18,8 童咋沼の河童 Kappa

 ここまでのあらすじ。

 今回の依頼人、カナタくんは友達のサユちゃんを探して童咋町の有力者、”童咋どうがみ家”に侵入した。

 カナタくんを追って童咋家の離れに入ったぼくだったけれど、ぼくたちを待ち受けていたのは変わり果てた姿――”河童かっぱ”に成り果てたサユちゃんだった。

 動揺するぼくらの前にサユちゃんの母親、童咋家の奥方が現れる。

 彼女の語る童咋町の成り立ちとは、千年以上前に沼から現れた”人魚”によってこの集落の人間と子孫全員が呪われてしまったという恐るべき真実だった。

 童咋の豪族は暴れまわる河童を制御する代わりに、人魚を食べた人間の血を色濃く引き継ぐ汚れなき少女の魂を”人柱”として集め、沼の中心にある中ノ島へ持って行くという”契約”を”おびくにさま”とかわすのだった。

 そして中ノ島にあるという、童咋町に人が住む前から存在するとされる古井戸”忘却の海”が”人柱”の魂で満たされたその時、井戸の底にいるという”深淵に潜む古き神”が復活するのだという。

 そうなってしまえば世界全ての生命の魂は一つになり、今の世界は終わり、新たな世界が始まるらしい。

 童咋家の計画を聞かされたぼくらは抵抗むなしく、奥方が従える6体の河童に襲われる。

 絶体絶命のピンチ、そんなぼくとカナタくんを救ったのは……。


「黒咲、さん……?」


 ”ファウンダリ”のメンバー、黒咲さんだった。

 彼は以前ぼくにもかけたような何らかの力で河童の動きを止めていた。

 ぼくを守るように、奥方との間に立ちはだかっている。


「よう、比良坂ひらさかの嬢ちゃん。久しぶりだな」

「どうしてあなたがここに……ていうかやっぱりぼくのこと知って」

「オシゴトだよオシゴト、大人になると嫌なこともやらなきゃならなくなるんだわ。生活のためにな」


 黒咲さんやれやれ、と首を振って童咋の奥方を詰問する。


「それで、童咋の奥方様よ。あんたがたの計画はもう止められないと言ったな。それはマジなのかい?」

「ふ、フフフ。黒咲と言ったわね。”ファウンダリ”が今更動いたところでもう手遅れなのよ。サユの犠牲をもって尻子玉集めは終わった。あとは満たされた”忘却の海”に”依代よりしろ”を捧げるだけ。すでに”中ノ島”にいる私の夫が確実にやり遂げるわ」

「器……やはりそういうことか。魂を集めるだけじゃあ不足だとは思っていたが……やはり器を手に入れていたってことかい。材料は揃っている。あとはタイミングだけ……なるほど、自信満々なワケだ」

「理解できたなら、無意味な抵抗はやめることね。河童の動きをとめる奇妙な術……あなた程度の力で、いつまで保つかしら?」


 彼女の言葉でいつのまにか河童たちがピクリ、ピクリと動いているのに気づいた。

 まずい! 黒咲さんの能力で動きを止められる時間には限りがあるのかもしれない!

 童咋の人間は河童を操れる。彼女の命令が再び有効になれば、囲まれた状態のぼくたちはひとたまりもない。


「……ふぅ」


 黒咲さんはため息をつくと、


「わかった、降参だ」


 両腕を上げ始める。

 だけど童咋の奥方はそれを好機とばかりに、「今よ、やっておしまい!」と河童に指示を出した。

 河童が襲いかかる。その瞬間――黒咲さんは挙げた手を開きながら呟いた。


 突拍子もないジョークを。


「知ってるかい、美人の奥さん。時間停止系AVの9割はヤラセなんだってよ」


 ぼくからは見えない角度だったけれど、奥方や河童たちの視界には入ったに違いない。

 そう、彼の手のひらには……”Φ”の刻印があるのだから。

 カッと部屋全体が光ったかと思うと、奥方と河童たちの動きが完全に停止していた。

 まるで彼女たちだけ時間が止まったみたいに。


「残念ながらオレのは残り1割のほうだったらしい」

「な、何をしたんですか……?」

「オレの能力……”Φファイスティグマ”で体感時間を止めただけさ。長くは持たねぇが、逃げるくらいはできるだろ。ほらいくぞ、ボウズ」


 黒咲さんは腰が抜けて座り込んでいたカナタくんに手を差し伸べる。

 「じ、自分で立てらぁ」カナタくんはその手をとらず、震える脚で立ち上がった。


「いいねぇ、男の子じゃねえの」


 黒咲さんは嬉しそうに笑い、離れから出ていった。

 彼に続くように、停止する河童たちとサユちゃんのお母さん……そしてサユちゃんを残してぼくらは退散した。

 最後にカナタくんは振り返ってこう言った。


「サユちゃん……絶対オレが助けてやるからな」


 こうして童咋家の離れでの戦いはいったん終わった。

 サユちゃんがとんでもない状態になっていたとはいえ、一人も欠けることなく。


 ぼく、カナタくん、そして黒咲さんの三人は童咋家から脱出し、待機していた先輩と小山先生と合流した。

 その時驚きだったのが……。


「黒咲さん!!」


 黒咲さんの姿をみつけるや否や、猛烈ダッシュで彼に抱きついた小山先生の姿だった。


「うおっ、鏡花きょうかちゃん!? なんでこんなトコにいンだよ!?」

「黒咲さんこそ、私のこと何年もほったらかしてどこに言ってたの!? 心配したんだから!」

「どこにって、仕事だよ。鏡花ちゃんももう大人になったんだから保護者オレは必要ねェはずだろ?」

「必要! 私には必要なの! 今度こそ逃さないから、もう絶対離さないわよ!」


 まるで小さな子どもみたいにぎゅっと黒咲さんの腕にまとわりつく小山先生。

 いつもクールな小山先生のこんなワガママっ娘な姿、初めて見た……。

 レアすぎる光景に戸惑いを覚えつつも、ぼくたち一行はいったんカナタくんの旅館まで撤退することとなった。



   ☆   ☆   ☆



 こうしてぼくら5人は五体満足で旅館に戻った。

 ぼくと小山先生の二人部屋に集まって、机を囲んで着席する。

 ぼく、先輩、カナタくん。

 そして黒咲さんと、ずっと彼にへばりついてキャラ崩壊を続けているクール美女の小山先生……。


「あ、あの……お二人はどういう関係で?」


 以前聞いた小山先生の過去の話でなんとなく察するところではあるけれど、一応聞いてみる。


「将来を約束した仲よ」

「ナチュラルに嘘をつくな!」


 小山先生がサラリと投下した爆弾発言に黒咲さんがツッコミを入れた。


「保護者だよ、保護者。鏡花ちゃんがまだ小せえ時、身寄りを無くしちまったからな。大人になるまで面倒見てやったってだけの関係だ」


 困ったように言う黒咲さん。顔を赤らめて彼に頬ずりする小山先生。

 どう見てもただならぬ関係なんだけど……。


「えっと、小山先生の意見はどうですか」

「黒咲さん、私が小さい頃『大きくなったら黒咲さんと結婚する!』って言ったら『鏡花ちゃんが大きくなってスーツの似合う巨乳美女になったらな』って返してくれたのよ。条件はすでに満たした。つまりもう結婚できると思うの」

「そんな昔のこと覚えてやがったのか……単なる言葉の綾じゃねえか。いい大人になっても悪い意味で変わらねェな鏡花ちゃんは……」

「それで式はいつにするのかしら? 子どもは何人欲しい? 黒咲さんは今の仕事をやめて専業主夫になってもいいのよ。私の仕事は安定しているし、お金もちゃんと貯めているから」

