第51話 緑髪の公女(11)
アルテラの身よりは父親であるアルダイン一人だけだった。
母親は、生まれてすぐ亡くなったと聞かされていた。
アルテラはそんな父にファザコンにも近い感情を抱いていた。
しかも、生まれてからずっと神民学校の寄宿舎で生活をしているため、父に会う機会もめったにないのだ。
そんなファザコンは、いまや、いびつな愛に近いような感情にまでこじれていた。
しかし、今、そんな父に、悪い虫がついているのだ。
いやその虫は、アルテラが物心つく前から常にアルダインの側にいた。
そういう意味で言えば、アルテラよりも先にアルダインの寵愛を受けているわけだ。
なんとも妬ましい……
その女の名前はネルと言い、アルダインの秘書である。
このネル、とてもアラサーとは思えぬ妖艶な女。
細い眼鏡に長いまつげと言ったちょっと鋭いお姉さま系の美女なのだ。
しかも、秘書とは名ばかり、アルダインの執務を片っ端から一人でこなす、めちゃめちゃ仕事ができる女でもあった。
そんな有能な美人秘書が、ことあるごとに父に付きまとい、その色香で惑わそうとしているのである。
お父様に近寄るな! この売女! お父様が穢れてしまう!
アルテラはそんなネルを見るたびに、さげすんだ目を向けて言葉を荒らげていたのだった。
大門の側には、この融合国の王宮が立っていた。
その白く大きな建物の中心には、この国の王が臣下と顔を合わせる謁見の間と言うものがあった。
そんな謁見の間へと続く大理石の白い廊下に、一つの冷たい靴音が静かに響いていた。
その靴音の甲高いところを見ると、女性のハイヒールのようである。
背筋が伸び、男たちが声をかけるのを躊躇してしまうほど凛々しい歩き姿の女性の名はネルといった。
清潔感のある黒いスーツは、ぴったりとネルの体を覆い、その美しいボディラインを映し出す。
男どもにわざと見せびらかすかのようにスリットの入ったスカートからは、妖艶な白い太ももが見え隠れしていた。
そんな廊下を、切れ長の悲しい目が力強く歩いていく。
ネルは人気のない謁見の間に入ると静かに進み、大きな椅子の前で膝まづいた。
大きな椅子には少々小太りの男が、ひじ掛けに肘をつき片方だけ残った鋭い目でネルをにらんでいる。
この椅子は王が座る椅子。
なら、この男が王なのだろうか?
いや違う。この男は、宰相であり第一の門の騎士、アルダインであった。
まるで自分がこの国の王であると言わんばかりのスキンヘッドには黒い眼帯が左目を隠していた。
醜い団子のような鼻の下にはメキシコ人のようなひげが蓄えられている。
各パーツだけをを見るとかなり不格好のように思えるのだが、なぜか全体としては引き締まって見える。
それはきっと先ほどからネルを睨みつけるその鋭い眼光のせいなのだろう。
アルテラのような美人の娘がこのブサイクから生まれてきたと言われても、にわかにはとても信じられなかった。
おそらく母親が、めちゃくちゃ美人だったに違いない。
ネルは静かに報告した。
「魔人騎士のヨメルから、また、催促です」
ヨメルとは魔人国にある第一の騎士の門を守護する魔人騎士であった。
「もう、次をよこせと言ってきおったのか……あいつの好みは頭脳明晰な若い脳だからな……あの強欲め」
あいかわらずアルダインは、微動だにせずネルをにらみつけている。
「すでに、神民学校高等部の一般国民の女子生徒1名とその家族の移送準備が整っております」
すぐさま、ネルは対応策を報告した。
アルダインから想定される質問が出る前に既に回答を用意しているあたりが、アルダインの美人秘書と高く評価されるゆえんなのであろう。
「そうか。ならば期日までに魔人国へ送れ。あいつは納期に少しでも遅れると門外のフィールドで暴れ出すからな」
「御意」
報告を終えたネルは再び頭を下げて立ち上がると、そのまま後ろに引き下がろうとした。
だが、アルダインは、そんなネルの動きを制止する。
「ネル、報告が片付いたのならお前の本来の仕事を始めろ」
くっ!
瞬間、ネルの唇が悔しそうに固く結ばれた。
「いつもながらその表情、実にイイのぉ」
まるでアルダインはその表情を楽しんでいるかのようである。
「もうかれこれ15年、あの汚らしい緑女が腹の中にいた時を数えると16年か。いまだにその心はワシに屈しようとしないのは、わざとなのか?」
先ほどまでの厳しい表情とは打って変わり、ニタニタといやらしい笑みを浮かべていた。
報告書を胸に抱くネルの手がいつしか小刻みに震えていた。
「まぁどちらでもよいわ。わしの興味が覚めればそれまでじゃ。せいぜい、ワシの欲望を掻き立ててくれよ。なぁ、ネル」
うつむくネルをのぞき込むような視線は、明らかに変態おやじそのもの。
だが、その視線を跳ね返すかのように睨み返すネルの目は鋭い。
――汚らわしい……汚らわしい……
アルダインは、そんなネルを見ながら何かを思い出したかのように白々しく口を開いた。
「そういえば、アルテラは今日も元気に学校に通っているそうだな、緑女でありながら健気なことだwww」
その視線は、もうすでに我慢ができないかのようにネルの体をいやらしくなぞりはじめている。
「今から緑女が緑女として生きるのは、さぞかし辛かろうなぁwww」
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