四つの影が手を伸ばす先
翌日、僕たちは高校の前にいた。今日はおばあちゃんから小太郎を託される日だ。一人で犬小屋を抱えた状態で小太郎を連れて帰るのは無理だと判断した僕は、グループLINEを通して拓馬に付きあって欲しいとお願いをした。
その流れで海月と静香も一緒に行くことになり、おばあちゃんの家に行くなら待ちあわせ場所は高校の前にしようということになったのだ。
「おっ静香もお出ましだ。じゃあ行くか!」
「ごめんごめん。電車乗り遅れちゃって。」
静香が荒ぶった息を整えながら、ぽつりと呟いた。拓馬はそんな静香の背中をさすってる。
この夏休みの間に、静香と拓馬の距離感が少し近くなったような気がするのは僕の気のせいなのだろうか。
頭上に広がる抜けるような空は言葉には表せない程の綺麗な青を宿している。その空をみている内に、僕は拓馬にひとつだけ尋ねてみたいことがあった事を思い出した。
「なぁ拓馬、本当にいいのか?」
静香と何やら話が盛り上がっている中、申し訳ないとは思ったが、僕が問いかけると拓馬が振り返った。
「いいって何が?」
「いや、だから小太郎のことだよ。あいつ、俺たちの中で誰よりも拓馬に懐いてたしさ」
ずっと疑問に思ってたことだった。何故僕なのか。確かに元々犬好きということもあって、僕は僕なりに小太郎とよく接していた。散歩にも行ったし、餌が無くなった時は、おばあちゃんの代わりに買いに行ってあげたこともあった。だが、小太郎は誰がみても拓真に一番懐いていたのだ。あの日は、驚きのあまりにおばあちゃんに言い出すことは出来なかったが、僕は今日集まる前に拓馬に確認をしていたのだ。本当に僕が小太郎を飼ってもいいのかと。すると、どうやら拓馬の家はペットを飼えないマンションの為にどうすることも出来ないのだと言われた。それでも、どうしても本当にいいのだろうかと思ってしまう。
「まあ、出来ることなら俺が預かりたいよ。でも、こればっかりはどうしようもなんねぇしさ。それに、全く知らない奴が小太郎を預かるならまだしも、響が預かってくれるなら俺も安心だよ!いつでも会いにいけるし。よろしく頼むな!」
白い歯をみせてにっと笑った拓馬は、そう言って僕の肩を軽く叩いた。中学からの付き合いで、それが本心からきた言葉であることが僕には分かった。拓馬がそう言うなら、もう僕がこれ以上言うことは何もない。
「あぁ、そうだな。じゃあ、そろそろ行くか!」
僕がそう口にすると、海月以外の全員が笑みを浮かべ、僕たちはおばあちゃんの家へと向かった。
田んぼ道を抜けた先で視界に現れるいつもの石畳の階段。静香と拓馬は既に昇り始めていた。今日待ちあわせをしてからずっと口を閉ざしている海月を気遣いながら、僕も足を進める。
昨日は、元気があるようにみえたが、あれはただの空元気だったのかもしれない。
僕は二日前におばあちゃんの家でみせた海月の表情が未だに鮮明に目に焼き付いていた。
ようやく階段を昇り切ろうとしていた時、後ろから何かに引っ張られるような感覚があり、咄嗟に振り返る。
海月は顔を伏せていた。肩から伸びた右手は僕の腰辺りの服を摑み、かすかにそよぐ風が海月の髪を静かに揺らす。
「どうした?海月何かあった?」
僕がそう問いかけると、海月はふるふると首を横に振る。
「今日小太郎を家まで連れて帰ったら海にでも行こう!きっと癒やされるよ。」
海月の腕を引き、階段を昇りきった。
森の匂いが鼻腔をかすめる。相変わらずこの場所に来るだけで清々しい気持ちになれる程に素敵な場所だ。
おばあちゃんの家の前まで辿り着くと、小太郎は寝息を立てて眠っていた。時折、耳や身体が小刻みに動いている。おばあちゃんと散歩をしてる夢でもみているのだろうか。
家の小窓から人影が何人かみえた。おばあちゃんの家には珍しくお客さんがきてるようだった。
子供の僕たちが家に入っても邪魔になるだけだからと、呼び鈴を押そうとしていた拓馬を呼び止めた。その後、家の傍にあるベンチで四人並んで腰を下ろし、お客さんが帰るまで待つことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます