第113話 春を言祝ぐ

 神殿の転移陣から一旦ライリーの城に殿下達と共に戻った。


「ティア、今帰ったばかりで何なんだけど、城からそう遠くない場所にある野原に野苺が実ってるよ」

「なんですって!? それはすぐに動きやすい服に着替えてから行かなくては!」


 リナルドの発言に即断する私。


「ティア、決断が早すぎるぞ」

「お父様申し訳ありません。つい、嬉しくて……ダメですか?」

「私は良いが、殿下のご都合もあるだろう」

「へえ、野苺狩りか、魔の森でも少し採ったな。もちろん同行する」


「では、殿下、新しい馬車の座面の試乗がてら、一緒に野苺狩りに参りましょう!」

「ああ、なんでも身体への衝撃の少ない馬車の座面の試作品が完成したのだったな」

「そうなんです!」


「ティアは相変わらず、季節を満喫する事に余念がないわね。誕生日だからって、はしゃぎすぎて怪我などしないようになさい」

「はい、お母様」


 お父様もお母様も苦笑しつつも行くのを許してくださった。

 でも、お母様は弟を休ませるからお留守番をするらしい。

 ウィルは既に寝てるのを騎士に抱えられている。

 おねむなのね。



 * *


 着替えた私のコーデはドイツの民族衣装であるディアンドルに似たものだ。

 スカートの色は赤茶色。


 ファンタジー作品でもよく見る。

 酒場のお姉ちゃんとかが着てると嬉しいやつ。

 こちらの世界の平民の女性もこれに似た物を着てる。


 これは大変良い物だ。

 特に胸が 大きいと映える。

 今は私のはまだ、たいして育ってないけど……

 将来に期待する。



「私と娘が一緒に乗ります。殿下側はあとお一人、馬車の方へどうぞ」

「では私が」

「エイデンさん、よろしくお願いしますね」

「はい、セレスティアナ様、同乗させていただきます」


 私とお父様が横並びに同じ座面に座った。

 反対側が殿下達で、私の正面に殿下が座っている。

 騎士達は馬で護衛しつつ同行する。


 そして馬車を走らせる……


「……いや、確かに以前のと比較にならないほど良いな。

王家の分がしっかり数を確保出来たら皆喜ぶだろう」


「王妃様も出資して下さってるので、大変でしょうが職人には頑張っていただくしかないですね」


 お母様がお茶会でコイルの出資のお話をまとめて来て下さっていたのだ。




『ティア、あの辺だよ』

「お父様、リナルドがあの辺だと言うので、お願いします」

「御者! 停めやすい所で停めてくれ!」



 我々は馬車から草原に降り立った。



 草原を見渡すと、爽やかな風も吹いているし、春の花も咲いてて気分が良かった。


「晴れた日の緑の草原、気持ち良いですね〜。お花も咲いています!」

「そうだな」


 殿下も柔らかい草の大地の上で、眩しげに目を細めて微笑んだ。


「ティア、あまり遠くに行くんじゃ無いぞ」

「はい、お父様!」


 よし、とばかりに私は亜空間収納から籠を二つ取り出し、殿下に一つ渡した。


『こっちだよ〜』

「殿下、リナルドの飛んで行く方向ですよ!」

「わ、分かった!」


 私は籠を持っていない方の殿下の手を取って走り出した。



 何故私がわざわざ殿下の手をとったのかと言うと、手の甲へのキスを断ったお詫びのつもりなのであった!


 リナルドを小走りで追った先に、足元の茂みに、赤く可愛い野苺が実っていた。

 ここでそっと手を離した。


 あんまり長く繋いでいると緊張してしまいそうだし……


「あ、あそこに野苺あるから、摘みますね!」

「ああ、あっちにもあるな」


 そこかしこにあるみたいでわくわくする。

 艶々とした赤い野苺を摘んでいく。

 すごい大きいのもある! 楽しい!


「あ! 葉っぱに隠れていっぱいあります! 棘に気をつけてくださいね」

「ああ、大きいのを見つけると嬉しいものだな」


「殿下、平民はこういうのをいっぱい集めてお金にしたりするんですよ」

「へえ、これなら楽しみながらやれるな」

「収穫の喜びがありますね」


 前世でもツクシとか春になったら知り合いの畑の側とか、近所の人の庭に沢山生えるので、採らせて貰って、卵とじや天ぷらにして食べてた。


 正直言って食べるより取るのが楽しかった。

 収集癖があるせいかな、推しのトレカなんかも集めてたし。



 殿下がおもむろに籠の中の野苺を魔法の水で洗いだす。

 そしてポケットから取り出したハンカチの上に野苺を数個置き、一つ摘んだ。


「ほら、洗ってやったぞ、口を開けろ」

 素直にお口を開けたら、そのままそっと口に入れられた。

 

 殿下の指先が少しだけ私の唇に触れた。


「……甘いです」

「そうか」


 殿下は満足そうに微笑んで、自分も野苺を一つ摘んで口に入れた。


「ああ、確かに甘いな」


 じっと見てるとなんだか気恥ずかしくなったので、私はまた野苺を探した。




 しばらく夢中になって野苺狩りをしていたら、きゃーと言う黄色い声が聞こえた。


 いつの間にか私と似た衣装の村娘達が10人くらいと、吟遊詩人みたいな男が1人来ていて、イケメンのお父様や騎士達を囲んできゃいきゃいはしゃいでいる。


 ライリーの騎士も殿下の側近も囲まれている。


「あら、あの娘達も野苺狩りかしら?」

 少し離れた所から観察してると、年齢は15か16歳位の村娘達が輪になって手を繋いで踊り出した。


 村娘達の頭には野原で摘んで編んだらしき、花の冠。


 吟遊詩人はハープを奏で、春を言祝ぐ歌を歌ってる。

 あーーっ! 

 ああいう感じの映画で見た事ある!

 感動!


「撮影チャンス!」


 私は集団に少しずつ近づきながら、首からかけていた宝珠を握った。


「其方はダンスをしなくて良いのか?」

「記録する方が楽しいですね! うら若き乙女達が花冠を付けて踊っている、こういう光景大好きなので!」


「ん?曲が変わったな。あれは……恋の歌か」

「いかにも春っぽくて良いですね!」

「いかにも春っぽいなら、踊るべきでは?」


 お前季節を満喫するのが好きなんだろう?

といいたげな顔で、持っていた籠を草の上に置き、殿下が手を差し出して来た。


 ダンスのお誘いである。


 こ、ここに来て、そう来たか〜! 断れないでしょ、こんなの。

 


「し、仕方ありませんね、殿下がそこまで言うのなら」


 暖かな春の陽射しの中、風にのって吟遊詩人の恋の曲が聞こえてくる。

 

 その調べにのって、春の野原で王子様とダンスをしたのだった。


 まるで、御伽噺のように────

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