Act.15 悩み事(アンナ)

 ❀.*・゜



 翌日、かなでと共に強襲科Aクラスの教室に登校したアンナに、セレーナが話しかけてきた。ギラギラと眩い金髪を輝かせ、常に周囲を物理的にも精神的にも明るくする金居・Eエルドラード・セレーナは、その明るい性格と抜群のプロポーションで同学年のみならず上級生や下級生にも人気だった。単に見た目で考えればアンナよりも目立っているかもしれない。


「チィーッス、アンナ元気してるー?」

「なんの用ですのセレーナさん」


 ただでさえアンナやセレーナはクラス内でも特に目立つ存在なのだ。そんな2人が話していたら嫌でも注目を浴びる。アンナは眉をひそめた。


「アンナさー、姉妹どうするか決めた?」

「姉妹は組まないことにしてますわ」

「えぇぇっ!? どしてさー?」

「はぁ、これ皆に説明しないといけませんの……?」

「まぁ、嫌ならいいんだけど。……セレーナさんさぁ、昨日からずっと大勢の新入生につきまとわれてて、マジやばたにえんっていうかー。アンナはどーかなって思って」

「わたくしも同じですわ。断ってもしつこいんですのよ。今日もここに来るまで人目につかないように気を遣わなければいけませんでしたわ」

「やっぱねぇ……。好かれるのはマジテンションアガるんだけど、つきまとわれると監視されてるみたいでソワソワするっつーか……どうしたもんかねぇ」


 ポジティブなセレーナが弱音を吐くことは珍しい。それほどまでに困っているのかとアンナは少し意外に思った。


「さっさと姉妹を決めてしまうといいとかなでさんが言ってましたわよ」

「うーん、でもなかなか難しいんだよねぇ。考えずに決めちゃうのも相手に申し訳ないっつーか」

「ですわよね」


 姉妹契約締切まではまだまだ日にちがある。それまで毎日新入生につきまとわれなければいけないのかと、アンナとセレーナはうんざりしていた。かといって、かなでの言うとおりすぐに相手を決めてしまうわけにもいかない。姉妹になった生徒はお互いドッグタグを交換して、それを肌身離さず持ち歩くという。征華において姉妹制度とは安易なものではないのだ。だからこそ新入生は必死になるし、上級生はひたすら悩む。考えずに組んでしまってはお互いのためにならないからだ。


「とりあえず、アタシもしばらくはうろつくのやめて、部屋で大人しくしてるかなー?」

「それがいいと思いますわ」


 アンナが頷くと、セレーナは満足した様子で自分の席に戻った。すると、すぐに担任の教官であるミス・ジェイドが現れて退屈な座学の授業が始まる。その間、アンナはずっと姉妹について考えていた。

 ミス・ジェイドの言うとおり、姉妹を組むことで気づくことも成長することも多いだろう。だが、強襲科で戦闘も多く、その中でも特に敵に真っ先に突っ込んでいくことが多いアンナと姉妹になったら、相手にどれだけの負荷をかけてしまうか分からない。そればかりか、どちらかが命を落とすようなことになったら……もしそれが妹だったら……と考えると、どうしても尻ごみしてしまう。


 理由はそれだけではない。

 アンナは異世界人、それも勇者の末裔だった。自分たちの世界に災厄を持ち込んだ存在として異世界人を毛嫌いしている者も多い中で、アンナと組むことで姉妹を組んだ相手がどう扱われるのか心配だった。アンナと組んだせいで、相方まで嫌がらせを受けるなんてことがあったら目も当てられない。


(やはり、姉妹契約は結ばない方が良さそうですわ……わたくしの場合はメリットよりもデメリットの方が大きそうですから)


 ひとまずそう結論づけたところで、ミス・ジェイドがアンナを指名した。いきなり名前を呼ばれ、アンナは背筋が凍る思いをした。



「アンナさん、これ答えられますか?」

「……すみません、よく聞いてませんでしたわ」

「またですか。……正直なのはいいことですが、褒められたものではありませんよ? また廊下に立ちますか?」

「申し訳ありませんわ……」


 アンナとミス・ジェイドのやり取りは定番になりつつあり、かなでやセレーナをはじめとするクラスの皆はクスクスと笑いながらその様子を眺めている。


「いいですか。また一から説明しますが、人体に『魔力器官』なるものは存在していません。が、魔力は古くから生殖器と深い関わりがあるとされています。──もし、一般人が魔導士と相対した場合、相手の魔力の流れを絶つことで一時的に相手の魔法を封じることができるわけですが、魔法を用いない物理攻撃で相手の身体のどの辺を狙うのが最も効果的でしょうか、アンナさん?」

