第84話・町のお掃除

「フフフ。いるいる」


 ロイスブルッグ伯爵の屋敷は、領地で最も大きな町の中心にある。


 と言っても人口は三千人ほどの田舎町であるが。


 海に面してる訳でも無ければ鉱山がある訳でもなく、森と小さな小川はあるが地理的に発展性はあまりない。


 ただ雨の降る量が比較的安定していることや、現伯爵が善政を敷いていることと、さほど強い魔物が居ない田舎にしてはまあマシな領地になるだろう。


 伯爵の屋敷は三メートル以上はある高い壁に囲まれているが、人の出入りは伯爵家の人間や来客が使用する正面の門と、使用人が使用する裏門しかない。


 そうすると密偵の居る場所なんて決まってる。


 一昔前の刑事ドラマのように、外で張り込みなどすれば怪しいのがバレてしまう。


 だとすると何処かの家を借りねばならないが。


 領主の屋敷の入り口が見える窓がある家の中で、他人に貸してくれそうな家は限られていた。


 最後にこんな夜更けに起きてる人の居る部屋となると、目的の密偵はすぐに見つかった。



「肝心の伯爵が居ねえのに、見張ってどうするんだっつうの」


「我慢しろ。伯爵が言うこと聞かなきゃ、屋敷の人間を人質に取れって命令だ」


「たかが使用人をか?」


「伯爵は使用人を見捨てるような人じゃねえからな。それと本当はクリスティーナを拉致しろって命令だったんだよ」


「居ねえじゃねえかよ」


「あのバカ殿下の考えなんて、伯爵にはお見通しなんだろ」


「バカだよな。伯爵が脅迫した殿下に忠誠誓うわけねえのに」


「王位継承さえすれば始末するつもりなんだろ。あのバカ殿下に出来るかはともかくな」


 密偵は二人だった。


 町の中にはまだ居る可能性があるが、少なくとも屋敷の周りには正面の門が見える少し離れた場所にある、民家の一部屋を借りてるらしい。


 二人はあまり緊張感もなく屋敷を見張っていろと命令されてるようだ。


 しかしまあこんな夜中に伯爵が帰ってくるはずがないと、気を抜いて酒を飲んで愚痴っている。


「口が軽い男は嫌われるんだけどね」


 何も知らぬならばともかく、多少なりとも情報を持っているならば見逃す必要もない。


 あまりに口の軽い男達の会話に、誰にも聞こえぬようにポツリと呟いたジュリアはこの二人を捕縛することにした。


 チャンスはすぐに訪れて一人がトイレに立った隙に、開けっぱなしの窓から侵入して部屋に居る一人を気絶させると、トイレから戻っていたもう一人も部屋のドアを開けた瞬間に気絶させた。


 あとは情報を吐かせるだけだった。


 とりあえず町の密偵は今夜中には片付けねばならない。


 もし第二王子の不正の証でも知ってれば万々歳だが、ダメでも誘拐など企んでいた連中を放置する訳にはいかない。


 大人しく情報を話して改心するなら解き放つこともあり得るが、そうでないなら再び眠らせて伯爵に引き渡して後始末は任せるつもりである。


 結局この日町に居た質の悪い密偵五人が捕まり、彼らは伯爵が始末してしまうことになる。




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