第50話 緑髪の公女(10)

 周りを取り囲む女子学生たちの輪が、その動きと共にスライドしていく。

 だが、女子生徒たちは、ふんどし姿のセレスティーノを見ても悲鳴すら上げることはなかった。

 それどころか、キラキラと好奇心の塊のような目で見つめているのだ。

 もしかしてこれは新しいファッション??

 今、ふんどしがブームなの?

 私たちもふんどしよ! ふんどし!

 ふんどしこそ正義!

 ……やっぱり、イケメンこそ正義である……

 もしもである。こんなふんどし姿をタカトのようなブサイクがやっていたらどうだろう。

 おそらく、即、守備兵たちに逮捕されて牢屋にぶち込まれていたことだろう……

 そして、牢屋の中で、むさい犯罪者のオッサンたちに、ケツの穴の童貞を奪われるのだ……ヒィィィィ!

 この世はなんとブサイクにとって生きにくいのであろう……

 マジでイケメンなんてクソくらえ!


 セレスティーノはアルテラの前までくると、片ひざを折り曲げ、うやうやしくひざまずいた。

「麗しきアルテラ様、本日のご挨拶に参りました」

 下げた頭からそれとなく上目づかいでアルテラの様子を探っている。


 一応、アルテラは高貴な身分。

 アルテラが手を差し出さない限り、その手に触ることが許されないのだ。

 だから、勝手に手を握ってキスをするなどもってのほか!


 うずうずするセレスティーノは先ほどから、ちらりチラリと目を動かしアルテラの様子を確認している。

 その様子、まるで怒られたときに全く反省しないガキのようである。

 誠意のかけらが少しも感じられない。

 ――今日こそは、右手を差し出してくれるかな?


 だが、アルテラからは手が出ない。

 しかも、うなずくこともしなかった。

 それどころか、アルテラは何もなかったかのようにプイッと横を向くと、そそくさと荷物を持って教室のドアへと歩いて行くではないか。


 まわりの女子生徒たちはそんなアルテラの態度が気に入らない。

 学園のアイドルであるセレスティーノ様がわざわざ膝を折ってまで挨拶をしているのに、あの豚は完全無視!

 なにあの態度!

 当然、こうなるのは予想できた。

 一体、何さまのつもりなのよ!

 おそらく、アルテラは緑女でなかったとしても、女たちから総スカンを食らっていたことだろう。


 でもって、一人ぽつんと置いてけぼりのセレスティーノ。

 ――くそ! あの女! お高くとまりやがって!

 こちらもまた、顔が怖くなっていた。

 ――このセレスティーノさまが、わざわざ声をかけてやっているだぞ!

 だが、どうやらその表情は、背後にいる女たちには見えないようである。

 ――まぁ、あの女は緑女だからな……魔物には、きっと私の美しさが理解できないのだろう……

 って、今の自分の姿を鏡でいっぺん見てみ! 裸ふんどしだから!

 ま・まぁ、そう、自分に言い聞かせたセレスティーノは、何も言わずに折り曲げた膝を伸ばした。

 ――しかし、本当に不憫な女よな……

 未練たらたらで、膝のホコリをぱっぱと払う。


 そんなセレスティーノに、まわりの女子たちが、次々とスカートの裾をもち片足を引いてちょこっと頭を下げていた

 それはまるで、今度は自分の番と言わんばかりに挨拶をし始めたのだ。


「セレスティーノ様、おはようございます♥」

「おはようございます♥」


 そんな声に振り向くセレスティーノは、すでに満面の笑み。

 そして、次々と女の子たちの手をとると、片っ端から両の手で優しく包んでいく。

「ハイ! おはよう! おはよう!」

 ――あぁ、やっぱり若い女の肌は、ババァと違ってハリと柔らかさが全然ちゃうなぁ!

 イィィィ!

 イイ!

 キモチィィィィ~!


 アルテラは、そっけなくバッグを手にすると、教室の後ろを通り足早に廊下に向かった。

 とにかく、その場から早く離れたかったのである。

 と言うのも自分の前で、裸のふんどし野郎が女たちを従えて頭を下げているのだ。

 こんな状況で「苦しゅうない!」などと、右手でも差し出せば、すぐさま女王様決定である!

 だが、女王様は女王様でもそれはSMの女王様なのだが。


 うつぶせとなったふんどしが食い込みしケツを、女王様の足が激しく踏みにじる。

「お前は何だぁぁァァ! 言ってみろぉぉ!」

「私めはセレスティーノ! 神民学校の生徒会長でありますぅぅ!」

「違うだろうが! 貴様はただの豚だ! 豚は豚らしくワタシの足でも舐めていろぉぉぉ!」

 と突き出した足をセレスティーノの口に無理やり押し込んで上下させるのである。

 おえっ!

 淫靡な音を立てていたセレスティーノの口が、嘔吐反応を起こしゲロと一緒に靴の先を吐き出した。

 涙目のセレスティーノの顔面は、すでに口から垂れるよだれと鼻水でビチョビチョ。

「ふんっ! この豚は、こんなこともできないのか!」

 さげすむ目が、力なくうなだれるセレスティーノの頭を見下していた。


 ――イヤ……きたならしい……

 アルテラはそんな妄想を即座に拒否した。

 そうこれでは、父につきまとうあの売女の秘書と同じである。

 ――あんな女と同じになるのだけは絶対にイヤ……

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