雛鳥たちの向かう先 第3話
窓の向こうの小さな雲が、風に流されてゆっくりと空の果てへと消えていく。頬杖をつき、それをみながら親指の付け根辺りでくるくるとペンを回す。時折落ちれば指だけを彷徨わせ、手にしたペンをまた元の位置に戻す。教室の最後列の窓際の席。ここからみえる景色は日々空の形は違えど、いつも同じだ。それをみている僕ですら、俯瞰的にみてしまえばいつも同じ。繰り返しのような毎日にいい加減飽き飽きする。
「おーい、響ー!」
ぼぅっとしていると、突然視界の前に手のひらが何度も上下する。
「うわっびっくりした、なんだよ!」
「ずっとぼぅっとしてるね、もう昼休みだよ。」
僕の机に手をついて、静香は不思議な生き物をみるかのような目で僕をみる。
そうか、もうそんな時間なのか。
辺りを見渡せば、半数くらいの席がしまい込まれている。意識して鼻から息を吸うと広げられたお弁当の匂いで教室は満たされていた。クラスメイト達は和気あいあいと口々に話しており、少し前まで教卓を前に授業をしていた教師はもうそこにはいなかった。
「響、俺達も食堂に行こうぜ。」
少し遅れて、カバンから取り出した長財布を後ろポケットにねじ込みながら拓馬が僕と静香の席の間に立った。
小さく頷き、僕もカバンから財布を取り出す。
その時、ふと思った。
海月は今どうしているんだろう。
昨日、クラスで一番の嫌われ者になっちゃったからと表面上は明るく取り繕っていたが、僕はあの時の海月の表情に一瞬だけ寂しさが垣間見えたことを見逃していなかった。
「なぁ、海月も誘わないか?もし海月がまだご飯食べてなかったらだけど……」
僕が伏し目がちに言うと、二人は賛成と口を揃えた。二人の笑顔につられて僕の口元の両端も自然と持ち上げる。
海月のクラスは僕達の隣のクラスだったはずだ。入学してからまだ半年も経っておらず部活動もしてない僕らは、隣のクラスの人間は顔すら知らない人達ばかりだ。
海月のクラスの前に立ち若干遠慮気味に扉を開けると、クラス中の視線が僕たちに集まった。恐らく向こうも誰だ?と思っているのだろう。
僕はその視線を掻い潜るように海月を探す。すると、窓際の最後列、偶然にも僕と同じ位置に海月をみつけた。艶のある黒髪が、海月の透き通るような白い肌が窓から差し込む陽の光を弾いていた。
僕達に興味を失った教室はすでに賑わいをみせており、机の上に広げれたお弁当からいろんな食べ物の匂いがした。机に腰を掛け、パンを頬張りながら大きな声で笑う男子達。机を寄せ合い、各々で風呂敷の上に広げたお弁当の真上を箸が飛び交い、おかずを交換し合う女子達。みんな口々に好きな話をして楽しそうだった。
だが、海月だけは席に腰をおろしたまま、窓に寄りかかるようにして景色を眺めていた。机の上には何もなく、海月の席の周りには椅子が仕舞い込まれた机が整列しているかのように並んでいる。誰もいなかった。その代わりに、切なげで、寂しさを孕んだ空気が海月の席の周りに漂っていた。
僕はそれをみて途端に感情が込み上げてきた。
本当だったんだ。
海月は本当に一人なんだ。
「おい……あれ」
「海月?」
二人も海月を見つけたらしく、小声でぽつりと呟いた。
僕は、居ても立っても居られなくなって、
「海月!!」
クラス中に響き渡る程の大きな声で海月の名を呼んだ。
再びクラス中の視線が僕たちに向けられる。でも、そんなことはもうどうでも良かった。海月には僕達がいる。ただ、それだけを海月に伝えてあげたかった。
振り返った海月は、入り口に立つ僕達の姿をみつけると、嘘みたいに綺麗な笑顔を咲かせた。僕も笑顔で返し、「一緒に食堂でご飯食べよう!」と言った。
海月は席から立ち上がると、子供のように駆けてきて僕達三人はそれを笑顔で受け止めた。
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