第110話 春と森の恵み

 本日は庭園のガゼボで、早春の木漏れ日に包まれ、マドレーヌと共に、ゴブレットに注いだ白樺の樹液ジュースをいただく。


「自然な甘み……ですね」



 私は森の恵みを一口飲み、そう言うと目を閉じて、よく味わった。

 瞼の上に春の陽射しを感じる……



「ほんのり……甘いわね」



 たおやかな声に目を開けて、そちらを向くと、目を伏せて森の恵みを味わう長い睫毛の美女、お母様がいる。

 ……美しい。



「メープルシロップほどの甘みはないが、これが健康と美容に良いのだな?」



 精悍な顔立ちに華やかな笑みを刻んで、お父様も森の恵を味わっておられる。

 ただ春の庭でジュース飲んでるだけでも絵になる両親である。



「そうなんです、早春にしか味わえない味だと思うと、春という喜ばしい季節を満喫出来て良いのではと」

「ふむ」



 普段書類仕事に追われがちな両親にも、春を味わっていただけて良かった。

 リナルドは庭園の木々の間を滑空して遊んでいる。


「春になって、庭園に咲く花も増えてきましたね」



 お母様は涼やかな声でそう言って目を細め、貴族らしく鷹揚に笑った。



「ああ、そうだな」

「そうですね……」



 ゆったりとした時間が流れる。



「そう言えば、あの神殿撮影の件だが、神殿側に了承して貰ったが、歌を一曲奉納して欲しいそうだぞ」

「それ、私が歌うんですか?」

「当然だろう。浄化の歌の時に参加出来た巫女は限られているから、

ティアの歌を聞きたい者もいるという事だ」


「まあ、何もせずじっと見られて撮影されるより、気が紛れるかもしれませんね」


 また一人リサイタルみたいで恥ずかしいけど、場所を借りるのでスタジオ代を払うようなものだと了承した。




 * * *


 数日後、ドワーフのおやっさんからスプリングコイルの試作品が出来たと連絡があった。

 よし、受け取りに行こう!

 姿変えの魔道具で茶系のアリアの色にして、街娘のようなラテカラーのワンピースを着た。

 ほぼ茶系だから、多少は地味になったと思う。


 そして、騎士を伴って馬でお礼のお酒を持参して朝の10時くらいに工房へ到着した。


 本日のお供の騎士はヴォルニー、レザークの金銀コンビと黒髪のローウェである。

 本日は騎士服ではなく、私のお忍びに合わせて冒険者風コーデだ。


 工房に入ると自信満々の顔でドワーフのおやっさんが迎えに出た。

 そして沢山のコイルを受け取った。

 おお、いっぱいある!


「ふおお──〜〜〜っ!! 極上の酒の報酬って良いものじゃな!」



 ちゃんとお金も支払いますけど!

 私はお金の他にも、神様から貰ったブランデーを瓶一本に詰めて渡したのだった。



「流石は、ドワーフ、期待通りの仕事です。このコイルを実際に馬車に設置してみますね。

あ、そのお酒も強いので一気に煽らないで下さいね」


「分かった、分かった。貴重な酒じゃから大事に飲むわい」



 と言いつつ、ドワーフのおやっさんはテーブルの上に置いていたゴブレットに早速お酒を注ぐ。



「前回のお酒はウイスキーで、今回のはブランデーと言います。

少しだけ温めて香りを立たせてゆっくりと飲むのがいいですよ。

なんなら少しお湯を入れてみてもいいと思います」


「うむ! まずは酒を薄めたくは無いし、わしの手は温かいぞ。

手で包むだけでゴブレットも多少温かくなるじゃろ、早速試してみるぞい!」



 ブランデーをゴブレットに注ぐ、ゴブレットをしばし、両手でしばし包み込む。

 そしておやっさんは、酒の神と鍛冶の神に祈りを捧げる言葉を唱えてから、ブランデーを口にした。



「くわ──っ! 効くぅ!! なんちゅう香り高い美味い酒じゃ! 