「ああもう聞いちゃいねえ!」


 うん。これ以上追求するのはやめておこうかな。

 とにかく、本当に意外で想像もつかなかったんだけど、小山先生は自分を助けてくれた恩人の黒咲さんにベタ惚れしているみたいだった。

 十歳くらいは年上の相手だし、そもそも全然相手にされてないみたいだけど、そんなことはおかまいなしって感じだ。

 ……まあ、恋愛はそれぞれの自由だしそっとしておこうかな。これ以上追求しても話がそれるだけだろうし。


「話を戻して……ぼくとカナタくんが童咋家の離れに侵入したときに起こった出来事を共有しておきますね」


 ぼくはまず、あの離れで起こったことを話した。

 魂を抜かれ河童と化したサユちゃん。

 童咋の奥方が語った、童咋町の歴史。

 そしてこれから起こるという世界の終わりについて。


「ふム、にわかには信じがたい話だな」


 話が終わって、開口一番に先輩が言った。

 確かに、先輩も小山先生も実際に河童の姿を見たワケじゃない。

 全ては伝聞で成り立っている。信じられないのも無理はないのかもしれない。


「だが――」


 先輩は続けた。


「ここで河童の存在やこの町の歴史が真実か否かを議論しても時間の無駄。事態はそういう段階に至っていると仮定したほうが良さそうだな」

「おー眼鏡クン。インテリそうな顔のわりに話がわかる男だねぇ」

「眼鏡クンってなんだよ、あだ名が前時代的すぎるだろ」


 黒咲さんの独特な呼び名に先輩は困惑する。

 だけどこれで先輩は反論をいったん保留。小山先生は黒咲さんに夢中と、懐疑主義の二人がいったんぼくらの話を受け入れるという形に収まった。

 これで事実の検証をすっ飛ばして、対処――これからどうするかを話し合える段階に進める。


 ここからは作戦会議が始まった。


「それで、どうするんですか。サユちゃんのお母さん……童咋の奥方はもう尻子玉の数が揃っていると言っていました。それを使うための”依代よりしろ”もあるって」

「なぁ、気になったんだけど”ヨリシロ”ってなんだ?」


 カナタくんの質問にぼくが答える。


「”依代”っていうのは神様が宿るための器みたいなものです。おそらく童咋家の”計画”というのは尻子玉を古井戸に満たすことで浮上してくるという”古き神”を、用意した”依代”に宿らせて現世に復活させるということなんでしょう」

「へぇ~さすがヒラサカ、オカルトマニアってすげー」

「へへへ……それほどでも、ありますね」


 黒咲さんは真面目に頷いて同意する。


「そうだな、比良坂ちゃんのその理解の仕方で概ね間違いないだろう。童咋家は尻子玉と器を全てそろえた。あと必要なのは――”タイミング”だな」

「タイミング?」

「ああ、復活のタイミングだ。いつでもいいなら”古き神”ってヤツはとっくに復活しているだろう。つまりあとはタイミングを待ってるだけってことだ」

「でもタイミングって言っても……いつかなんてわかりませんよね」

「いや、おそらく明日の夜だ」

「え?」

「明日の夜は新月で、人ならざるものの力が最も強まる時だからな。さらに”龍脈”の流れからしても、明日の夜頃にこの町にある”龍穴”に大地のエネルギーが最大限集まるようになっているみたいだ」


 「りゅうみゃく? りゅうけつ?」ちんぷんかんぷんといった様子でカナタくんが頭をブンブン振った「ぜんぜんわっかんねー!」。

 ぼくが解説を加える。


「”龍脈”というのは、大地のエネルギーが流れるとされる陰陽道の言葉です。そして”龍穴”というのは、その土地のエネルギーが集まって吹き出すとされる……火山の噴火口のような場所のことです」

「童咋町の龍脈が集中しているのが沼の中心にある”中ノ島”ってワケさ。おそらく、”忘却の海”って古井戸がちょうど”龍穴”に位置しているんだろう。龍脈を流れるエネルギーは時期によって流れの速さや量が変動するんだが、オレの測定では明日の夜が最も強く龍穴に集まるタイミングになる。比良坂ちゃんの火山のたとえでいうと……”大噴火”ってワケだ」


 黒咲さんがぼくの拙い説明に補足を入れてくれた。

 これで情報は揃った。

 童咋家の”計画”を整理しよう。


「ええと、つまり……童咋家の計画はこうですね。明日の夜は新月だから人ならざるものの力が最も強い。そのタイミングで、古井戸に集まった大量の尻子玉を使って”古き神”を”忘却の海”から浮上させる。浮上した神様は用意した何らかの”依代”に宿らせる。その儀式の術者となるのが童咋家の当主様で……術に使うエネルギーは龍穴に集まった童咋町の土地全体のエネルギーを使用する。全てが成功したら神様が現世に復活して世界中の魂が一つになって、今の世界が終わってしまう……こういうことですか」