「さあ……わたくしでしたらやはり急所である頭か心臓を狙うのではないでしょうか? とりあえずどこへでも攻撃が当たればこちらのものですわね」

「実に脳筋な回答ありがとうございます。ですが不正解です。物理攻撃の一撃で熟練の魔導士の意識を奪えるのはアンナさんくらいですよ。……保健体育の授業が必要でしょうかアンナ=カトリーン・フェルトマイアーさん?」

「……?」


 静かに苛立ちを露わにするミス・ジェイドに対して、アンナは可愛らしく首を傾げた。


「いちいちイライラしますね。いいですか、人間の性器はどこにあります?」

「セーキ、ミルクセーキ?」

「とぼけるのもいい加減にしてください。──わかりました。実演しますので皆さん体育館へ」


 そう言い残すと、ミス・ジェイドはすたすたと早足で教室を後にしてしまった。教室は瞬く間に騒ぎになった。


「ちょ、教官ガチギレしてたって……大丈夫そ?」

「アンナー、やりすぎだよぉ」


 セレーナとかなでが心配そうな表情で声をかけると、アンナは涼しい顔で答えた。


「乙女に卑猥な話を振るのは教官といえどもデリカシーがありませんわ」

「やっぱりアンナ分かってて答えなかったんじゃん……」

「これくらい、わたくしの異世界では常識ですので答える必要がありませんわ」

「だからって、教官に逆らうのはまずいって! 多分ミス・ジェイドは真面目な戦闘法の話で卑猥だと認識してないだけだと思うし!」

「それでも、曲げられないものは曲げてはいけないと師匠ソフィーに教わりましたわ。しかも、教官と手合わせできるのでしょう? 願ったり叶ったりですわ」

「大丈夫かなぁ。ミス・ジェイドは対人戦のプロだし、接近戦は得意中の得意。……ボコボコにされるよアンナ」

「そう簡単にはやられませんわよ。それに、最近悩み事が多くてわたくしも少しフラストレーションが溜まってましたの」

「おいおい、こいつらマジで頭おかしいわ、ウケる」


 かなでとセレーナは揃って呆れてしまった。



 強襲科Aクラスの面々がジャージに着替えて体育館にやってくると、すでに体育館の中央には着替えを済ませたミス・ジェイドが立っていた。遠くからでも分かるほどの気迫と闘気、研ぎ澄まされたナイフのような鋭い殺気をたたえたその様子に、数々の魔物と相対してきた強襲科の生徒たちでさえも無意識に身体が震えてしまうほどだった。


「アンナさん。前へ」


 冷たく、感情のこもっていない声でそう呼びかけられ、アンナはミス・ジェイドの前まで歩いていった。


「さてアンナさん。私を殺すつもりでかかってきなさい。私は武器も魔法も一切使わずにあなたを無力化してみせますので」

「……ほんとにいいんですの? 後悔しても知りませんわよ?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししましょう」


 両者は両足を肩幅に開き、半身になって拳を構えた。両者の間、約5メートルほど。ミス・ジェイドは腕にグローブのようなものをはめている。



「驚きましたわね。奇しくも同じ構えとは」

「あなたこそ、よくこの国の武術を学んでいるとみえる」

「師にみっちり仕込まれましたわ!」


 アンナはニヤリと笑って右足で思いっきり地面を蹴った。バリバリと轟音が轟き、アンナの周囲に紫電がほとばしる。アンナはそのまま右手に雷の魔力を込めてミス・ジェイドの顔面を撃ち抜きにいく。魔力と怪力、驚異的な身体能力によってブーストされた神速の一撃は並の人間では反応することすらできないだろう。


 だが、ミス・ジェイドは身体を軽く捻って攻撃をかわした。まるで、アンナがそこへ攻撃してくることを予測していたかのような無駄のない動きだった。


 攻撃をかわされたアンナは、その勢いを回転力に変えてすぐさま右回し蹴りを放つ。ミス・ジェイドがそれを身体を反らせてかわすと、すかさずフットワークを活かした牽制の軽いジャブを数発。相手が距離を取ったのを見て一気に壁際まで追い詰める。


「もらいましたわ!」

「ふっ、甘いですね」


 両者の拳が交錯こうさくして、バチンッ! と閃光が弾けた。

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