僕と大和撫子の悩み

学校の再開から数日たったある日のこと。


「お兄ちゃん、今日委員会があるんだけど、一時間くらいで終わるから放課後待ってて」


天使な『義妹』からそんなお願いをされて断る選択肢などなく、僕は放課後の学校でヒマを持て余していた。

どっか静かな所でゲームでもするかと携帯ゲーム機を片手に人気の少ない学校有数のさぼりスポットにやってきた。

裏庭の奥まった所。植木に囲まれた場所にポツンと一つベンチが置いてあるその場所には先客が居た。


ベンチに腰掛け小柄な背筋をピンと姿勢よく伸ばした姫カットが特徴的な美少女――名前は確か『正月坂ひまり』だったか。

学園有数の美少女の一人で一年生の一番人気、『大和撫子』なんて呼ばれている人気者である。

正月坂家はガチの名家で、そこの跡取り娘として厳しい令嬢教育を施されてるって話だったはずだ。


そんな彼女が一人でこんな場所にいることに少し好奇心を刺激されたが、先客が居る以上ここに用はないのでさっさと引き返すことにする。


「あの、そこにどなたかいるのですか?」


凛とした涼やかな声が響く。

どうやらこちらに気付かれたらしい。

無視するのも悪いので彼女の前に出ていくことにする。


「一年の正月坂さんだよね。僕は二年の四季めぐる。一人になれるところを探してたんだけど君の姿が見えたので引き返そうとしたところだ」

「四季先輩……ですか」


僕の名前を確認してじっとこちらを見つめる正月坂さん。

ああこの反応は亡きクソ親父の噂を知っていて警戒されているのだろう。よくあることだ。

正月坂家の令嬢なら知っていて当然だし、その息子が同じ学校に通っていると耳にすることもあるだろう。


「あー、クソ親父の噂を聞いてる感じかな?」

「失礼しました。いえ、お父君の風評はわたくしの耳にも届いておりますが……」

「あれ?他になんか噂になることあったっけ?」

「お父君の会社の今の社長、的場さんでしたか。あの方がご自身の後継者だと公言しておりまして」

「あの人そんなこと言ってるの?この前知り合いから似たような話聞いたけどリップサービスだと思ってたのに……」

「方々で明言しておりますね……」

「マジかよ……」


目を覆い天を仰げばご令嬢にクスクスと笑われてしまった。

おのれ的場さん。どうりで押し付けようとした会社の株を受け取らない筈だ。

一体いつからこんなこと考えていたんだ……?


「まあ僕のことはいいとして正月坂さんは何してたの?待ち合わせ?」

「いえ、なんと言いますか……少々一人で取り留めのないことを考えておりまして……」


憂い顔に興味を惹かれてしまう。

はてさて何やら悩みがあるようだが……。


「何か悩み事か?僕でよかったら相談に乗るけど。こう見えて僕は君の先輩だからな」

「いえ、悩みという程のものではないのです。誰かに相談して解決する類のことでもありませんし……」


なんとなく歯切れの悪い正月坂さん。


「だれかに愚痴聞いてもらうだけでもスッキリするんじゃない?」

「そうかもしれません……いえ、ですが先輩にそこまで迷惑を掛ける訳には……」


今日初めて会った男相手に愚痴るのは憚られるか。


「そっか……余計なお世話だったか?」

「いえそんな……四季先輩に親切に気遣っていただいてありがたいと思っておりますわ」

「ならいいんだけどね。まあ君みたいな名家のお嬢様だと色々難しいかもしれないけど、さっさと誰かに頼るのも悪くない手だぞ」

「ええ……そうですね……誰か相談できる相手を探してみようかと思います」


奥ゆかしく微笑む彼女の顔からは先ほどの憂いが薄れていた。

しかし噂通りの美少女だな――――そんなことを考えながらまじまじと彼女の顔を見つめていたらスマホの通知がなった。


『お兄ちゃん!思ったよりはやく終わっちゃった!今どこ?』


メッセージの送り主は当然ユキナだ。


「…………あ」


メッセージを返していると、正月坂さんが声を漏らした。

僕のスマホをじっと見ている。


「どうかした?」

「いえ、折角こうして知己を得ましたので、連絡先の交換などどうかと」

「あ、うん、いいよ。愚痴りたくなったらいつでも連絡してくれ」

「……ありがとうございます」


意外な提案に驚いたが、手早くメッセージアプリのIDを交換してしまう。

僕には何故だか少し、自分のスマホを見つめる正月坂さんが嬉しそうにしているように見えた。


「そんじゃあ僕はもう行くから」

「あ、はい……お引止めして申し訳ありません」

「そんじゃあ、またね」

「はい……また」


歩き去る僕に正月坂さんは控えめに手を振ってくれた。

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