第26話 黒の魔装騎兵と赤の魔装騎兵(10)

 剣を構えなおすセレスティーノは、周りに聞こえるかのように少々大きな声で言い訳がましく呟いた。

「意外に素早いですね。もうすでに何人か召し上がった後ですか」

 というのも、女たちの手前、一振りでかっこよく片をつけようと思っていたのだ。

 だが、それが、無様に空振りをしてしまったのである。

 かっ……かっこ悪い……マジで……


 ――これは、私がミスったのでは決してない!

 魔物が、人を食って進化したために想定外のスピードを有していただけなのだ。

 そうでもなければ、この騎士である自分が、空振りなど断じてあり得ない!

 きっと、そうだ! そうなんだ! いや、それしかあり得ないんだぁぁぁ!


 魔装装甲の仮面に覆われていてその表情を伺うことはできないが、きっとその下の表情は、とても面白いことになっていたことだろう。

 それほどまでに、セレスティーノの自尊心は崩壊寸前であったのだ。


 ――もう、許さぬ! ザコの魔物であろうが、全力をもって叩き潰す!


限界突破げんかいとっぱァァァ!」

 セレスティーノの目は、怒りの炎で燃えていた。

「我が奥義をもって、一刀に伏す!」


 再び鶏蜘蛛が空を飛んだ。


 セレスティーノは剣を自らの前に構えると目をつぶる。

 立てられた刀身に闘気とうきが渦巻きはじめた。


鏡花水月きょうかすいげつ!」


 しかし、その言葉と同時、いやそれよりも少し早かっただろうか、鶏蜘蛛のくちばしがセレスティーノの胸を貫いてしまった。

 そして、たたみかけるようにその体内へと毒液をはきかける。

 だがしかし、吐き出された毒液はセレスティーノの体を貫通し、背後の路面を溶かしていた。


 貫かれたはずのセレスティーノの姿が徐々に徐々にと霧散していく。

 その様子に呆然となる鶏蜘蛛の緑の目。


「お待たせ~♪」

 鶏蜘蛛の背中越し、いや腹越しに、セレスティーノが女たちのもとへと走っていく姿が見えた。


「ゼレスディーノざまぁ!」

 待ってましたとばかりにピンクのオッサンがセレスティーノに飛びつこうとした。


 だが、ついに心の限界を迎えたセレスティーノの右拳がおっさんに顔面にスパーンとキレイに入ったではないか。

「くたばれぇぇぇぇぇぇぇ! 魔物ぉぉぉぉぉぉぉお!」

 今まで我慢に我慢を重ねてきたのだ。

 それが今、解放された。

 か・い・か・ん!

 きっとキツネの仮面の下では恍惚とした表情を浮かべていたことだろう。

 って、この時のセレスティーノは、当然その身に魔装装甲をまとったままなのだ♪

 その強化された破壊力は、大きな岩をも簡単にブチぬく!


 ブホォァ!

 顔面の真ん中をつぶしながら吹き飛ぶオッサンの体。

 放物線を描きながら飛んでいくピンクの体を、目が点になった女たちが静かに見おくっていた。


 ――これで終わった……

 きっとセレスティーノはそう思ったことだろう。

 何せ、魔装装甲をまといし拳で力いっぱいぶん殴ったのだ。

 並みの人間の頭なら、水風船のようにパンと弾けてとんでいる。


 だが、セレスティーノは一瞬なにか例えようもない不安に襲われた。

 ――なんだ、この違和感は……

 恋!?

 ――アホか! そんなわけないと言ってるだろ! しつこいんだよ!

 そんな不安の原因を確かめようとオッサンのもとへと駆け寄った。


 石だたみの上に転がるピンクのオッサンは、まるで車に引かれた犬のように血まみれで動かない。

 そんなピンクのドレスをまとった肉塊を、女たちが顔をこわばらせながら遠巻き取り囲んでいた。

 中にはその悲惨な状況から目を背むけゲロを吐き出す女までいる。


 セレスティーノは、女たちをそれ以上怖がらせぬようにと開血解放を解くと、その輪の中へとわけいった。

 ――確実にヤツを仕留めた!

 どうやらオッサンの死を確信をしたのだろうか、セレスティーノの目が薄ら笑いを浮かべていた。

 しかしこの状況、取り巻く女たちから見れば、騎士であるセレスティーノが何の罪もない民草を一撃で殴り殺したようにも見える。というか、事実、そうなのだが……

 イケメンアイドルとして名を馳せている以上、快楽殺人者の汚名をかぶるのはよろしくはない。

 これは非常にまずい! マズすぎる!

 こんな汚名がついたら女たちをひっかけるにも手間がかかってしまうではないか。

 おそらく先ほど感じた不安の原因は、これだったのかもしれない。

 ということで、頭脳明晰(自称)のイケメンアイドルは、この難局を乗り越えるための最適解を考え出した。

 そう、女たちに紳士的なところを見せればいいのだ。

 

「すみません。大丈夫ですか? つい魔物と間違えてしまいました」

 つい魔物と間違えた……それは紳士的に言ってはいかんだろ。

 だが、魔物討伐の喜びを隠せないセレスティーノは、ついつい本音が出てしまったのである。


 ――これでどうや!

 そんなセレスティーノは、ちらりと周りの女の様子を伺った。

 しかしまだ、どうも反応が薄い。

 女たちが先ほどまであげていた黄色い悲鳴を発するには、まだまだイケメンポイントが十分に溜まっていないようなのだ。

 しかし、ただ単にピンクのオッサンをどついただけで、ここまでポイントが下がるとは……それほどまでにこのオッサンの日ごろの徳が高かったというのだろうか? いや、単にセレスティーノの徳が低かっただけなのか?



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