57「襲撃とかひどくね?」
「気配でバレバレだけど、せめて無言で攻撃してくるとかしようよ。主張が激しいんだよ。襲撃者って自覚を持って?」
爪を刃物のように伸ばして、頭上から襲いかかってきたのは夏樹と同じ中学の制服を着た少女だった。
余裕を持って腕を掴んだ夏樹は、せっかくなので彼女の右腕を握力だけで握り潰し、続いて引きちぎった。
刹那、絶叫が響き渡る。
「あ、ごめんごめん。でも、人間じゃないし、殺意があったから殺してもいいかなって」
「……てめぇ」
涙を浮かべながら憎悪の籠った目を向けてきたので、なぜこんなにも恨まれているのだろうか、と疑問符を浮かべながら手にしていたちぎった腕を投げ捨てると、拳を振り上げて少女の顔面を殴打した。
鈍い音が響き、鮮血が舞う。
少女を痛めつける趣味はなく、実力差があると理解してもらったと思うので、彼女の首を掴んで宙吊りにずる。
「――君は誰かなー?」
「……ふざけんな、クソ男っ」
少女の唾が夏樹の頬に吐かれた。
左腕の袖で拭う。
「ご挨拶だな。襲ってきたのもそっち、殺意を向けたのもそっち、弱いのもそっち。唾まで吐いて、俺が何したって言うのよ?」
「――優斗くんになにを言いやがった!」
「また、そっち関係ですかぁ」
「てめぇが余計なことを言ったせいで振られたじゃねえか!」
「あ、そ」
「メッセージひとつで振られるとか、てめえのせいだぞ!」
「なんなの、あいつ、人外さんにも手を出していたの。感じからして、君はサキュバスかなんか? いや、もっと種族としては下か」
一見すると女子中学生だが、淫魔の類だとすぐにわかった。
異世界で戦ったサキュバスを思い浮かべるも、触れていてもなにも起きないし、強い力を感じない。
「サキュバスなんて地上にいるわけねえだろ! つーか、てめぇみたいなガキがサキュバスと会えるはずがねえだろ!」
「いやさぁ、異世界で戦った四天王のひとりがサキュバスでね。めちゃくちゃ強い魅了をかけられそうになったんだよ。あと、男漁りが大好きなお姫様がこっそり魅了の魔法を使ってくるから、結構敏感になっていてね。自称幼馴染みも無意識の魅了持ちみたいだし、はぁ、魅了に縁がある人生って嫌だよね」
「妄想垂れ流してんじゃねえよ!」
再び唾を吐かれたが、今度は避けることができた。
少女に唾を吐かれて喜ぶような趣味はない。
仮にも魔族が、たったひとりの子供になにもできず唾を吐くだけしかできない光景に失笑さえ覚える。
夏樹の中で地球の魔族の印象が悪くなった。
「とりあえず、ごめんなさいって言ってみようか?」
「ふざけんな! こっちは、一昨日からついてねーってのに!」
「一昨日?」
「そうだよ! てめえと会っただろう!」
「……」
「てめぇ……マジかよ。優斗くんの彼女だよ!」
「あー、なんだっけ、乃亜ちゃんだっけ。あー、覚えている覚えている。懐かしいね、元気してた?」
「馬鹿にしやがって……くそっ、一昨日、いきなり今まで魅了してきた男子が正気に戻っちまうし、それから魅了が使えなくなってるし、くそっ! 術式もなにもかも全部台無しになっちまった! せめて完全なる血統にかなり近い優斗くんの精気を奪えば、私も進化できたはずなのに!」
「なあに、それ?」
聞いたこともない単語『完全なる血統』に興味を覚えて、夏樹は乃亜の首を絞める力を緩めた。彼女は逃げられるチャンスと思ったのだろうが、話をしやすいように緩めただけで逃げられない程度の力は込めている。
優斗の元彼女である淫魔をこの場から逃すはずがない。
彼女の末路は既に決まっていた。
「くそっ、離せっ、離したら教えてやるっ!」
「じゃあいいよ。別に優斗への興味なんてすぐに消えるから」
「弟も同じだぞ!」
「……なるほど、そう来たか」
「この秘密を知っているのは私だけだ! 解放してくれるなら誰にも言わないし、学校からも消える。だから、いいだろう?」
「――ありがとう」
「え?」
夏樹は乃亜に心から感謝した。
完全なる血統がどのようなことかわからないが、三原兄弟がそうだと知るのは彼女だけなのだという。
ならば、どうせ吐くつもりがないのは分かっているので口封じをしてしまえばいい。この手のタイプは、「言わない」と言って「言う」タイプだとわかっていた。
そもそも優斗に振られた腹いせで殺意を向けて襲い掛かってきた淫魔の言葉を信じられるはずがなかった。
「この世界の魔族にも興味があったけど、もういいや。さよならー」
「ま、待て、おい、ふざけんな! 待て、なあ、淫魔の身体を味あわせてやる! 人間の女じゃ味わえない――」
「あ、そういうのいいんで。童貞に淫魔とか人間とか関係ないんで。はい、さよならー」
乃亜の首から、音を立てて凍っていく。
ゆっくりと時間をかけて、徐々に、徐々に。
まず、呼吸が止まり、涙を流しながら助けてくれと声を絞り出した。それでも夏樹は止めない。
首から下が凍っていき、抵抗して夏樹を殴る蹴るしていた腕が、足が凍りついた。
最後には、口が凍り、懇願する目で助けを求めてくるのがわかったが、満面の笑みを浮かべてあげた。
全身を凍らせた淫魔を粉砕する。
「はぁ、だる」
海の勇者としての力の一端を使ってみたが、やはり全盛期には程遠かった。
「この力がこの程度じゃ、聖剣の制御も怖いな。まあ、水無月家が山ごと更地になるくらいなら、些細な問題か」
ちょうどよく襲い掛かってきた淫魔で力を試してみて肩を落とした夏樹は、銀子、小梅、ジャックとナンシーにちょっと相談してみよう、と決めて帰路に就くのだった。
〜〜あとがき〜〜
優斗くんの彼女さん振られた腹いせに襲撃するも即退場です。
優斗くんと一登くんは「完全なる血統」に近い人間でした。
「完全なる血統」については、また後日にて。
フォロー、レビューいただけますと励みになります。
何卒よろしくお願い致します!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます