第99話 第一駐屯地(14)
半魔女の前でヨークはさっとひざまづくと優しく語り掛けはじめるのだ。
「俺はヨーク。名前は?」
「アタイは……メルア……」
「メルア、いい名前だ」
にこりとほほえむヨークに、なぜかメルアの震えは自然と収まっていた。
――半魔女だけど……最高じゃぁぁぁぁぁぁん!
ということで、ヨークは軽く咳払い。
「メルア、念のためだから、人魔検査でチェックをさせてもらえないかな」
小さくうなずくメルアの手を恐る恐る取ったヨークは、多少緊張しながら検査を始めた。
「よかった……」
陰性の結果を見ながら安どの表情を浮かべるヨーク。
メルアはそんなヨークの表情を呆然と見上げていた。
――初めてかもしれない……
半魔である自分の身を心配してくれた人は……
いままでの人生において、人間の奴隷女よりもひどい扱いをさんざん受けてきたのだ。いやそれが、当然だとさえ思っていた。
だが、いま自分に向けられるこの人の微笑みには優しさに満ち溢れていた……
――温かい……
もしかして……アタイを人として見てくれてるのかい……
ヨークはメルアにやさしく尋ねた。
「メルア、ここで何を見たんだ?」
だが、何かを思い出したかのようなメルアは再びひどくおびえ始めたのだ。
そして、か細い声でつぶやく。
「女……女のような生き物が……人魔を襲って食べていたの……でも、あれは人じゃない……絶対に人じゃない……」
その言葉に驚くヨーク。
「人じゃないって……どういうことだ?」
――人型ということは魔人か?
だが、おびえるメルアは頭を抱えて叫ぶばかり。
「その女のような生き物が! 今度はアタイを見たの!」
「じゃぁ、その魔人の顔を見たんだよな!」
――チッ魔人だと厄介だな……
「アタイを食べようとしたの……アタイを……」
「その女のような生き物の目は何色だったんだ? 緑だったのか?」
ヨークは、畳み掛けるように質問を重ねた。
そう、魔物、魔人の類なら目の色は緑。
獣や人間の類なら目の色は黒と決まっていた。
だからこそ、その存在を確実に確認しないといけないのだ。
そう魔人は、魔物よりも知能がある分、討伐するには厄介な相手なのである。
――オイオイ……初っ端から魔人討伐かよ……俺一人で大丈夫かよ……。
だが、おびえるメルアは、もうまともに回答ができそうになかった。
「分からない、分からない」
泣き叫びながら首を振り続けるだけ。
ヨークはそんなメルアの肩をギュッと強く抱きしめる。
「大丈夫だ! 何があっても俺が守ってやる! だから、安心しろ!」
そんなヨークの背に手を回し、メルアはつよく頭を押し付ける。
先ほどまでけたたましく泣いていたメルアの鳴き声は、いまやヒックヒックと小さく変わっていた。
そんなヨークの胸の中でつぶやくのだ。
「本当に全身、血で真っ赤だったから何もわからないの……」
「分かった……もういい……」
ヨークは再びメルアをギュッと抱きしめると、その頭を優しくなでていた。
「ヒック……ごめんなさい……本当に……真っ赤だったの……何もかもが真っ赤だったの……」
――これでは埒があかないな……
ついに質問をあきらめたヨークはそっとメルアを放すと立ち上がった。
そして、魔人の気配を探るかのように周囲をぐるりと見渡すのだ。
街からのびているデコボコ道の色は、ヨークたちの元で土の茶色から赤き色へと様相を変えていた。
しかも、その赤色は点々と走るかのように深い森の中へと続いていたのだ。
視界の先に広がる深い森。
いつしか、なにか今までに感じたことがないような強い嫌悪感がヨークを包んでいた。そう、まるでその暗い絶望の闇の中へヨークを怪しく手招きしているようにも思えた。
ヨークは森の中に魔人が逃げ込んだ可能性を考えると、守備兵たちに魔人捜索を命じたのだ。
何人かの守備兵たちは、半魔の軍用犬に人魔の血のあとを追わせた。
犬は勢いよく森の中へと駆け込むが、途中、川を挟んで臭いを見失ったようである。
あきらめて現場に戻ってきた軍用犬たちだったが、今度はいきなり豚舎の脇に座るメルアに向かって吠え始めたのだ。
ワン! ワン!
ハンドラーの守備兵たちが慌てて犬のリードを引き豚舎から遠ざける。
「あれは半魔女だ! 落ち着け!」
「どうした?」
その様子を見たヨークはハンドラーの守備兵に尋ねた。
「今日は犬たちの体調が悪いのかもしれません。そのため、あの半魔女にかかった人魔の血に反応しているのかも……」
どうやら守備兵たちは魔人どころか魔物の存在の確証すらも見つけることが出来なかった。
「すでに国内に逃げたか……」
森の奥を見つめながらヨークが腰に手を当て頭をかいた。
これでは「ヨーク隊長さま!」の話どころではない。
それどころか、魔人が国内に逃げた責任を問われかねないのだ。
「はぁー、着任早々、始末書か? まじで気が重い……」
ヨークは大きくため息をついた。
「撤収……」
守備兵たちは森の中に逃げた魔物か魔人を生け捕るための罠を数か所仕掛け終わると、路上の人魔の死体を袋に回収し、すごすごと撤収し始めた。
その様子を豚舎の中でブウブウと鳴いている豚たちの足元から、赤い目がじーっと息を潜めて伺っていたのである。
それは左目のしたに妖艶な泣きぼくろを持つ赤き目の女。
そんな女の口元からは人魔の内臓があふれ落ちて、まるでスルメのようにモグモグと揺れ動いていた。
だが、豚たちの糞尿を体中に塗りまくったその女の存在には、半魔の軍用犬たちの鼻は気づけなかった。
いや違う、犬たちは確かに気づいていた。
気づいていたのだが、ヨークたちが確認を怠ってしまったのだ。
やっぱり、大事な物を見落としたヨークは始末書ものである。
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