第114話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(7)

 タカトとビン子がのる荷馬車はヨークとともに来た道を帰りながら第六の門の宿舎へと向かっていた。

 だが、そんなタカトが先ほどから押し黙ったままなのだ。

 隣に座るビン子は、その横画を不安に思いながらそっと言葉をかけた。

「ねぇ……タカト……大丈夫?」

 もしかしたら、仮面ダレダーにケンカを吹っ掛けたことを今更ながら気にしているのだろうか?

 

 だが、思いつめたようなタカトはそんなビン子を無視するかのように、なぜか横を歩くヨークへと顔を向けた。

「なぁ……ヨークの兄ちゃん……強くなるにはどうすればいいのかな」


「どうした? もしかして、仮面ダレダーが怖いとかか?」

 馬に乗るヨークは先ほどの見ていた仮面ダレダーとタカトの様子を思い出していた。

 確かに、仮面ダレダーは強い。

 もしかしたら、魔装騎兵になった自分と同じぐらいに強いかもしれない。

 しかも、魔装装甲すら身にまとってないにも関わらずである。

 あのプロテクターの下にはどんな体が隠れているというのだ?

 笑う表情とは裏腹にヨークはなにかうすら寒いものを感じていた。

「まあ、大丈夫だ! 仮面ダレダーは正義の味方だもんね! ねぇビン子ちゃん!」

 ヨーク自身も自分を納得させるかのようにビン子へと声をかけるのだ。

「そうですよ! 仮面ダレダーは正義の味方なんですから♡」

 目をキラキラさせるビン子がすかさず答えた。


「そんなことじゃないんだ……俺は……俺には……どうしてもやらないといけないことがあるんだ……」

 そんなヨークとビン子の掛け合いを無視するかのようにタカトは強く手綱を握りしめていた。

 心の傷……

 ――ダレダーが言うから……また、思い出してしまったじゃないか……

 タカトの心の底に眠るいやな記憶……

 ――あいつだけは許さない……必ず……必ず見つけ出す!


「なんだ違うのか? ならもしかして、女にもてたいとかか?」

 ヨークは相変わらずケラケラと笑いながら冗談ぽく答えた。

「だいたい、強くなっても全くモテんぞ! 俺が証拠だ!」

 って、ヨークさん……あなたの場合、モテないのとは少し違うようなwww

 あれだけ、人目をはばからずにメルアに対するのろけをさんざん語っていれば、他人の物を欲しがる性悪女以外は近寄ってきませんぜ……普通。


「左腕がなくて獅子の顔をした魔人を知らないかな?」

 だが、怖い顔でうつむくタカトは絞り出すように小さな声を出した。


 そのタカトの反応にヨークの顔から笑みがスッと消えた。

 ――オイオイ、ここでお前の性格なら巨乳の姉ちゃんたちに囲まれてパフパフした~い♡って、目をキラキラさせながら答えるのがセオリーだろうが!

 どうやらボケに対する返しがヨークの期待外れだったようなのだ。

 ちらりと伺ったタカトの目に強い意思を感じたヨークもまた、声のトーンを落とし真面目に答えだした。

「ぶっ倒した魔人のことなんていちいち覚えてないな」


「……」

 タカトの右手は何かを思い出すかのように、グッと強く握りしめられていた。

 ――あの獅子顔の魔人野郎!

 思い出されるのは、左腕がない獅子の魔人。

 そう、タカトの父の頭をかみ砕いた、あの魔人のことである。


 そんなタカトの些細な変化にビン子の体がビクッと小さく震えた。

 ――怖い……

 ビン子は、隣に座るタカトの様子を恐る恐る伺った。

 そこにいるのはいつものタカトではない。

 目に映る光は憎しみの炎で歪んでいた。


 今までもそうだ……

 何か一人でふさぎ込んでいると思えば、タカトはつらそうな表情を浮かべているのだ。

 そんなタカトの厳しい表情にビン子はうすうす気づいていた。

 おそらくそのタカトの顔の下には、深い深い闇が広がっているに違いないのだ。

 それはビン子すら立ち入ることができない深い闇。

 その闇の中心には、獅子の顔をもつ片腕の魔人がいるのだろう。

 日ごろアホのようにふるまっているタカトであるが、おそらく、いつの日にか家族の仇をと誓っているのかもしれない。

 そんなビン子の目はタカトを見続けることに不安を感じたのか、行き場所を失い最後には膝の上で手遊びをする自らの指へと落ちていった。


 ヨークはヨークなりにタカトの気持ちを汲んだようで、それなりに強くなるための方法を考えていた。

「まぁ、神民学校に入って魔装騎兵になるのが一番だろうな」

 そんなヨークの提案に、タカトは何も言わない。


「俺は神民だったから神民学校に入れたけれど、一般国民であるお前はかなりのお金が必要だろうな」

「……ヨークの兄ちゃん……それって、どれぐらいいるのかな……」

 うつむくタカトはぼんやりと尋ねた。


「ざっと大金貨100枚(1億円)ぐらいってとこか」

 ヨークの言葉の抑揚から、それが決して大げさな数字ではないことが分かった。

 そんなことタカト自身も十分理解していた。

 一般国民である自分が神民学校に入ることがいかに無謀な夢であるかと言うことを。

 しかし、今の自分の力では、到底魔人にはかなわない。

 パワーもなければ技もない。

 このままでは魔人と戦うどころか普通の下位の魔物とでも、おそらく相手にならないだろう。

 きっと出会った瞬間に瞬殺ものである。


 しかし、復讐をしたくとも今はその相手である獅子の魔人の所在すら分からなかった。

 まぁ、その居場所が分かったところで、今のタカトではどうしようもない。

 魔装騎兵にでもならない限りあの魔人とは遣り合うことは不可能なのだ。

 ならば、どうする……金をためるか……

 日々の生活すらままならぬというのにか……

 自分の復讐のために、じいちゃんやビン子を巻き込むのか……

 じいちゃんやビン子は関係ないだろ……

 所詮、俺の復讐の思いはその程度のものだったのか……

 いや!違う!

 だけど……どうすれば……

 獅子の顔の魔人のことを考えるとタカトの心は、いつも激しく揺れ動く。

 だが、どうすればいいのか分からずに同じところをぐるぐると回り続けているのだった。


「大金貨100枚(1億円)か……それは無理かな……」

 半ばあきらめた様子のタカトは、から笑いをすることしかできなかった。

 しかし、それは逆に、自分には復讐することがどうやっても無理なんだという、お墨付きのような安心感をもたらしてくれたのも事実だった。

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