【秋・恋の攻防編】彼の秘密を知った夜①

 昼食後、パトリシアは、どっと疲れた気分になりながら教室に戻って席に着いた。


 マリーはバレットと過ごして元気満タンになったのか「また第三食堂に行きましょう」と嬉しそうに言ってくる。


「ねえ、サディアス殿下ってあんなに気さくな方だったのね。もっと物静かなのかと思っていたわ」

「そう、だね」


 サディアスに二面性があるのは察していたが、今日はどういうわけか人前でも口調以外わりと取り繕ってなかった気がする。猫かぶり(?)を止めたのか、気を許した面々だったからなのか。


 結局、昨日のことといい、やはりサディアスも何を考えているのか謎の多い人だとパトリシアは思った。


 それなのに、どこかで気を許してしまっている自分に戸惑いながら……






 カレンに聖女の刻印が現れてからも、朝か夕方学校帰りにパトリシアは大聖堂へ寄って祈りを捧げる日課を続けていた。


 もう意味なんてないのだろうが、子供の頃からずっと続けてきたせいかやめる気にはならない。


 祈りといっても、どうすれば大天使ラファエルと心を通わせられるかも分からないので、いつの頃からか今日あった出来事を心の中で報告しているだけなのだが。


 今日も、昨日は色々あったけれど、自分はこの場所でこれからもがんばりたいと思ったこと。自分を温かく見守ってくれていた人たちがいた事の喜びなどを伝える。


 最後に、どうかこれからも見守っていてくださいと、胸の前で手を組みパトリシアはいつものように祈りを捧げたのだった。






 夜になると昼間の雨もすっかり止み、パトリシアは、読みかけの本に視線を落としながらぼんやりと自室で過ごしていた。


 問題はなにも解決していない。


 今日も相変わらずブレントとカレンは、一目もはばからずイチャイチャしていたし、聖女の刻印は自分には現れなかった。


 断罪される日は、刻々と近づいているのかもしれない。


 でも、パトリシアの心は凪のように静かだった。


(聖夜祭に参加しなければ、このまま何事もなく過ぎていくのかな?)


 いや、しかし、現在のブレントとカレンの相思相愛ぶりを見るに、いずれ自分は婚約破棄されるんじゃないかと思う。


 そうしたら自分は……


 パトリシアは、まだその先の未来を上手く描くことが出来なかった。


「今、考えても仕方ないか。もう、なるようにしかならないんだから」


 せっかく今日は穏やかな一日を過ごせたのだ。また思考が暗い方へ引っ張られないうちに眠ってしまおうと思った。


 パトリシアは大きく伸びをして寝る支度をしようと立ち上がる。


 その時、部屋を明るくしていたランプの炎が、ユラユラ大きく揺れだす。風も吹いていないのに。


 不思議に思い、様子を見ようとランプに近づきかけた瞬間、自室の明かりが突然パッと全て消えた。


(なに?)


 不可解な出来事に、パトリシアは気を張る。

 殺気のようなものは感じなかったが、この部屋に自分以外誰かがいるような気配はある気がする。


(どこから?)


 室内じゃあまり大きな魔法は発動できない。物理攻撃の方が有効かもしれないと、パトリシアはベッドの下に隠し持っている木刀を、さりげなく風魔法を操り手元まで持ってきた。


 次の瞬間、背後に動く気配を感じ木刀を振り下ろす。


「おっと」

「っ!」

 だが現れた気配の主は、いとも簡単に木刀を手で掴みで止めた。


 ゴーストだったらどうしようかと密かに思っていたパトリシアは、侵入者が生身の人間であることを確認し、ならばと思い切り足を踏みつけてやろうとしたところで。


「ストップ、待って、パトリシア!」

「……え?」


 なにをされそうになったのか、すぐに察した様子の侵入者は、軽やかな身のこなしで一歩下がって距離を取る。


 突如、聞きなれた声に名前を呼ばれ、パトリシアは改めて侵入者の顔を見上げた。


 目の前にいるのは、紫と金のオッドアイが美しい、見惚れる程の美丈夫だった。


 誰だろう。けれど、誰かにとても雰囲気が似ているような……


「もしかして……サディアス様?」

「前にも少し思ったけど、君、戦い慣れしてる?」

「えっ……まさか、そんなこと……ありません、わ?」


 どう答えるのが侯爵令嬢としての正解か咄嗟に出てこなくて、パトリシアはぎこちなく答え視線を泳がせる。


「ふふ、なんで疑問系?」

 だが、そんなパトリシアの態度を訝しむでもなく、サディアスは楽しそうに笑ってくれた。


 とりあえず、誤魔化せた……のだろうか?


「そ、そんなことより、なんでサディアス様がわたしの部屋に? というか、その素顔は……」

 困惑するパトリシアへ、口元に笑みを浮かべサディアスは言った。


「君の部屋まで無事忍び込むことが出来たなら、俺とデートしてくれるって約束だっただろ?」

 そんな約束した覚え……ないと言いかけ、ふと今日の昼間の会話を思い出す。


 ――ふふ、本当にわたくしの部屋まで忍び込めたら、そのお誘い受けても良いですよ。


 言った。確かに言っていた。冗談のつもりだったが、そんなことを……

 戸惑っているうちに、サディアスはじりじりとパトリシアを追い詰めてくる。


「あ、あの?」

「今日は逃げられないように」


 気がつけば壁際まで迫られていたパトリシアを閉じ込めるように、サディアスが壁に手を付いて両サイドを塞いだ。


 月明かりだけが差し込む薄暗い部屋の中。無言で見つめ合うとなんだかドキドキしてくる。


 すっと通ったと鼻梁に薄い唇、そしてなにより吸い込まれそうな程に魅惑的なオッドアイの瞳。

 なんでこんなに綺麗な素顔を、彼はずっと隠していたのだろう。


「もっと君に、俺のことを知ってほしくて」

「あなたの、こと?」

「それから、君のことももっと知りたい」

「わたしの……?」


「だから……今夜、君の時間を俺にくれませんか?」

 今から、二人で出掛けようとサディアスは言った。


 それは……少し、楽しそうだと思ってしまった。


「いいわ」

 笑顔で誘いに乗ると、よかったとサディアスも笑った。

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