第2章 姉妹契約

Act.13 極秘任務(アンナ)

 ❀.*・゜



 魔物の襲撃から一夜明けた征華女子魔導高専。

 新入生たちが入学式に出席する中、瑞希、アンナ、みやこの3人は、ミス・ジェイドに呼び出されてミーティングルームにいた。

 てっきり説教をされるのかとビクビクしていた3人だったが、ミーティングルームには、ラティア班のラティア・統・ルーリア、風祭莉奈、蒼乃雷霧の3名がいたので説教ではなさそうだった。


 3年生の中でも特に大人びており、どこか得体の知れない雰囲気を醸し出しているラティア班の3人は、アンナにとって少し苦手な人種だった。かなでや玲果のように軽口を叩くことはほとんどない。かといって瑞希やみやこのように人当たりがよく、周囲を和ませるようなキャラクターでもない。そんな人たちと同室にいるだけで、普段は暑苦しいアンナは妙に萎縮いしゅくしてしまっていた。


 ミス・ジェイドは、ミーティングルームに集合した6名の顔を見渡すと満足気に頷く。


「皆、揃ったようですね」

「要件はなんでしょう? まあ聞くまでもありませんが」


 ラティアが低い落ち着いた声で応えると、ミス・ジェイドは6名に紙の束を配った。


「先日の魔物襲来について、現段階の調査で分かったことをまとめたものです。──実際に現地で戦ったあなた方の所見を聞きたいのですが」

「なるほど、では我々よりもそちらの神田班の方が適任では? 我々は魔物の誘導と残党処理をしたに過ぎませんから」

「違いないですね。では神田さん、あなたから報告を」

「は、はいっ」


 突如指名された瑞希は、緊張した面持ちで背筋を正す。しかし、さすがは班長といったところか、すらすらと順を追って昨日の一部始終を話し始めた。


「魔物の構成は主に地上を這う昆虫型の魔物が大多数で、飛んできたとは考えにくいです。……なのに、あんなに内地に突如魔物が襲来したというのは不気味ではあります」

「そういえば魔物の中に、トンボ型の大型飛行タイプがいたような……」


 みやこが口を挟むと、瑞希はハッとしたような表情になった。しかし、その隣で莉奈がなにか言いたげな顔をしている。

 莉奈は口を開きかけ、すぐに閉じた。


「風祭さん、なにか?」

「……いえ」

「気になったことがあるのなら、些細なことでもいいので話していただけますか?」


 ミス・ジェイドに促され、莉奈は渋々口を開いた。


「私が始末したトンボ型は、ただ地上の魔物たちに指示をしていただけのもの……戦闘力もほとんどなければ、魔物を運搬できるような能力はないと考えます。……以上です」

「なるほど」


 莉奈の報告にミス・ジェイドは腕を組んだ。


「ちょうど、上層部でもその話題でもちきりでしてね。要は『何故あの場所に魔物が現れたのか』。その一点に尽きるわけです」

「ええ、原因が分からなければまた同じような悲劇を招きかねないですからね」


 ラティアも頷く。



「それで、教官はわざわざそんな話をしにボクたちを呼んだんですか? もう既になにか掴んでいるのでは?」


 今まで不気味に黙り込んでいた雷霧が思い出したようにそう口にすると、場の空気が一変した。ミス・ジェイドはしてやられたとばかりに額に手をやる。


「さすが、察しがいいですね。──蒼乃さんの言うとおり、既に私は軍の秘密ルートから学園上層部の知り得ていない情報を得ていますが、これを上に報告してしまうと無駄な混乱を招きかねないので、秘密裏にあなたがたに協力を依頼しようと思っています」

「──というのは?」

「まずはこの写真を見てください」


 瑞希が首を傾げると、ミス・ジェイドが1枚の写真を皆に示す。そこには地面に描かれた巨大な魔法陣のようなものが写っていた。瑞希はその形状に見覚えがあった。


「これは……ゲートに使用されているのと同一の魔法陣ですね。……でもなんのために?」

「この魔法陣が見つかったのは魔物の出現地点と推測される山中、そして匿名の報告を受けて捜索隊が到着した時には既に跡形もなく消されていました」

「つまり、何者かが魔物を山中に転移させ、襲撃後に魔法陣を消した──ということですか?」

「そう考えると全ての辻褄つじつまが合います」


 神田班の3人はお互い顔を見合せた。

 人類にも何故か魔物に協力的な行動をする組織があるということも聞いたことがあったが、同じ人類の命を間接的に奪うようなことを許すわけにはいかない。アンナはぎゅっと拳を握った。


「そうなると、これは防衛科の分掌ぶんしょうですね」

「いいえ、私は防衛科や上層部にはこの話は伝えていません。……これがどういうことか分かりますね?」

「……犯人が内部にいるということですか?」


 瑞希の問いかけに、ミス・ジェイドはゆっくりと頷いた。


「入学式前の狙いすましたようなタイミング。短時間で転移魔法を準備して、襲撃後すぐに処理する手際を考えても……。あくまでも、『その可能性がある』ということです。なので、この話は内密にお願いします。班の他のメンバーには必要に応じて話しても構いませんが、それ以上の他言は無用でお願いします。もちろん、学園上層部や生徒会にも」

「我々は信用に足ると?」

「少なくとも、あなたがたは魔物襲撃時に学園にいてアリバイがあるわけですから。それに、いざとなった場合でもあなたがたの実力であれば1人で敵と渡り合うことができる。──例えそれが征華の魔導士だったとしても」


 6人は表情を引きしめる。もしミス・ジェイドの話が本当だとしたら、仲間や恩師を討たなければならない可能性も出てくる。そうなった場合でも、ミス・ジェイドはこの6人ならば信用できると考えているのだ。

 アンナは手を挙げて発言した。


「つまりわたくしたちの任務は、その魔法陣を作った人物及び消した人物を特定してミス・ジェイドに報告。やむを得ない場合は戦闘で無力化の上、身柄を引き渡すということでよろしいですの?」

「ええ、ですがあまり表向きには動かないでください。敵がどこに潜んでいるか分からない以上、勘づかれないように慎重に行動すること──特にアンナさんは。表面上はいつも通り学校生活を送り、行事にもしっかり参加してください」

「わかりましたわ」

「以上です。私の方からもなにか追加の情報が入り次第またこのメンバーを集めますが、接触は最低限にしたいので、例えばラティアさんと神田さんのみ呼び出すといった場合もあると思います。……くれぐれもよろしくお願いします。以上です」


 そう言ってミス・ジェイドはミーティングルームを後にした。残された6人を気まずい沈黙が包んでいた。



「……きな臭いことになっているな」

「ああ、よりにもよって学園内に裏切り者がいるとは」


 ラティアと雷霧が言葉を交わす。莉奈は相変わらず押し黙ったままで何を考えているのか分からない。みやこはふと思い出したように、そんな莉奈に声をかけた。


「あっ、そういえば莉奈ちゃん。この前は助けてくれてありがとう!」

「いえ……あれは別に助けたわけじゃなくて……ただ単に私の獲物を仕留めただけですから」

「莉奈、『別に気にしなくていいよ』ってさ」

「素直じゃないなまったく。まあそれが莉奈の魅力なんだけどね」


 すかさずラティア班の2人のフォローが入り、莉奈は顔を赤くして俯いた。


「いずれにせよ、今回は神田班との連携を密にしなければな。いつもはライバルとして意識してはいたが、よろしく頼む」

「うん。こちらこそ、頼りにしてるよ」


 班長の2人が握手を交わしたところで、他のメンバーも各々ミーティングルームを後にした。

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