 自分に口に出してて思った。

 本当に荒唐無稽な話だなって。

 だけど今まで体験した河童と呪術は嘘じゃない。本当だった。

 だからぼくも予感していた。

 このまま何もなければこの計画は完遂されてしまう。

 そしてこの世界は終わるんだって。


「……でもやっぱり、いまだに信じられないかもです。世界の危機なんて、ぼくみたいな普通の人間からしたら全然縁が無い言葉だと思ってました……」

「そうかねぇ」


 黒咲さんはサラリと言った。


「世界の危機なんて、案外そのへんに転がってるもんさ」

「え……?」


 ぼくがその返事の意味をはかりかねている間に、「なぁ」今度は先輩が黒咲さんに質問した。


「そもそもの話なんだが、俺達が雁首揃えて”作戦会議”なんてする意味があるのか? 黒咲さん、あんたはその……なんとかっていう組織の一員なんだろ? 俺達が童咋家の計画にどう対処すべきか話し合う前に、組織に援軍を要請したほうが現実的に思えるが」

「おお、さすが眼鏡クン。そのいかにもなインテリメガネに負けず頭もいいらしいねぇ」

「眼鏡に負けずってなんだよ……で、どうなんだ? 援軍は来るのか?」

「いや、それがね……無理なんだ」

「は?」

「”ファウンダリ”に援軍を要請すること自体はできる。実際、眼鏡クンの言う通り、そうしたほうが賢いだろうよ。社会人ってのは”ホウレンソウ”が大事だし、そもそもオレは戦闘タイプじゃないからね」

無駄話ゴタクはいい。なぜ援軍要請できないんだ」

「”ファウンダリ”のやり方を知っているからさ。このレベルの世界の危機を察知したら……おそらく奴らは”コッペリア”を使うだろう」

「”自動人形コッペリア”? なんだそれは、兵器の隠語か?」

「ま、そんなトコ。いやもっと悪質か。”広域殲滅型V.S.P.”ってヤツさ。オレみたいに諜報活動とか工作を専門とする”情報操作型V.S.P.”とは根本的に違う。もはや戦闘型とすら言えない虐殺能力を秘めた――いわば”戦略兵器”だ」

