27項目 森林の魔物達
「オラオラオラ〜!! まだまだですよ〜!! 」
目的地であるバニラスカイまでを結ぶ街道の途中、国が危険区域と指定する"悪夢の森"などと言う大それた名のついた林。
その中に入った途端、猪俣改め、"アポロ"は、迫り来る"高ランクの魔物"を相手に、嬉々として拳を振るっていた。
というより、無双していた。
……遡る事、数分前。
平和一色と言った長閑な雰囲気が漂う草原を超えて、怪しく暗い森林の中に入った途端、彼女はあろう事か、周りなど気にもせずに「ピィ〜っ!! 」と思いっきり指笛を鳴らしたのである。
その合図と共に、鬱蒼と茂る草木の中からは、不穏な物音が響き始める。
それから、出会したのは……。
おかげさまで、数十匹を超える哺乳類から爬虫類、巨大な昆虫に至るまでの、化物たちがオールスターの如く、現れてくれた。
……つまり、猪俣さんは自ら魔物を呼び寄せたのである。
それも、本来、"悪夢の森"の街道沿いで出くわす低ランクの魔物ではない。
中には、俺達を成長させてくれた"バウンディスネイクさん"まで、数体の群れを成して顔を出しているし……。
そこで、一目散に討伐へと駆け出したアポロを横目に、俺達は慌ててプロモーター商会を護る陣形を取る。
……何故、上司の尻拭いを部下が。
そんな不満を漏らしている余裕はなかった。
盾役のツァーキも、異世界人の出現に滲み出る怒りを押し殺して、しっかりと任務についてくれている。
更には、アスタロットが"強固な結界"を張って周囲へのダメージをガード。
パレットも、力になりたいのか、「いつでも怪我していいからねっ! 」と、チャムスに不謹慎な発言をする。
……それがないのが一番だろうが……。
後、うちの脳筋指揮官は、アポロと一緒に魔物討伐へと足を進めていた。
「はぁ……。貴方って人は……」
そんな言葉を呟いている辺り、やはり、アンネローゼが"アポロ"の正体を知っているのは明白だった。
だが、呆れた口調とは裏腹に、彼女もまた、口元が緩んでいる。
これから、"戦える事"を楽しみにしているかの様に。
学園では一度も見た事がない、余りにも濃すぎる真っ青のオーラを日本刀に携えているのが、それを象徴しているのだ。
……正直、俺は彼女の強さをみくびっていた。
だって、アポロと同様に根っからの"戦闘狂"なのか、Bランクを優に超える魔物の応酬を、正確かつ、大胆に綺麗な太刀筋で切り裂いて行くのだから。
猪俣の強さはもちろん、やはり、アンネローゼも相当な腕利きなのであるのだと改めて実感させられる。
まあ、軍に加入している以上、それは俺達みたいなヒヨッコよりもずっと強いに決まっているか。
……にして、あのオーラ……。
そんな美しく戦う姿に一瞬だけ見惚れてしまうも、俺は警戒を怠る事はなかった。
だって、今回の任務は飽くまでも"護衛"な訳だし。
……にしても、これでは逆に、魔物が可哀想な……。
だが、そんなまるで"この世の終わり"でも連想させる様な状況にも関わらず、商会長のチャムスはニコニコと肥えた腹を摩りながら余裕の表情を見せていたのである。
「……おやおや。アポロさんだけではなく、あの"アンネローゼ"という人もなかなかな腕前だねぇ〜」
……いやいや、今、あなたにも危機が迫っているのが分かっているのか?
しかし、そう困惑するのも束の間、彼は緊張感に包まれる俺たちに向けてこう発言したのであった。
「いつも、こうして運搬の警備を行うついでに人々が安全に街道を歩ける様、魔物を駆除してくれているんだよ。……それに、それらの素材を無償でくれるなんて、こんなビジネス手放せやしないさ」
一瞬良い話をしたかと思いきや、すぐに"商売人特有"のしたたかな目に変わる、我が依頼主。
なるほどね。
でも、やっと理解した。
つまり、アポロは本来の姿である軍人として、街道の安全の為に、わざと魔物を呼び寄せて討伐をしていたんだ。
最初は、ただ闇雲に彼女の"ストレス発散"のツールの一部なのだと思っていたが……。
どうやら、そういう訳ではないらしい。
アンネローゼに関しては、分からんが……。
やっぱり、猪俣は"根は優しいヤツ"なのだと実感した。
まあ、考えてもみれば、俺みたいな"雑魚"の育成の為に忙しい合間を縫って付き合ってくれていたしな。
ホント、不器用な優しさだ……。
……だが、少しだけ彼女に対する尊敬の気持ちが芽生えた所で……。
「オラオラオラ〜!! 全員、まとめてぶっ殺してやりますよ〜!! 」
殴る蹴るで丁寧に魔物達の首を吹き飛ばしながら笑う彼女を見て、すぐに前言撤回した。
やっぱり、ヤツは"危険"だ。怖すぎる。
てか、"スキル"も"魔法"も使わないくせに、強すぎだろうが。
今だって、Aランクの"フリージング・ゴリラ"を一撃で吹き飛ばしたし。
てか、動きが見えねぇ……。
……すると、そんな圧倒的優勢な状況をただただ見つめていただけの俺に対して、ツァーキは、明らかな苛立ちを口にした。
「……なんなんだよ、いちいち"力"を見せびらかしやがって。それに、わざわざ"依頼主"を危険に晒す様なマネをするなんて、マジで考えられねえ。これだから、"異世界人"ってヤツは……」
大きくため息を吐いて、剣を握る力を強める。
やっぱり、彼の目には、彼女が"敵"に映っているのだろう。
……それにしても、なんで、こんなにも……。
俺はそう思うと、化物達の"断末魔"から興味が逸れる。
故に、こんな質問をぶつけた。
「……そんなに、俺達"異世界人"が嫌いなのか? 」
不謹慎ながら、思わずそう問いてしまった。
そのあまりにもストレートな発言を前に、彼はまるで何かを思い出したかの様な憎悪の表情を浮かべる。
「……お前は、"仲間"として認めたから、ちげえけど、な。オレは根本的に"異世界人"が嫌いだ。あの時だって……」
そんな、絞り出した声から始まった、ツァーキが我々を恨む本当の理由。
……それは、次に出た言葉をによって、予想以上に深刻なモノだと悟った。
何故ならば……。
「オレの両親は、"異世界人"に殺された。まだガキで力もなかった頃にな……」
歯を食いしばって、眉間にシワを寄せながら猪俣を見つめる彼の表情から、"トラウマ"が芯まで伝わってくる。
それから、ツァーキは、自身に起こった"ある悲劇"について、ゆっくりと語り始めるのであった。
……魔物狩りに没頭する"二人の戦闘狂"を横目に。
「あれは、10年前の話だが……」
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