僕と天使とお弁当

その日の午前の授業が終わるころには僕とユキナの話は学年中に広まった。

だが僕の危惧していたようなクラスメイトからの質問攻めや妬み嫉みからの誹謗中傷はおきず、なんとなくそういうものだと受け入れられていた。

これも謎の『義妹』化現象の影響なのだろうか。

なんにせよ少々拍子抜けだが僕は平穏な学校生活が守られて安堵した。


昼休み、カバンから弁当を取り出すと剛のやつに盛大に冷やかされてしまう。


「よおメグ。その弁当もしかして冬木さんの手作りか?」

「そうだが。あとメグはやめろ」

「うらやましいねぇ色男め。愛しの『義妹』ちゃんとは一緒に食べなくてもいいのか?」


ニヤニヤと、底意地の悪い顔でからかう親友。

よろしい、そっちがその気ならこちらも非常の手段に打って出るだけだ。


「ユキナ~弁当一緒に食べるぞ~!中里さんも連れてきて~」

「わかった~すぐ行く~」

「ちょっ、おまっ!」


教室の前後でそんなやり取りをする僕たちにユキナの親友の中里更紗は露骨に嫌そうな顔をした。

何を隠そうこの中里さんは我が親友の片思い相手なのだが、陸上部所属で体育会系のサバサバした彼女はチャラチャラした男が嫌いと公言しており、

悲しいかな見た目が完全にチャラ男な剛は彼女に嫌われている人間の筆頭なのだ。

ヘタレな我が親友は誤解を解くことも出来ずに片思いをズルズルと引きずったまま今日まで過ごしてきた。

我が親友よ、好きなだけ焦るがいい。あとで盛大にいじくってやる。

僕が邪悪な笑みを浮かべる向こうで僕の天使な『義妹』のおねだり攻勢に負けた中里さんがあからさまに渋々といった顔でこっちにやってくる。


「お兄ちゃんお待たせっ!」

「はいいらっしゃい。中里さんも無理言ってごめんね」

「別にいいけど……私がチャラ男嫌いって知ってるよね?」


金髪ロン毛が泣きそうになる。


「あー、こいつはこんな見た目だがチャラ男じゃないぞ。むしろ僕よりはるかに真面目だ」

「へ~、なんか意外かも。お兄ちゃんの友達だから悪い人じゃないとは思うけど、やっぱり遊んでそうだよね」

「こいつ音楽一家の息子で、こいつ自身もかなりガチのバンドやっててな、界隈じゃそれなりに有名らしいんだけど、そのバンド用のファッションなんだ」

「そうだったんだ!見た目で誤解しちゃってたよ、ごめんね愛原君。よかったらこれからは仲良くしてね」

「……私も見た目だけで勝手に判断しちゃってたわ。ごめん愛原。私もよかったら仲良くしてほしいわ」

「あ、いや、この見た目だから誤解されてもしょうがないっていうか、だから気にしてないっていうか、えっと……ヨロシク」


狼狽える親友に口角があがる。

ユキナは剛と中里さんの顔を交互に見てこちらにキラキラした視線を送ってくる。

どうやら何か察したらしい。


「それで愛原君はどんなバンドやってるの?何か曲だしたりしてる?更紗ちゃんも音楽好きだから興味あるよね?」

「そうね、ちょっと聞いてみたいかも」

「僕のプレイヤーに入ってるからよかったらどうぞー」

「おま、ちょ、やめろよっ」

「作詞も作曲もお前がやってるんだろ、恥ずかしがるなって。僕は普通にいい曲だと思うぞ」


焦る剛を煽りつつ、ユキナと中里さんにミュージックプレイヤーを差し出す。

一曲まるっと静かに聞き終えた中里さんは突然ガバッと剛の手を掴んで顔を近づける。


「愛原っ、凄い良かった!バンド名教えてっ!あとライブ情報も!チケット買うからこっちに回して!」

「中里~そいつインディーズでCDも出してるぞー」

「それも買うっ!こんないい曲かけるなんて、愛原はスゴイ奴だったんだねっ!」

「――――っっっ!!」


幸せの許容量オーバーで剛が昇天してしまった。まったく幸せなやつめ。

使い物にならなくなった剛に代わって中里さんの質問に答え、その後は中里さんと剛の好きなバンド談義で盛り上がった。


「(よ・か・っ・た・ね・お兄ちゃん♪)」


僕のことなどなんでもお見通しな『義妹』に口パクでそんなことを言われてしまった。


予鈴がなってユキナと中里さんが席に戻った途端に剛は机に突っ伏しゆるゆるになった表情を必死に隠していた。

僕は慈愛の表情を浮かべて親友の肩をやさしく叩いてやる。




「愛原くぅ~~ん。ずいぶんとぉぉぉ幸せそうだねぇ。何かいいことでもあったのかなぁ~~~?ん~~~?」


殴られた。

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