第70話・露天風呂

「ここは……」


 夢を見ていた。


 両親と最後に行った家族旅行の夢を。


 ごく普通の特徴もない温泉旅館だったけど、畳の匂いと温泉の匂いを今も鮮明に覚えてる。


 微かに部屋にも香る温泉と木の匂いで夢を見たんだろう。


 時間はまだ夜明け前なので部屋の中は静かで、ロボとブランカも二匹で身を寄せ合いスヤスヤと眠ってる。


「司令。おはようございます」


「まだ寝てていいよ。ちょっと朝風呂行ってくるから」


 懐かしさはあったけど、不思議と悲しさはない。


 久々に会った両親は相変わらず若くてリアルだと三十路のオレも何故か子供に戻っていたのが懐かしかった。


 今日は一日この町で休息日とする予定なので早起きする必要はないし、オレが起きたのですぐに目を覚ましたエルに寝てるように言うとまだ夜が明ける前の温泉でも堪能することにしよう。


 誰も居ない温泉も広々としていいね。


 時間的に明かりもないから脱衣所は真っ暗だけど温泉は外からの月明かりで意外に明るいことが驚きだ。


 止まることなく流れ続ける温泉の音を聞きながら身体の芯まで温まるような温泉に浸かってると、何も考えなくても飽きることなく時が過ぎていく。




「露天風呂に行くよ!」


 朝食後に伯爵様とクリスティーナ様はここの領主に挨拶に行くと出掛けていてオレ達は町を散策しようかと話していたけど、そこで唐突にジュリアがイキイキとした表情で露天風呂に行くと言い出す。


「ゴブリン温泉にか?」


「もちろんさ! 大自然の温泉なんて入ってみたいじゃない!」


「うーん。まあジュリア達なら大丈夫か。オレはロボ達と近くを散歩してるから行ってきていいぞ」


「何言ってんさ。司令も行くんだよ」


「いや、オレは……」


「いいじゃないか。子供じゃあるまいし。一緒に混浴くらい」


 まあ露天風呂には興味あるけど混浴はね?


 オレはヘタレというか人との距離の取り方苦手なんだってば。


 それなのにジュリアのやつはビキニアーマーしか着ていない身体をくっつけて来て誘ってくる。


「エル。なんとか言ってやってよ」


「私は……せっかくなのでご一緒に……」


「ロボとブランカも行こう」


 困った時のエル頼みということで助けを求めたけど、まさかのエルまでが賛成派に回ってるしケティはすでにロボとブランカを連れていく気で二匹の入った籠を持ってる。


 もしかしてすでに三人で決めてた?





「本当に何にもないね」


 結局オレは流されるままに温泉宿を出て山側の方の門から町を出ると露天風呂があるという森を歩いていた。


 街が近い為か魔物も近くには居ないようで散歩するなら悪くない程度の、人がよく入る里山のような森に近い。


 ロボとブランカは目が開いてきたためか、それとも生まれ育った森を思い出すのか、クンクンと匂いを嗅ぎながらもキョロキョロと見ている。


 肝心の露天風呂は森の中にぽっかりと穴が空いてるように木々がない場所に、人工的に石を組み合わせて造った露天風呂だった。


 周りには脱衣所も何もないがやはり誰か人が来るのだろう。


 人の足跡や焚き火の跡まである。


 ここで脱ぐの?


 いや過去には彼女居たし別に女性と一緒に温泉入るの初めてじゃないけどさ。


 こんな何もない場所で、しかも長年ゲームとはいえ一緒だったエル達と?




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