僕とギャルの痛み

「それで、何があったんだ?」


僕は客間で椅子に腰かけ向かい合うようにベッドの端に座る弱気な姿の勝気なギャルに問いかけた。

春島は視線を泳がせ何度か口を開きかけたが結局そのまま俯いてしまう。

ため息が漏れそうになる。

僕はこいつのこんな弱弱しい姿なんて一秒だって見ていたくはない。


「言いづらいか?」


重ねて問えば首を振る。


「話す……」

「ああ、ちゃんと聞くから話してくれ」

「えっとね、あーしの父親がDV親父で母親がそいつに殴られたり蹴られたりする腹いせであーしのことしょっちゅうぶってきてね。

たまに父親の機嫌そこねて直接殴られたり蹴られたりすることもあったなぁ。小さい頃は服の中あざだらけだった時期もあったし」

「ああ。昔そんな話してたな」

「うん。世間体が悪いからって外から見える部分はちゃんとしてたけどそれ以外は基本放置でたまにサンドバッグにされる感じ。

中学あがったくらいからは反撃されるのが怖いのかあんまり殴ってこなくなったんだけどね。

そんなんだったからなるべく外で過ごして家にいないようにしててさ。今はバイトで稼いだお金で遊び歩いてたんだけど……」

「どうした?」

「今日ね、家帰ったら父親の方と鉢合わせちゃって。普段は顔合わせないようにすぐ自分の部屋に逃げ込んで鍵かけてたんだけどたまたま廊下で出くわしちゃってさ。

吃驚して立ち止まっちゃったらずかずか近づいてきて腕掴まれてさ。酒臭い顔近づけられて『お前も随分育ったな。ちょっと味見させろや』って。

とっさに金玉蹴り飛ばして逃げたんだけど今度は母親の方に出くわして。多分見てたんだろうね。

いきなりビンタされて、『父親に色目使うんじゃない、この売女!お前が悪い!何もかも全部!!わたしのことバカにしてんのかっ!』って鬼みたいな顔で怒鳴られて。

なんかもうわけわかんなくなっちゃって、土砂降りなのに傘もささずに飛び出しちゃって。

よし死のうって思ったらなんか最後にメグぴょいの顔見たくなって気付いたらメッセ送ってた」


なんかめーわくかけちゃってマジごめんねー。

へらへらと。虚ろな笑みで全てを諦めたように笑う。

腸が煮えくり返りそうだ。

僕は立ち上がって自分の腹に彼女の顔をうずめるようにかき抱いた。

そうしなければきっとこの憎悪に塗れた表情で怖がらせてしまうから。


「あーしが悪いんだよ…………あーしがちゃんとしないから……」

「バカ言うな。お前は何も悪くない」

「でも。でも。あーしが……あーしが……」

「バカ。なにクズ親の言うことなんて間に受けてるんだよ」

「でも……だって…………あーしは……」

「お前は何も悪くない。僕が保証する。だから……今は好きなだけ泣け」

「メグぴょい……あーし……あーし…………あぁぁぁああああ―――――――――」


春島の涙腺は決壊した。

大声で泣きわめく春島を今度こそ好きなだけ泣かせてやる。

頭を撫でて背をさすり感情の全てを吐き出させる。

どれくらいそうしていただろうか。

彼女の泣き声は徐々に弱まり、そのまま泣きつかれて眠ってしまった。

起こさないようにベッドに寝かせ、涙と鼻水でドロドロの顔を可能な限り拭ってやる。

最後に彼女の頬をひと撫でしてから部屋を出る。


僕は春島さくらのことが好きだ。

この気持ちは近親者に対する親愛のような、あるいはもう一人の自分に対する自己愛のような。

そう、もう一人の自分だ。

僕らは互いにそんな風に思っている。

中二でクズ親から解放された僕と、未だにクズ親に苦しむ春島。

彼女は僕に希望を見出し、僕は彼女が今後掴む幸福に救いを求めた。

彼女が幸せに笑って暮らせたならば、不幸せなまま突然クズ親から解放されてしまったあの頃の可哀そうな僕も幸せになれるような、そんな気がしていた。

故に僕は春島さくらの幸福を願っている。

彼女の不幸せを許しがたく思っている。

今までの僕ならそこまでだった。

僕が彼女の手を取った所で僕らは依存しあってもお互いを幸せには出来ないと思っていた。

だが今の僕には『義妹』たちがいる。

彼女たちがくれたたくさんのモノがある。

今の僕ならそれらを春島に与えてやれるんじゃないかと思う。

僕が、僕の手で、彼女を幸せにしてやれるんじゃないかと思っている。


僕は春島さくらのことが好きだ。

彼女の吊り上がった生意気な目が好きだ。

楽しそうな事を見つけたときに口の端を持ち上げるせいで意地悪そうにしか見えないその笑顔が好きだ。

なれなれしい態度が好きだ。

彼女との気を使わない雑な会話が好きだ。

何度やめろと言っても僕を変なあだ名で呼ぶそのふてぶてしさが好きだ。

そして、寂しがりなくせに決して寂しいと口にできない不器用さが好きだ。


――――彼女を僕の『義妹』にしよう。


彼女が僕に好意を抱いていることは知っている。

ならば僕のそばで笑って暮らせばいいのだ。

僕と一緒に幸せになればいいのだ。

家族との幸せな生活を骨の髄まで味わえばいいのだ。

僕は彼女の人生を縛り付け、傲慢に、強欲に、強引に幸福を押し付ける。

僕の身の回りで起きている謎の『義妹』化現象を僕ははじめて自分の意思で利用するつもりだ。

これまでの経験から推測するにトリガーは多分僕の好意を言葉にすること。

ならばあいつがドン引きするほど好意を押し付けまくってやろう。

だからカミサマよ。

この謎の現象を引き起こしている元凶よ。

どうか、彼女を僕の『義妹』にしてくれ。

僕は明日、春島に告白する。





翌朝、春島さくらは高熱をだして倒れてしまった。

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