13「自称婚約者とか痛くね?」
神界のとある一画。
神界の幹部である大天使ミカエルの息子アルフォンス・ミカエルが、仕事を終わりのビールを美味そうに飲んでいる父に、苛ついた様子で声をかけていた。
「父上……いい加減、小梅のやつを連れ戻してくれよ」
「……アルフォンス。父はゴッドがほっぽり出した仕事を頑張って片付ける日々です。その一日がようやく終わったのでキンキンに冷えたビールを飲んでいるのですが?」
「説明しなくても見ればわかる!」
アルフォンスと違い、ミカエルを名として名乗ることができるのは大天使ミカエル本人のみ。
神界において、特に天使の中では最上位の力を持つ天使である。
その強さは、かつて神界で最強と謳われた大天使ルシファーを魔界へ叩き落としたほどだ。
そんなミカエルは、リビングのソファーにあぐらをかき、灰色のスウェット姿だった。
――威厳もクソもない。
光り輝くブロンドの髪を伸ばした美しい二十代半ばほどの青年に見えるミカエルだが、スウェットを着こなしていた。
某量販店で買った一九八〇円のスウェットのはずが、彼が身につけると高級ブランドのスポーツウェアに見えるような気がしないでもない。
息子のアルフォンスは、二十歳ほどの長身の青年だ。鍛えられた肉体は戦士のものだ。父ほどではないが、天使の中ではなかなかの力を持っている。
父から受け継いだブロンドの髪を肩まで伸ばし、スリムなジーンズに皮靴、胸元を開いたシャツという格好をしている。
「小梅のやつが人間界で馬鹿をやり出して何年経つと思ってんだ。ルシファーの長男は堕天するし、次男は人間狂い、長女は働きもしない婚活ババァだ。唯一まともだと思っていた小梅も、何百年か前に急に性格が変わっちまいやがって……近所のババァどもが嘆いていたぞ」
「ルシファーさん家のことはルシファーさんにお任せすればいいのです」
「あのな! 小梅は俺の婚約者だぞ!」
小梅の婚約者を名乗った息子に、ミカエルは冷たい目を向ける。
「アルフォンス。君は小梅の婚約者ではないよ。ルシファー、いいや、サタンは小梅と結婚する条件をつけている。小梅よりも強くなければいけない。君は、かつて手も足も出ずに敗北しているだろう?」
「あ、あれは数百年前の話だ! 今は俺の方が強い!」
「そうでしょうか?」
「俺は北欧の神にも勝ったんだぞ!」
自慢するアルフォンス。
小梅に負けてから、強くなることを求め武者修行をしていた彼は、北欧の神々の街に赴き名の売れた神と戦い、鍛えていたのだ。
「それはよかったですね。しかし、小梅の潜在能力を君は知らないでしょう」
「いくら小梅が強いからって」
「彼女は本気で戦いません。彼女が全力を出せば、周囲の被害が出てしまうからです。心優しい彼女はそれを望みません」
もっとも、全力を出さずとも強いのがルシファー・小梅という天使だ。
「ちょっかいをかけるなとは言いませんが、戦って従わせるようなことはしないように。小梅の力は堕天したルシフェルよりも上なのですから」
「ありえないだろ!」
「小梅のことはさておき、ゴッドとサタンからルシファーさん家の長女をお薦めされていますが、いかがですか?」
「あれは嫌だ! 婚活モンスターと誰が結婚したがるんだ! 変な意味で人間に影響されやがって! 俺たちに年収一千万を求めるな!」
「我々は人の影響を良くも悪くも受けるのですから、仕方がありません。さあ、あなたもたまには私の仕事をお手伝いしてください」
父の言葉を無視してアルフォンスは背を向けた。
「お待ちなさい。まさか人間界に行くわけではないでしょうね?」
ミカエルが口に泡の髭を作った状態で、息子を鋭く睨んだ。
アルフォンスは振り返ると、怒りで顔を真っ赤にしてスマホを父に見せる。
「これを見ろ! 小梅のやつ、人間の男子とほっぺたを合わせた写真をSNSにアップするとか、なんて破廉恥なんだ! 婚約者の俺が迎えに行き、正しく導かないといけないだろ!」
スマホの画面には、でっかい鯉を抱えて満面の笑みで自撮りをする小梅と、密着し過ぎて頬を赤くしながらも鯉を抱える夏樹の写真が写っていた。
ミカエルは、どこが破廉恥なのかわからず、じーっと眺める。もしかして自分にはわからない隠されたメッセージかなにかがあるのかと悩んだが、ただの初々しい写真だった。
「これのどこが破廉恥なのですか? あと、何度も言いますが、小梅は君の婚約者ではありませんよ」
「うるさい! 俺は、迎えに行くんだ!」
「こら、お待ちなさい」
ミカエルが止める間も無く、アルフォンスは足速にさっていった。
「はぁ。困ったものですね」
嘆息したミカエルは、次のビール缶を開けた。
「仕事時間を過ぎた私には、ビールを飲みながら動画を見るという使命があります。――小梅、降りかかる火の粉は自分で払ってください。では、かんぱーい!」
どうせアルフォンスでは小梅に勝てないとわかっているミカエルは、息子を放置してまったりした時間を過ごすのだった。
――しかし、さすがのミカエルも、アルフォンスが人間の少年と大激突するとは予想もできなかった。
〜〜あとがき〜〜
ミカエルさん:缶ビールをグラスにきちっと注ぐタイプ。失敗するとキレる。
サタンさん:缶ビールを直飲みして必ずくしゃっと潰すタイプ。ちゃんと自分でゴミを出す。
ゴッド:畳の上で丸テーブル置いて瓶ビールから一口グラスに注いでちびちびするタイプ。昭和。
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