第113話 金貨をどう使うかは俺の自由だ!(6)

「悪の怪人タカト! 今日の所は引き分けにしておいてやる!」

 仮面に手を当てながら立ち上がるダレダ―は泣くような声で叫んだ。

 ――引き分けって……その泣き声、どう聞いても、お前、泣いとるやろ!

 アイツは弱い!

 俺よりも弱い!

 もしかして、世界一弱いのでは?

 男の弱者ならば、さらに鞭打つのがタカト君!

 御者台の上に立ち上がると見下しながら笑うのだ。

「このへなちょこ最弱野郎! 俺に勝つには10年早いわ! ベロベロベェェェェwwww」


 ダレダーはふらつきながらきびすを返した。

 ――10年か……

 そして、タカトたちから離れ、元いた宿舎の方向へと去っていく。

 ――もうそんなに経っていたんだな……

 だが、ちょうどそこではモンガの奴隷兵たちの人魔チェックが行われていたのであった。

 そんな中の一人の奴隷兵が突然奇声を上げたのだ。

「ぎょぇぇぇぇぇぇえ!」

 その突然の変化に慌てる守備兵たち。

「コイツ! 人魔化したぞ!」

 人魔となった奴隷は見境なく人を襲いだしていた。

 だが、守備兵たちも突然の事に全く対応ができなかったのである。

 おそらく、この奴隷兵、タカトの解体したカマキガルのむくろを荷馬車に運ぶ際に、その体についた傷から魔の生気をとり込んでしまったのだろう。


 そんな人魔が、ふらつきながら歩くダレダ―に目を付けたのだ。

「ぎょぇぇぇぇぇぇえ!」

 勢いよくダレダ―に飛びかかる人魔。

 だが、その瞬間、人魔の頭が水風船のようにパンと弾けたのである。


「……うるさい……」

 そう、その頭にダレダ―の裏拳が入っていたのだった。

 しかも、一撃……

 予備動作無しに放たれた裏拳の一撃である。

 まるで、ハエでも払うかのように軽く放たれたその裏拳で人魔の頭が簡単にはじけ飛んだのである。

 ちなみに、人魔一匹を退治するのも守備兵たちは数人がかりで行うほど大変な行為。

 もはやこんな芸当ができるのは身体強化された魔装騎兵ぐらいである。


 そのためか、これを見ていた守備兵たちは宿舎から遅れて駆けつけてきた魔装騎兵たちの攻撃だと勝手に思い込んでしまっていたのだ。

 だいたい、よく考えてみろ!

 さきほどまで平身低頭に平謝りをしていた奴だぞ。

 そんなに仮面ダレダーが強かったら、おとなしく牢屋につながれるわけがないだろうが。

 ならば、きっとこれは魔装騎兵が放った矢か石が飛んできて人魔の頭を吹き飛ばしたのに違いないのだ。

 そうだ! そうに決まっている!

 そもそも子供ショーに出てくる仮面ダレダーが、そんなに強いわけがあるはずないだろうが!

 もし、そんな化け物がいたら魔物同様に危険分子確定だ!


 一方、タカトは生きた心地がしなかった。

 先ほどまで荷馬車の上でこれみようがしにダレダーを見下しながら馬鹿にするような大笑いをしていたタカト君。

 ――は……ははは……

 もはや乾いた笑い声しか出なかった。

 といのも、目の前で人魔の頭が吹き飛んだ瞬間をはっきりと見ていた、いや、見てしまったのである。

 あれは遅れて駆けつけてきた魔装騎兵の攻撃などでは絶対にありえない!

 あきらかに仮面ダレダーの一撃。

 その裏拳が人魔の頭を砕いたのである。

 一応、言っておくが、人魔となってもその頭蓋は人骨の硬さを持っている。

 もし、そんな頭蓋骨を簡単に砕く一撃が自分に向けられていたとしたら……確実に死んでいる。

 いくらタカトがバカでも、それぐらいは簡単に理解できた。

 ――俺って……めっちゃやばい奴にケンカ売ったとか?

 先ほどまで浸っていた初勝利の余韻が瞬時に波の引くように消えていく。

 ――もしかして、俺……死んだ?

 チーン!

 その横で目を閉じたビン子がタカトに向かって合掌していた。

 どうやらビン子は、いまだに人魔粉砕も含めて仮面ダレダーショーの出来事だと思い込んでいるらしい。


 力なくふらつきながら去り行くダレダ―は仮面の中でブツブツとつぶやく。

 ――こめかみギューか……やっぱり……タカト兄ちゃんとビン子姉ちゃんだ……生きてたんだ……生きてたんだ……よかった……よかった……

 そんな仮面の隙間からぼろぼろと涙がこぼれ落ちていた。


 その一連の様子を城壁の前の木陰で隠れるように見る影が二つあった。

 怪盗マネーこと真音子と紙袋に鉄仮面と書かれたイサクである。

 その周りを行き交う人々はまるで不審者を見るかのように大きくその二人を避けていく。

 そんな中、マネーが口に咥えたハンカチを悔しそうに引っ張っていたのだ。

「なんですか! あの仮面ダレダ―の体たらくは! 見込み違いですわ!」

 すかさず、イサクがフォローした。

「いやぁ、お嬢、もしかしたらあの兄ちゃん、俺たちが思っている以上に強いのかもしれませんよ」

「そんなわけありません! 私が見てきたタカト様は最弱のはずです!」

「でも、あれだけの闘気をもつ仮面の男を止めましたよ……」

「何か理由があるんですわ! こうなったら、私の手で……何とか……」

「何とかって、どうするんです? お嬢?」

「簡単な事……タカト様を借金まみれにして、身も心も私のもにしてしまえばいいのです……」

 そう言う真音子の目は冷たくいやらしく笑っていた。

「でも、あの兄ちゃんの家、超貧乏ですけど、爺さんの借金しかありませんぜ」

「大丈夫です……きっと、チャンスが来るはずです……その時こそ……タカト様を風呂に沈めてやりますわ!」

「こわっ!」

 って、タカトをアイドルにするんじゃなかったのかよwww

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