寿命が延びる! 命の水! いや、命の酒!」



 ……凄いテンションだわ、でもご機嫌になってくれて良かった。


 しかし、流石ドワーフ、酒が報酬に入ってると異様に仕事が早い。

 神殿撮影会までに馬車が完成できそうで、とてもありがたいな。

 馬車揺れによるお尻へのダメージが軽減できれば、本当に助かる。


 ご機嫌のドワーフの鍛冶屋を出た所で、私は職人街の靴屋の所に向かう事にした。


 わあ、靴職人の店内に入ると革っぽい香りがする。

 実に丁寧な仕事をしそうな初老のおじさん、いえ、職人さんに靴作りを依頼する事にした。

 職人に靴のサイズを取った紙とデザイン画を渡す。

 それと蛇素材も。


 結局ブーツとサンダル、両方とも頼む事にした。

 夏の誕生日にサンダルを渡して、冬に機会があればブーツを渡せば良いのでは? という結論。


 ただ冬に渡すブーツの方はやや大きめに作っておく。

 こちらの世界じゃ子供はあらかじめ大きめで作って靴に詰め物をするらしいし。

 庶民の節約術で王族にはちょっと、どうかなとは思うけど。

 小さくなって履けないよりはいいかな。

 履けないとただの飾りになってしまう。


 前世で見た芸術的に美しい、ハイヒールの裏が真っ赤な某ハイブランドの靴とかならガラスのショーケースに入れて鑑賞するのもいいけれど、そういう感じじゃないと思うし。


 てか、ガラスのショーケースとかこっちの世界に無いけど。

 フラスコなどの実験セット作れた天才錬金術師に頼めば可能かもしれないけど、大金を出してガラスを作るなら温室とかを作りたいよね。


 乗って来た馬を繋いである所に来た所で、ガラの良くない冒険者風の男の二人組に声をかけられた。


「よう、お嬢ちゃん、めちゃくちゃ可愛いね〜〜、おじさんと一緒に食事でもしようや」

「おいおい、お前、いくら可愛くても若すぎるだろ、変態め」

「バッカ、今のうちに唾付けておきゃあ、極上の女に仕上がるの見て分かるじゃねえか」



 ジロジロと頭のてっぺんから下まで無遠慮に見てくる男だ。

 舌なめずりまでしてる。

 見るからにチンピラ風で薄い本……、いや、漫画みたいな展開に私がぼうっとしてると、護衛の騎士が威嚇した。



「審美眼はあるようだが、お前達みたいなごろつきを相手にする訳が無いだろう」


 ローウェがそう言ってごろつきを睨つつ、私を背に庇った。


「なんだと、にいちゃん! 役者みたいに綺麗な顔して、やんのかコラ!?」



 確かに本日のお供のヴォルニーとレザークの金銀コンビに黒髪のローウェも美形集団だ。

 役者に見間違えても仕方ないが、腰に帯びた剣が見えないのか。


 よく見るとこのごろつきさん達、日中から顔が赤い。

 飲んでいるのか。

 さっきドワーフも飲んでいたけど。


 Aランク以上の魔物を狩れる騎士に喧嘩を売るなんて……勝てるわけないのに。


 案の定、ごろつきは秒でのされた。

 騎士による腹パンと踵落としが華麗に決まったのだ。



 馬で帰る途中に見かけた、香ばしい匂いで誘って来る串焼きの屋台に寄る。


 昼食がてら串焼きの屋台に寄り、買って食べた。

 

 ……美味しい!


 買い食いは楽しいなぁ。

 美味しかったのでお土産分も買った。



「……お母様には黙っておいてね」

「「「はい」」」



 騎士に口止めをして、串焼きを堪能した。

  


 飲み屋や食堂街近くを通ったら、意外な所で再会をした。

 お父様にだけお土産を買うのもなんなので、お母様へのお土産にと、目に付いた道端のお花屋さんに寄った時だ。

 


「あら? ブランシュ嬢の庭師だった方?」

「え?その声、そのお姿は……セレ……あっ」



 庭師さんは言いかけて途中、右手で口を押さえ、お忍び中と察してくれた。

 

 少し雑談をして、お母様用と祭壇用にお花を買わせて貰った。



「たまにこちらの方に来て、花を売っているんです」

「そうなの、売れてる?」

「長らくライリーには生花を売る店が居なかったせいか、わりと売れます。

春ですし、部屋に飾りたい人も多いのでしょう」


「そうなの、良かったわ」



 ほっこりした気分になった。


 * *


 ライリーの城の執務室に戻って、お父様に本日の出来事を報告した。



「そうか、これで馬車の件もどうにかなりそうだな。例の庭師も元気そうで何よりだ」

「はい、お母様へのお土産と祭壇のお供え用にお花を少し買って来ました」


「それは良いとして、冒険者の街には危険な奴が多いのは分かっただろう、自分で冒険者ギルドに行こうとするのはやめるんだぞ」



 また冒険者ギルド行きに釘を刺された。


 うーん、目立つとやっぱり変なのに絡まれてしまうのか。

 残念。

 


「あ、お父様、これ、お土産です。お母様には内緒ですよ」



 そう言って文官や家令達の分も串焼きを渡すと、「また屋台か……しょうがない子だな」と、お父様は困ったような優しい笑みを見せてくれた。


 ……イケメンの困ったような笑顔って良いよね。

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