出会いの日。赤く、流れて。第2話

 小窓からみえる景色は、映画を早送りしているかのように、次々と移ろいでいく。僕は、ゆらりゆらりと電車に揺られていた。


 高校までの道のりは、さっきまでいた自宅の最寄り駅から四つ隣の駅で降り、そこから徒歩で五分程の距離だ。僕は、ぼぅっと、意識も虚ろに、窓の向こうに視線を置いていた。彼女のことが頭から離れなかったからだ。


 指先まで流れる透き通るような白い肌。屈託もなく笑った陽だまりのような笑顔。そして死のうとしていた事実と何故僕の名前を知っているのかという疑問。


 どれもが僕の頭の中を埋め尽くすには十分過ぎる要素だった。


 変わり映えのしない退屈だった毎日が、途端に動き始めたかのような瞬間を僕はみた。何故かは分からない。でも、死のうとしていた彼女が僕の流れのない淀みかけていた人生を清めてくれるような気がしたのだ。


 彼女に思いを馳せていると、気付けば僕は学校の前に立っていた。どうやってここまで辿り着いたのかは覚えてない。始業時刻には30分程遅刻してしまい担任に咎めれたが、自殺しようとしていた人を助けていました、なんて言って変に目立つのも気が引けたので、「寝坊しました。すいません。」と言葉を溢して、頭を下げた。


 「次からは気をつけるように」と言って、担任は中断していた授業を再び再開し始めた。その声に数人のクラスメイト達の笑い声が混じる中、僕は颯爽と歩いていく。窓際の最後列の席が僕の席だ。席につくと同時に頬杖をついて窓辺に視線を向けた。


 窓の向こうでは、一枚のキャンパスに描いたような景色が広がっている。大地から沸き立つ煙のような入道雲に、澄み切った青い空。夏の日差しを受け止めた校庭は煌めき、その反射した光は僕の網膜に焼き付き眩ませる。


 目の前に広がる何もかもが美しくみえた。こんな気持ちになれたのはいつ以来だろう。心の中は今日の空みたいに晴れ渡っている。


 目を細めながらぼぅっと窓の向こうに視線を送り続けていると、頭に何かが当たり、かさりと音を立てて地面に落ちた。


 足元に目をやり、それがくしゃくしゃに丸められた紙だと分かる。隣の席からくすくすと笑い声が聴こえてきて、僕はその紙を拾い上げて広げた。小さく丸みを帯びた字で『よっお寝坊さん』と書かれた紙を再度くしゃくしゃに丸め、投げつけてきた本人に投げ返した。


 「痛っ、響が遅刻なんて珍しいね。」

 「うるさい、ちゃんと前見て授業聞けよ静香。」


 ダークブラウンに染まった髪を静かに揺らし、子供みたいに無邪気な笑顔を溢す彼女は麻生静香あそうしずか。僕がこの学校で心を許せる数少ない友人の一人だ。


 くっきりとした大きな目以外、全体的に小さめな顔のパーツはどこか小動物を思わせる。いつも溌溂としていて女子男子共に分け隔てなく接し、休み時間になれば男子の遊びにも混じったりする。まさに天真爛漫という言葉が当てはまるんじゃないだろうか。


 「寝坊した訳じゃないんだ、今日は信じられない出来事が起きた。」


 僕が囁くように呟くと、静香は何度か目を瞬きし首を傾げていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る