いつの間にか歌を聞きつけて集まった村人達と、出稼ぎの女性達が我々に頭を下げた。


 そしてカールと呼ばれた農夫はミナと言う恋人に白詰草の指輪を贈った。


「……なんて素敵で可愛い指輪かしら」

「いつか本物の指輪を贈るから、ミナ。俺と結婚してくれ」

「はい……」


 嬉しそうに頷いた彼女の目には、喜びの涙が浮かんでいた。


 

 我々は帰り支度を終えて、竜騎士達は竜に、私と護衛騎士のラナンは翼猫に騎乗し、優しい春の風が吹くオレンジ色の夕空に飛び立った。

 


 地上では夕陽に照らされた野の花達があの恋人達のように、寄り添うように支え合うように、仲良く風に揺れていた。

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