第168話・宰相閣下の胃痛・その四

side・宰相


 貴族達の動きが完全に変わってしまった。


 今も変わらず殿下を支持しているのは、亜人の排斥を願うような過激派ばかりだ。


 私を含めて大多数は亜人を皇帝にしたくはないが、排斥までは考えてなく住み分けが必要だと考えてる程度なのだ。


 いくら亜人とはいえ、幼い妹を殺せと命じた殿下が皇帝になればどうなるのかと案じる者は多い。


 帝国貴族は七百年の歴史と伝統を重んじる、誇り高い貴族なのだ。


 亜人に権力を与えて、何百年も権力を持たれてはたまらぬが、一方で亜人とて帝国民であるし亜人の貴族とて当然ながら居る。


 特に長く生きているダークエルフの貴族は帝国の知恵袋なのだ。権力やしがらみは嫌うが、困ったら助けてくれる程度に帝国に愛着を持っていた。


 彼らは帝位継承に口を挟んだことは今まで一度もないが、今回ばかりは殿下が帝位に就くならば、自分達は帝国から離れるべきかもしれぬと溢しているらしい。


 幼い同族の子供を軍を動かし殺そうとしているのだ。当然だろう。


 未だ彼らが動かぬのはミレーユ様が見つからぬからで、誰かが匿い助けているならば、その邪魔をせぬようにと祈るような気持ちで見守っているのだろう。





「宰相閣下。勇者はどうやらイースター商会に頼んだ、軍の物資を輸送しているようです」


「……そうか。分かった」


 それともう一つ。帝都に滞在中の空の勇者は、本当に休暇のつもりなのか自由気ままな日々を送っている。


 監視はしておらぬが、何か分かれば報告するように指示を出してはいる。しかし報告は子狼の散歩やら、女子供の買い物の荷物持ちなどばかりだ。


 戦闘狂でないと判明しただけ良かった。本当にろくなことがない最近では希ないい情報だ。


 何故勇者が荷物を運んでるのか知らぬが、これほど安全な輸送はあるまい。


 例の海竜の皮と牙も勇者は帝国に譲ってくれるらしく、悪い男ではないのだろう。


 いっそ勇者には権力に物を言わせる殿下を、ぶん殴って欲しいと少し期待していたのだがな。





 最近ではよほどご立腹なのか、軍の中の子飼いの連中を連れて、自らミレーユ様の捜索の陣頭指揮を取っている。


 私のところには苦情が殺到しているが、別に私は殿下のお守りをしてる訳ではないので、私に言われても困るのだ。


 出来れば今のうちに皇宮の奥の陛下に会いに行き、話を聞きたいところだが。殿下は用心深いので皇宮を離れる時は、信頼している侍従と騎士を残している。


 表向き陛下は痴呆で話が通じないからと人を遠ざけているが、本当に痴呆なのか?


 確かに老年からくる痴呆だけは魔法では治せぬが、最初の頃は原因不明の体調不良だったはず。


 このままではまずい。貴族達はすでに殿下以外の皇帝を望んでいるが、このままでは私も殿下と一蓮托生にされてしまう。


 宰相の座を退くか?


 それだけでは弱いな。私自ら殿下を止めて、一蓮托生ではないということを明らかにしてからでないと、後で何をされるかは分からん。


 他の大臣もすでに殿下を見切っていて、次の皇帝を誰にするかで動いているのだ。


 やはり陛下に会わねばならん。


 何か、何か策はないのか?


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