【冬・聖夜祭編】闇を祓う光の翼④
もう、ダメかもしれない……
圧倒的な力の差に一瞬、そう心が折れ掛けたパトリシアだったが。
(だからって、ここで退くわけにはいかないわ)
命懸けで自分を守ってくれたサディアスと、結界の中に避難させた家族たちの事が脳裏に過り、自分が折れるわけにはいかないと奮い立つ。
(わたしにもっと力があればっ……)
村を逃げ出したあの日、自分の無力さを嘆くしかなかった幼い頃の感情が蘇る。
あの時は何も守れない自分だった。もう二度とあんな思いをしたくなくて、自分は強くなりたいとはじめて願ったのだ。
(絶対に諦めない!)
「ククッ、ナンダソノ目ハ……無力ナ小娘ガ生意気ダ」
強大な闇を纏いもはや化け物の様な声と顔をした伯爵に凄まれても、パトリシアは怯むことなく覚悟を決め静かに目を閉じた。
(大天使ラファエル様、聖なる光の加護を、どうかこの地に)
祈りを捧げる。その瞬間、闇色の魔法陣を上書きするように白い光が出現し、伯爵が発していた闇が祓われてゆく。
体中の魔力全てを持っていかれ、倒れそうになってもパトリシアは祈り続けた。
一か八かで仕掛けた聖女レベルの上級魔法が祈りに応じ発動したのだ。
自分の魔力じゃきっと足りない……ならば、全てを捧げてもいい!
そして、頭上から現れた光の渦の中へ、パトリシアは抵抗することなく飲み込まれたのだった。
ゆらゆらと温かな光の中を浮遊する。
あれから、どうなったのだろう……自分は大切な人たちを守ることが出来たのだろうか。
だったらいいなと、パトリシアは思った。それならば、最後の浄化魔法に全てを賭けたことに悔いはないから。
「コラ、いきなり魂を代償に差し出そうとするとは何事だ!? 驚いてひっくり返りそうになったぞ!!」
「え……?」
なにもない光の中で聞き覚えのある声が聞こえる。
薄らと目を開けると、光の粒子がぼんやりとした輪郭となり、やがて人型になった時、目の前に現れた存在に驚きパトリシアは目を見開く。
「……師匠?」
なぜか、森でパトリシアに風魔法の扱い方を教えてくれた妖精がそこにいた。
見慣れた手のひらサイズではないが、これが真の姿なのだろうか。すらっとした等身大でも、なお中性的な美しさを放つ妖精の姿にパトリシアは瞬きを繰り返す。
「こんな強引な呼び出され方は久々だ」
「呼び出された?」
「そうさ、貴様に無理矢理な」
「…………」
自分が祈りを捧げたのは大天使ラファエルで、その呼びかけに応えて現れたのは、森に住む風の妖精……と自分が思い込んでいた存在で……
「師匠って……妖精じゃなかったの?」
「それは貴様が勝手に思い込んでいただけだろう?」
自分はそんなこと一言も言っていないとラファエルは悪戯っぽく笑った。
「ふふ、ちゃんと届いていたぞ。毎日飽きずに祈り続けていたお前の声が」
だからこそ、パトリシアに興味を持ったのだとラファエルは言うけれど。
「じゃあ、なぜわたしには刻印が浮かばなかったんですか?」
ラファエルと心を通わせられるようになれば、聖女の刻印を授かるものかと思っていたのに……
「前にも教えただろう。人間離れした力は、時に身を滅ぼすと」
「でも、今まで聖女になった王妃様たちが、身を滅ぼした話なんて聞いたことありません」
ならば自分はラファエルに、まだ歴代の王妃たちとくらべ未熟だと判断されているのだろうか。
「わたしでは、力不足ということですか?」
「それは違う。この国で聖女と崇められてる王妃たちの刻印は、紛い物さ」
「え?」
「刻印など、持っていて良いことばかりではない。力を持て余し駄目になった人間を、私は何人も見てきた」
ラファエルの新緑の瞳に憂いの色が浮かんでみえた。
「パトリシア、それでも聖女として生きる覚悟が貴様にはあるのか?」
「それが大切な人たちを守る力になるなら」
怯むことなくパトリシアは頷く。その覚悟を見て、ラファエルは少し困ったような笑みを浮かべた。
「前は自分を守るためにと力を欲していたのに、この一年で貴様は随分変わったのだな」
「え……」
そう言われ、初めて自覚する。
「まあ、そうだろうな。魂を差し出すぐらいの覚悟だ」
ラファエルは、優しい目をしてパトリシアの胸元に手を翳した。
「貴様の魂は美しい。その輝きと、貴様の生き様を信じてやろう。決して力に溺れ道を誤ったりはしないと……」
温かい力が流れ込んでくる感覚がする。
「これは……」
閃光した胸元へ雪の結晶のような美しい刻印が浮かび上がった。
まるで堰き止められていた潜在的な力が、内側から溢れてくるような感覚がする。
「さあ、そろそろ戻りなさい。貴様が見つけたと言う、大切な居場所へ」
ラファエルの言葉と共に、パトリシアはまた光の渦への飲み込まれていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……これは、いったい」
チェンバレン伯爵に乗っ取られていた意識が突然戻ったサディアスの目に飛び込んできたのは、闇の霧と光に包まれた異様な光景だった。
大規模な魔法陣の展開に、地響きまで起きている。
「な、なんだ、この光はっ!?」
だが、どんどん力負けするようにチェンバレン伯爵が発していた闇が光に照らされ消えてゆく。
黒装束のアンデットたちも糸が切れた操り人形のように崩れ落ち動かなくなった。
(パトリシアはいったいどこにっ)
サディアスは、必死で消えた彼女を探した。
次の瞬間、頭上が閃光して眩しさに目を細めながら見上げると……その光の中からパトリシアが姿を現す。
(あれは……)
その背に輝く光は天使の翼のように広がり、地上の邪気を照らし浄化してゆく。
「バカなっ、わしの力を祓えるなどあり得ぬ。それこそ、聖女でもない限りっ……そんなっ、まさかっ、グアァアァアアァァ!?」
パトリシアから放たれる光は、禁術に手を染め穢れつくした身には焼けるように痛むようだ。
やめろやめろとのたうち回り、やがて伯爵はその場に倒れ動かなくなった。
地上に降り立ったパトリシアは、光の翼も消え、ふらつきながらもまだ気を張り周りを警戒している。
「パトリシア!!」
名前を呼ぶと振り返った彼女は、サディアスの姿を見てほっとしたのか表情を和らげ……そのまま、その場に倒れ込んだ。
「パトリシア、無事でよかった……」
サディアスは意識を失ったパトリシアを抱き留め、腕の中に戻ってきたぬくもりを確かめるように、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
「本当に、よかった」
光の翼を見たときには、天使となって天界にでも行ってしまうのかと思った。
それぐらい、人間離れした力を放っていたから。
そう、まるで本物の聖女のような……
妙な胸騒ぎを覚え、サディアスは改めて腕の中で眠るパトリシアの姿に目を向けた。
「これは……」
そして……いつからあったのか、彼女の胸元に刻まれた刻印に息を呑む。
「サディアス様!」
遠くの方で、ようやく応援を引き連れやって来た部下たちの姿が見える。
サディアスは、複雑な表情を浮かべながら、そっと刻印を隠すようにパトリシアへ自分の上着を掛け、彼女を抱き上げたのだった。
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