66「神殺しじゃね?」②
土地神がいるのは、神域の中にある小さな部屋だった。
神域とは、神の領域である。
神が住まいにしている部屋は、特に神域として穢れが強い。
「おじゃましまーす」
ノックもなく、簡単な挨拶をして部屋の襖を開ける。
「ようこそ、由良夏樹殿」
部屋の中には、小さな火鉢が置かれた簡素な畳の部屋だった。
座布団の上には、二十歳ほどの青い髪を持ち、青い着物を身につけた土地神みずちがいた。
「はじめまして、みずちです。君のことは見ていました」
「それはどうも。由良夏樹です。殺しに来ました」
「……手間をかけるようで申し訳ありません。あなたならできるでしょう。協力してくださっている方々にもお礼を申し上げます」
その場に手をつき、頭を下げるみずちには間違いなく理性が残っていた。
同時に、夏樹は冷や汗を流す。
(やべ、この人、いやこの神……想像以上に強い)
土地神の力は信仰や時間に依存する。
土地神として古くから向島市を守っているので、相当長い時間を生きている神だと分かっていたが、信仰は薄れているため弱体化していると考えていた。実際、水無月家以外でみずちを崇める者は少ない。
向島市のお祭りでは、水神様に奉納するという側面があるが、みずちを直接信仰している一般人はいないだろう。
(これが、愛の力か)
信仰以上に、愛の力が彼に力を与えていた。
考えるまでもない。
水無月茅の愛が、土地神みずちに力を与えていた。彼女の愛は、あまりにも大きかった。
(プラン変更。やっぱり聖剣を使おう)
周囲に与える被害を考えていたが、殺す事を最優先に切り替える。
全盛期の肉体ならまだしも、中学三年生の肉体となり、力を使いこなせていない状況下で周囲を気にして勝てる相手ではなかった。
単純な力なら、小梅のほうが強い。
だが、みずちを相手にするならば、絶対的な力で押し潰す以外の最善策が見つからなかった。本能で、全力を出すべきだとわかったのだ。
「すでに君は事情を知っているだろうから、余計なことは言いません。ただ、遺言をお願いします」
「はい」
「水無月家の面々には感謝の言葉を。そして、茅と澪に、心から愛している、と」
「承りました」
(や、やりづれぇええええええええええええええ! この空気、やりづらい! 銀子さんが急に現れて愉快な空気にしてくれないかな!)
「ありがとうございます。しかし、私もただではやられません」
「でしょうね」
「私はいいのです。しかし、確実に、もうひとりの私が争うでしょう。もうすでに出てきそうです」
みずちの言葉通り、彼から溢れ出る神力が禍々しく、黒くなっていくのがわかった。
土地神としては死を受け入れているが、穢れの側面が抵抗すつもりなのだろう。
「正気である今の私は人々の幸せを願っています。しかし、正気を失った私は、なぜ自分だけがこんな目に遭うのだ、なぜ人間のために穢れなければならないのだ、と怒っているのです」
「正当な怒りだと思いますよ。俺でも同じように怒るんじゃないかな」
「……君は不思議な子ですね。できることなら、もっとゆっくり話をしたかった」
「俺もです」
「今、殺せたはずなのに私と最後の会話をしてくれてありがとうございました」
穏やかな笑みを浮かべたみずちが、最後に深々と頭を下げる。
そして、顔を上げた時、同一人物とは思えない憤怒の形相で夏樹を睨んでいた。
「神を殺すだと!? やれるものならやってみよ! 不遜な人間よ、我の怒りを受けるといい! 貴様を殺し、喰らい、水無月家の面々もすべて喰い殺してくれるわ!」
「うわぉ、豹変!」
「死ね、人間!」
夏樹をみずちから放たれた濁流が襲う。
さすが土地神だ。
低級の淫魔や、人間の霊能力者程度では格が違う。
「残念でした! 俺は、海の勇者だ。つまり――水を操るのを得意とするのはあんただけじゃないんだよ!」
濁流が夏樹に触れた瞬間、一瞬で凍りついた。
現時点で、力は夏樹の勝ちだろう。
「おのれ!」
みずちは大技が通用しないとわかると、水を刀に変えた。
正気を失っていながらも、戦いに関しての冷静さはあるらしい。
「できるなら全盛期のみずちと戦ってみたかったな」
みずちが刀を構え、一瞬で間合いに詰め振りかぶる。
夏樹も同じく虚空から一本の剣を取り出していた。
みずちよりも夏樹の動きは速かった。
肉体が幼くなろうと、何百、何千、いや何万と振るってきた力は手足の延長線上に動いた。
白い雷が爆ぜる長剣を、明確な殺意のみで掲げ、振り下ろした。
「――いかずちのつるぎ」
雷鳴が神域をつんざき、堅牢なはずの二重結界まで破壊しながら、土地神みずちを左肩から袈裟斬りにした。
〜〜あとがき〜〜
小梅「ぎゃぁああああああああああああああああああ!?」
Jack「船が……」
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