第8話

 気持ち悪い猿芝居は放課後まで続いた。

 キラキラした目で僕らを糾弾する彼らに言葉は通じたが話は通じなかった。

 薄ら寒いその姿は、僕の大嫌いな青春映画を見せつけられてるようだった。

 真面目にクラスメイトの死を願ったのはこれが初めてだったと思う。

 彼らの演目の中で僕は悪役だった。

 マスコミの作ったネクラという絶対悪。

 それが降臨した。

 クラスメイトはまるでロールプレイングゲームみたいに僕をやっつける妄想に浸った。

 まるで僕らオタクを殺せば世界から戦争が消えるとでも言いたげだった。

 そう今やクラスはオタクという悪を前にして一致団結した光の戦士だったのだ。


 ……お前らの方がよほど創作物に影響を受けてるよ。


 僕はなぜか鈴木に殴られた直後、森に職員室へ連れ込まれた。


「野村……わかってるな?」


「なにがです?」


 バンッと森は机を叩いた。


「おまえのその気持ち悪い趣味をやめろと言ってるんだ」


 なに言ってやがんだこの野郎。


「はあ……別に悪いことしてるわけじゃないでしょ……」


「うるさい! おまえは俺をなめてるのか!!!」


 ガッと森が僕の胸倉をつかんだ。


「いいか野村! 聞け。お前らネクラのせいで人が死んだ。その責任をおまえは取らなきゃいけない」


 頭おかしい。

 なぜ僕が顔も知らないやつの責任を取らなければならないんだ。


「酒でも飲みましたか?」


「もういい!!! おまえの家に電話する!!!」


「いやだから悪いことしてるわけじゃないでしょ!」


「うるさい!!! おまえには失望した!!!」


 失望するもなにも、森と僕にはそこまで言われるほどの接点はない。

 迷惑をかけたこともなければ、優遇してもらったこともない。


「もういい! 出て行け!!!」


 意味がわからん。

 なぜみんなカリカリしているのだろうか?

 僕はずっと疑問だった。

 話し合えばわかる。誤解が解ける。

 このとき僕はそんな妄想をしていた。

 それは完全に間違いだ。

 思えばこの時代はみんな少し頭がおかしかった。

 体罰が推奨され、生徒の思想まで縛る管理教育が横行していた。

 生徒は殴れば殴るほど良くなると教師たちは信じ切っていた。

 もちろんそんなわけはなく、教師は生徒に憎まれ、生徒たちは親や教師の暴力で発散していた。

 万引きや喧嘩。ときにはいじめ。ホームレス狩り。猫殺しも。

 とにかくこの頃の教育は一言で言えば弱肉強食。

 暴力を推奨し、不良のための教育がなされていた。

 大人しい生徒や真面目な生徒には人権などない。

 不良たちへ餌として与えられる狂った時代だった。

 鈴木も森も僕を高邁な世界に導いてやるつもりだった。

 そう本気で思っていた。

 犯罪者予備軍のオタクの世界から更正してやろう。

 真人間にしてやろうと思っていたのだ。

 本人がそれを望んでないなんて欠片も思ってなかったのだ。

 僕が職員室を出ようとすると森は静かに言った。


「野村……おまえが反省するなら、剣道部に入れ」


 死ね。

 心でそう思いながら一礼して職員室を出た。

 教室に戻ると僕の机に「ネクラ! 死ね!」と落書きされていた。


「は、笑える」


 消すつもりはない。

 証拠をずうっと残してやる。

 友利がやって来る。


「ねえ野村。明日から学校来なくていいよ」


「それ、おまえが決めることか?」


 そう言うと友利の顔が歪んだ。

 もともと醜いから変化はなかったが。


「オタクはみんな本当は現実の恋がしたいのにできないからオタクやってるんだって! 週刊誌で言ってたよ!」


「おまえとつき合うくらいだったら死を選ぶね」


「この! オタク野郎が!!!」


 はあ……今日一日でIQが20は下がった気がする。

 もうつき合ってられない。

 カバンに荷物をつめる。


「帰る」


「どこ行くんだよオタク!!!」


 小平が叫んだ。

 どうやら僕は野村という姓をどこかに落としたらしい。

 前々から頭がおかしい連中だと思ってたが、本格的に狂ってしまったようだ。

 もうつき合ってられない。

 ここの教師に教わることはもうなにもない。

 こんな精神の幼い連中となれ合う気もない。

 失望した?

 僕がだよ!!!

 僕は学校をあとにした。

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