「戦略兵器……だと……」

「”コッペリア”が出てきたら童咋町が地図ごと消えてなくなると考えていい。もちろん、河童になる可能性を秘めた住人も根こそぎ……な」

「そんなバカな……この現代でそれほど派手なことをして隠蔽できるわけが……!?」

「できるんだよ、”ファウンダリ”ならな。これまでにもそういう事態に何度も対処してきた」

「っ……!」


 さすがの先輩も目を見開いて動揺していた。

 ぼくもそうだ。

 ”ファウンダリ”という組織が黒咲さんみたいな”V.S.P.”という超能力者を保有しているのはなんとなく察しつつあったんだけど。

 河童6体と人間1人の体感時間を止めるほどすごい能力を持っているように見えた黒咲さんですら”戦闘型”じゃないなんて……。

 そして本当の戦闘タイプは、戦闘なんて生易しいモノじゃなくて……行うのは”広域殲滅”。

 下手をすれば、この町が地図から消える。そこに住む全ての生命を巻き込んで。

 いまさら鳥肌が立ってきた。


「ま、心配しなさんな。だから今回はオレが対処する。”ファウンダリ”に援軍要請はしねぇし、”コッペリア”の出番はねぇよ」


 黒咲さんはそう締めくくった。

 ”ファウンダリ”の助けは期待できそうにない。

 ここにいる人間の中で特殊能力を持っていて、童咋夫妻に対抗できそうなのは黒咲さんだけだ。

 作戦会議とは言ったものの、ぼくらに何ができるんだろう……。

 うつむいて、言葉が出なくなる。しばらく沈黙が流れた。


「話は終わりかな。明日の昼頃、オレは”中ノ島”に言ってちょっくら世界を救ってくる。お前さんたちはここで待ってるか、町から逃げるか……自由にしてるといい」

「ダメよ危ないコトしないで! 黒咲さんが行くなら私もいくわ!」

「鏡花ちゃんねぇ……」


 小山先生が黒咲さんの逃がすまいと再び強く抱きついた。

 豊満な胸が彼の身体に押し付けられる。けど男の下心より困惑が勝っているようだった。


「ワガママ言わんでくれよ、一応仕事でやってんだから。現場放棄はできないのさ」

「オレも……オレも行く」


 小山先生の次に名乗りをあげたのはカナタくんだった。


「サユちゃんの尻子玉……”中ノ島”にあるんだろ。取り返しにいく」

「……ボウズ、好きなコのために頑張りてぇってのは青春してておじさん大好物なんだがよ。間違いなくお前さん――死ぬぜ?」

「……っ、それでもいい」

「じゃ、好きにしろ。集合は明日の正午な。一緒に行きたいやつは貸しボート屋の前に立ってな」

「ちょ、待てよ! 行くなら早いほうがいいだろ! なんでそんな悠長なコトすんだよ!」

「もう夜だぞ、水中で活動できるってコトァ、河童は光が少ない場所でも自由に動けるってこった。今行っても相手が有利で良いことはまるでねぇ。それに貸しボート屋ももう閉まってるからな。そもそもボートがなけりゃあ、”中ノ島”まで行けねぇし。チャンスは明日の日中。絶対だぞボウズ。先走るなよ、好きなコを助けたいなら――な」

「……なんでだよ」


 カナタくんはなおも問い続ける。


「なんでこんな小さな町を救うためにそこまでしてくれるんだよ。あんた、無関係なんだろ? やっぱそれがシゴトだからか?」

「ま、そんなトコかな。大人だからね」

「だったらなんでオレも一緒に行っていいなんて言ってくれたんだ。足手まといだろ、あんたからすれば」

「そりゃそうだな。足手まといだ。オレはボウズを守りきれないし、そのつもりもない。おそらくボウズ、お前さんは何もできずに死ぬだろう」


 黒咲さんはバッサリと、無慈悲にそう告げた。

 だけどカナタくんは怯まなかった。


「それがわかってて、止めないのかよ」

「止めたらやめるのか? そうは見えねぇけどな。青臭い理想論で突っ走るのがガキってもんだろ。それができるのは、若さの特権だからな。それにな――結果が最初から決まっていたとしても、どうでもいいんだよ。オレはな」

「え……」

「生きるってコトは選択するってことだ。何も選択せず流されるだけの人生はもう、生きているとはいえねぇ。もしも選択肢がなくて、結果が全部決まっていたとしても、その道を歩くのはオレ自身なんだよ。だからボウズ、お前さんも好きにすればいい。何もできなくても、足手まといになっても、好きなコを助けられず無意味に死ぬとわかっていても……それが自分で選んだ道なら後悔はねぇ。そうだろ?」

「……」

「じゃ、明日ボート小屋で集合な。あとこれは個人的感情で忠告するんだがよ――ボウズ、来るんじゃねぇぞ。オレはお前さんのこと、けっこう気に入ってるからな」


 そこまでいうと、黒咲さんは旅館から出ていった。

 名残惜しそうにまとわりつく小山先生をなんとかひっぺがすという苦労を経てからだったけど……。

 うん、なんかかっこいいこと言って去ろうとしてたのが台無しだ……。


 こうしてぼくと先輩、小山先生とカナタくんの4人が旅館に残された。

 世界を終わらせるという童咋夫妻の”計画”実行が明日の夜。

 そして、”計画”を阻止するための黒咲さんの戦いが明日の昼。

 タイムリミットが近づいている。


 世界の終わり。

 なんの力もないぼくたちみたいな人間にとっては縁遠い出来事だと思っていた。

 そんな大きな物語が目の前に現れた。

 童咋の奥方は、もう手遅れだと言った。

 黒咲さんは、結果が決まっていても自分の選択に従うのが人生だと言った。

 そうだ。


 残されたぼくら4人にも、選択の時が迫っていた。

 世界の終わりを目の前にして、何を選ぶのか。


 決戦前夜。

 今夜、決めなきゃならない。

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