僕とギャルの救難信号

バケツをひっくり返したようなどしゃ降りが窓をガシガシとうるさく叩いている。

季節はすっかり梅雨となり、毎日ジメジメとしたスッキリしない空模様が続いている。

僕は傘が邪魔なせいで『義妹』たちとくっつくことが出来ない登下校に小さな不満を覚えつつも、まあ幸せな日常を謳歌している。

今日もそんな日常をもうすぐ終えようという時間帯、風呂をすませて『義妹』たちとの憩いの時間を過ごしていると僕のスマホにメッセージが飛び込んできた。

送り主は春島さくら。

ギャルゲ談義をして以降、とりとめのないメッセージをよく送ってくるようになったギャルな友人からのそれは、いつもと違いたった四文字の簡潔なものだった。


『たすけて』


極めて簡素な、それ故事態の深刻さが窺える文面を目にした僕は体を跳ね上げるように立ち上がった。


「すまんユキナ。僕はちょっと出てくる」

「お兄ちゃん……?」


困惑するユキナをそのままに僕は財布とスマホだけ引っ掴んで飛び出した。


『どこにいる?』


居場所を尋ねる返信には既読はつけども返事は帰ってこず、じりじりと焦燥感が募る。


「場所くらい伝えて来いよ、バカ野郎が……」


見つけたら絶対に文句言ってやる。

傘を差しつつ走り出した僕は悪態をつきながら春島の行きそうなところを考える。

駅前の小さな繁華街。

あいつが居そうな店に片っ端から飛び込んで行方を捜した。


「すんません、この娘見てませんか?」

「いや、見てないね」

「そうですか。失礼しました……」


SNSから引っ張り出した春島の写真を見せながら問いかけても答えは否ばかり。

カラオケに漫画喫茶、ゲーセン、ファミレスにコンビニまで周辺全て当たったが結局春島の姿は見つからなかった。


「どこに居んだよ……」


一時間ほど探しただろうか。

走り回ったせいで僕のズボンの裾はびしょ濡れだ。


「あと探してないのはアイツの家の周りか?いや家の周辺には居たがらないだろ……ならどこだ?……まさか」


ふと、思いついたのはいつぞやあいつを拾った公園。

念のためスマホを確認してもメッセージは返ってきていない。

他に思い当たる場所も無いのでとりあえず向かってみることにする。

どうかそこに居てくれと願いながら。


春島を拾った三年前のあの日と同じように、彼女は傘もささずにベンチに腰掛け虚空を眺めていた。

無遠慮に近くまで歩み寄る。

さっきまで投げつけてやろうと思っていた悪態はほろほろとほどけて音が無くなってしまった。

掛けるべき言葉を探せど見つからず、結局口から出てきたのは三年前と同じ言葉だった。


「雨に打たれるのが最近のトレンドか?」


ゆっくりとこちらに顔を動かす春島にはいつもの覇気はなく、勝気なはずの吊り目はただ虚ろに揺れていた。


「あーし……もうヤダ…………」


その声はか細く、彼女の体がこの土砂振りに削られて流れて消えていくような錯覚を覚える。

彼女が消えてしまわぬようにと傘を投げ捨てて座ったままの彼女を抱きしめれば、彼女は抵抗なく僕の腹に顔を押し当て鼻をズビズビと鳴らし始めた。


「家、いくぞ」

「……うん」


彼女の気が済むまで好きなだけ泣かせてやりたかったが、僕も春島もずぶ濡れだ。

雨に濡れて震える彼女をそのままにはしておけず、手を引いて家まで連れ帰った。


『義妹』たちはまだ就寝せずに僕の帰りを待っていてくれたようで、玄関先で揃って濡れネズミになった僕らを見て驚いていた。

ひまりが有無を言わさず春島を風呂に案内し、ユキナは着替えを用意して、しずくはタオルを持ち出して僕の濡れた体を拭きあげてくれた。

それはまるで事前に相談したかのような見事な連携で、三姉妹の仲の良さにすっかり冷たくなってしまった僕の心に温かさが宿る。

口角があがり自然と笑みを浮かべれば、僕の頭をちょっと痛いくらいゴシゴシと拭いてくれていたしずくがにこりと微笑みを返してくれた。


「お兄ちゃんのしたいようにしていいからね」


僕にわかる範囲で春島の事情を三人の『義妹』に伝えれば、ユキナはにこりと笑ってそう言った。

きっと彼女には僕にはわからない何かが見えているのだろう。

あるいは僕自身が理解できていない感情すら理解してくれているのかもしれない。

彼女に背を押され、僕は僕のしたいようにあのネグレクト仲間と向き合うことを決意した。

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