第73話 鑑定の神はおばあちゃん?(8)

 そう、驚くべきはその重量!

 ほろ苦い食材がこれでもかとしっかりと味付けされて包み込まれたそのパイ、なんと一個あたりの重さは約500グラム。

 18cm型のミートパイが約800グラムなので、その半分以上の重さを有しているのだ。

 しかも、それがパイパイと言うだけあってタカトの弁当箱には二個も入っていた!

 併せて1Kg! 重いでぇ! めっちゃ重いでぇ!

 重すぎて涙がぽろぽろ出てしまうわ!

 そんな二つのパイが顔を出す弁当箱は、まるでEサイズのオッパイがそこから生えているかのようでもあった。

 というか、Eサイズのオッパイを持っている女性って常に1Kgの『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』を胸にぶら下げているということなのか。

 いやぁ~確かに重いわ……これ……

 って、先ほどからビン子さんが、なぜか首の付け根を押さえて肩をグリグリと回している。

 そう言われれば、なんだか今日のビン子の胸には、膨らみがあるような気がする。

 うーん、おそらくあれはBサイズ!

 うん? Bサイズ?

 無乳のビン子がBサイズだと⁉

 もしかして……ビン子さん……その胸に入っているのは……ニセ乳ですか?


 タカトは、弁当箱からそのパイの包焼『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』を一個つかむと、母犬の鼻先においた。

 だが母犬は、その『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』を咥えると、今度は、その子犬の前に置き直したではないか。

 あきれるタカト。

 仕方ない……自分の弁当箱の中に残っていた最後の『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』も母犬の前に置いてしまったのである。

「お前もちゃんと食べろよ……」

 って、お前……もしかして、ただたんに悪魔のデバフがついたこの食べ物を食いたくなかっただけではないのか?

 アホか! ウ○コが大きくなるだけで食べられんことはないんだぞ! これ!


 ヨークは足元の子犬を見つめた。

 それは両の手のひらに収まるぐらい小さな体。

 だがその額にはほんのわずかだが角が生えていたのだ。


 ――この子犬……もしかして……半魔か……

 半魔とは動物と魔物が混血した生き物である。

 その混血のおかげで人魔症にかかることもないため重宝されていた。

 しかも、体に残る魔物の特性から、通常の生き物より特異な性質を有する場合が多いのだ。

 実際に今、ヨークが乗っている軍馬も半魔なのである。

 だが、その見た目があまりにも魔物よりなのだ……

 耳がとんがっていたり、足が六本あったりと、どうしても半魔の姿は魔物を想起させてしまうため、とても忌み嫌われるのだ。


 子犬に餌をやるタカトの様子を見ながらヨークは尋ねた。

「お前、変わってるなあ……半魔にエサなんかやって何かいいことでもあるのかよ」

「特にないよ。でも、母犬が死んだらこの子犬も死んじゃうかもしれないからな……」


 ヨークはあきれて声をかける。

「今だけ、エサをやったところでなにも解決しないだろう。そういうのを自己満足っていうんだよ」

「そうだよな……」

 タカトは、『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』をおいしそうにほお張る母犬と子犬を嬉しそうに眺めていた。


「そうだよ……ただの自己満足だ……」

 遠くのだれかに思いはせるヨーク。それはまるで発した言葉をそのまま自分に言い聞かせるかのようでもあった。


 タカトは、『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』にむしゃぶりつく子犬の頭を撫でようとした。

 すると、子犬はパイを取られるとでも思ったのか、軽く唸り声を上げ威嚇しはじめた。

「取らないよ……しかし、お前、ちっちゃいのに凄いな。母さんを守ろうとするなんて……俺には……」


 タカトは、母を思い必死で戦おうとする子犬の姿を見た。

 その牙も、まだ小さいというのに。

 それに対して自分はどうなんだろう。

 母の仇である獅子の顔を持つ魔人。その姿を思い出すだけでおびえている。

 「仇をうつぞ!」と頭の中で考えていても、心がひるむのだ。

 そして、何やかんやと言い訳をつけて逃げ回っているのが今の自分なのである。

 ――俺って……何やってるんだろ……


 ビン子は犬たちに優しく語りかけはじめた。

「ここだとこわい人たちにいじめられるから、あっちの森に行きなさい。森にはいっぱい食べ物があるからね」

 と、自分たちが生活していた森の方角を指さしたのだ。


 『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』を食べ終わった子犬は、口の周りにたくさんのパイのくずをつけながらビン子の顔をなめまくる。

「きゃあ、くすぐったいよ」

 そのしっぽは、ちぎれんばかりにぐるぐる回っていた。

 でも、子犬の体が、なんかさっきより大きくなったような気がするのは気のせいなのだろうか?


 うずくまって餌をやるタカトの背後に、そっと忍び寄る一つの人影があった。

 それはまるで闇から現れたかのように、まったく気配を感じさせない。

 そのため、ヨークをはじめとしてそこにいた誰しもが、その老婆の存在に気づかなかったのである。

 そんな老婆がタカトの肩越しに犬たちの様子を覗きこんだ。

「お主も、相当もの好きじゃの……」

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