15「ビッグネームが来たんじゃね?」①






「ちょ、ちょちょ、待つっす! 夏樹くんは中学生っす! 結婚にはまだ早いっす!」


 丁寧に頭を下げたルシフェルに、待ったをかけたのは銀子だった。

 ルシフェルは銀子の様子に、何かを察したようで、にこやかに訂正をする。


「失礼。誤解をさせてしまいましたね。そうではなく、今後小梅ちゃんと結婚するために、小梅ちゃんを倒そうとする有象無象がくると思いますが、夏樹くんがいれば万が一もないでしょう」

「ちょっと待てクソ兄貴! なんでじゃ! 今まで、なーんもなかったのに!」


 兄の言葉に小梅が不愉快な顔をするが、ルシフェルは残念そうに告げた。


「お兄ちゃんはこんなこと言いたくないのですが……小梅ちゃんが夏樹くんとの楽しそうな写真をSNSにアップするからですよ!」

「――誰にでも間違いはあるんじゃ!」


 しれっと、自分は悪くないという態度を取る小梅に、


「小梅さん! 自業自得じゃないっすか!」


 すかさず銀子が突っ込んだ。

 てへへ、と舌を出す小梅が可愛かったので、夏樹も銀子ももうなにも言うまいと思う。


「ところで、ルシフェルさん」

「なんでしょうか?」

「小梅ちゃんと結婚するのに、なぜ倒す必要があるんですか?」


 夏樹は、少し気になったことを我慢できずに尋ねた。

 魔族や神族独自の風習があるかもしれないので、野暮なことは言いたくないが、結婚する相手を倒すなんて野蛮である。

 もしも小梅よりも強い相手がいた場合、たとえ小梅が嫌でも敗北したら結婚しなければならないのなら、夏樹としても不満だ。

 結婚とは、ちゃんと好きな人同士が愛を育みするものだと思っているからだ。


「君はまっすぐな子のようですね。……小梅ちゃんの結婚に関してですが、兄としてこういうことは言いたくありませんが、紀元前から結婚どころか彼氏の影もありません。まあ、いたら殺しますが。それはさておき、そろそろ結婚したほうがいいのではないか、とサタン様とゴッドの意見が珍しく一致しましてね。しかし、小梅ちゃんは嫌だという。妥協案で、小梅ちゃんを倒せたら婚約者に、となりました」

「俺様を倒せる奴がおるもんか!」

「と、このような感じで快諾してしまいました」


 無理やりなら抗議しようかと思っていたが、小梅も同意しているのなら余計なことは言わない。というか、小梅の少し傲慢なところを利用された感もあろうが、本人が気にしていないならとやかく言うつもりはない。


「兄が言うことではありませんが、小梅ちゃんはモテます。かつてはおとなしい令嬢として人気でしたが、現在の小梅ちゃんもこれはこれでイイという男は多いのです。そんな可愛い妹がSNSに君との写真をアップしたので、今まで小梅ちゃんに勝てもしなかった奴が嫉妬剥き出しです」

「はぁ」

「嫌ですねぇ。弱い癖に、嫉妬だけは一人前。私が全員殺してもいいのですが、立場的にやってしまうと魔界が割れる可能性がありますので我慢しているところです」


 結局、小梅に惚れている魔族が、小梅には勝てないが人間の子供になら勝てるだろうと襲ってくる可能性があるようだ。


「こちらとしては、申し訳ございません、と謝罪するしかありません。ですが、魔族はこういう種族です。夏樹くんが戦い、殺すぶんならば問題ありませんので遠慮なくやっちゃってください」

「了解しました! 小梅ちゃんは大切な家族だから、俺が守るよ。そもそも、戦って勝ったら嫁とか意味わかんないから、とりあえずみんなぶっ殺すね!」

「――とぅくん。え? これが、恋? 身体が小刻みに震えるんじゃが」


 輝くような笑顔で小梅を守る宣言する夏樹に、小梅が頬を染めた。

 しかし、身体がブルブルと小刻みに震え、少し変な汗もかいている。


「小梅さん……心のときめきを、わざわざ口にする必要はねーっすからね。あと、心はときめいていても身体は先日の戦いの恐怖を覚えているみたいっすね」

「て、照れ隠しとビビり隠しじゃ! 察しろ!」

「――とぅくん。あれ、小梅さんかーわーいーいー!」

「おのれ銀子、貴様ぁ!」


 女性たちのやりとりを微笑ましく見る夏樹だが、ふと口から言葉が溢れてしまった。


「だけどさ、サタンもゴッドも小梅ちゃんの気持ちを考えているんだかいないんだか。無理やり誰かをあてがうようなやり方するとか、もっと他になにかないのかなぁ」

「耳が痛いな。ま、小梅の結婚相手をちゃんと見つけなかった俺が悪いんだが。そこは許してくれ」

「え? 誰!?」


 不意に聞こえた声に、夏樹が驚く。

 ルシフェルに害がないとわかっていたが、魔族がいる以上、他に近くに誰かいないかどうか網を張っていたのだ。

 しかし、声の主は夏樹の感知をすり抜けていた。


「に、庭っす」


 銀子が震える指を窓の外に指す。

 茶の間の窓から見える庭には、ひとりの男性が立っていた。

 中年だが、渋いハリウッドスターのような風貌で、白いスーツを身につけている。

 少しだけ、雰囲気が小梅とルシフェルに似ていた。


「ピンポン押そうかと思ったんだが、面白そうな話をしているからつい盗み聞きをしちまった。勝手に庭に入るなんて不作法をしてすまねえな」

「あ、あんたは?」

「おう。俺は、サタン。魔王にして、七つの大罪の憤怒を司る木っ端魔族だ。とりあえず、お邪魔していいか?」


 にこやかに手を上げる、サタンを名乗るちょい悪風の中年に、夏樹は大きく息を吸ってから叫んだ。




「ビッグネームすぎるだろ! もっと格下から順番に来いよ!」








 〜〜あとがき〜〜

 サタンさん登場。

 そろそろすき焼きかな?




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