26項目 気まずい初任務


 ――――「……それでは、当日は王都セイントブレアに集合ですよっ! 一秒でも遅れたら、ボッコボコにするから、覚悟しておいてください! 」



 ツァーキによる不穏な空気をかき消す様に、天真爛漫な声で"おっかない言葉"を残してその場を後にした猪俣。



 その後、彼に対して、『"幹部"の一人なんだから、無礼な態度はやめておけ』と伝えたが、『知らねえよ』などと、吐き捨てられてしまった。



 強情な態度を前にして、この件に関しては、彼女と同じ"異世界人"である俺が干渉するのも、あまり良くないと直感的に思った為、これ以上の深掘りはやめた。



 とは言え、ツァーキ自身も『……まあ、これ以上の失言はしねえから、安心しろ』と約束してくれた事にはホッとしたのだが。



 ……マジで、彼と"異世界人"との間で、何があったんだろう。



 そんな悶々とした気持ちの中、バニラスカイまでの旅路に必要な装備や食料の調達を二日で済ませた。



 最中、ツァーキはすっかりと猪俣の存在を忘れた様に、いつも通りの"中二的"な態度に戻っていたので、まあ、結果的には元通り。



 ……そして、当日を迎えたのだ。



 しかし……。



「今日は、"冒険者"としての初仕事。とにかく、気を引き締めなさい」



 まだ日が昇る前の朝、すっかりと支度を済ませた我々に対して、堂々とそう伝えたのは、指揮官である"アンネローゼ"だった。



 俺達は、胸元に小さな防具を纏って愛刀を腰にした準備万端の彼女を前に、思わず呆然とする。



 ……えっ? この人、来るの? それに、何をいきなり仕切り出して。



 敵国の調査の為に単独行動を取っていた筈の彼女。



 一応、昨日、アンネローゼが帰宅した時に、部下として『明日からSランク冒険者と共に、Bランクの依頼であるプロモーター商会の護衛をする』とは伝えた。



 その時点では、そこまでの反応は示さなかったのだが……。



 ……にも関わらず、何故か突然、今回の依頼への参加表明をすると共に、"上司"の様な態度を取ってきたのだ。



「……あ、あのぉ……。いきなりどうしたんですか? 」



 いきなり仕切り始めたアンネローゼを前に、我がパーティの切り込み隊長であるパレットが怯えながらも、恐る恐るそう問いかけた。



 すると、彼女は、鋭い目つきで「……なにか、不満……? 」と、睨みつける。



 あまりの威圧感に対して、パレットは「す、すみません……」と、怯えながら俺の背中に隠れる。



 本来ならば、不満を持っても良いところだろう。



 ……しかし、怖い顔をするアンネローゼの頬が、少し赤らんでいたのを見逃さなかった。



 そこで、気がつく。



 もしかしたら、彼女はどの様に輪に入れば良いのか分からなくなった結果、強引な態度を取ってその場を切り抜けようとしてるんじゃないかって。



 ……なんだか、この人、何処となく朱夏に似ているな。



 すぐ感情的になる辺りや、"ツンデレ"な所とか……。



 そんな気持ちにさせられると、不思議と"親近感"が湧いた。



 俺の"カノジョ"を思い出しながら。



 故に、俺は上司の性格の"一端"を垣間見た上で、不満そうな顔をするツァーキや、興味なさげなアスタロットに向けて、こう告げたのであった。



「……まあ、我が指揮官がこう言っているんだ。新人の兵士として従うのは当然だろ? 」



 その一言に、「ま、まあ、お前がそれで良いなら……」と、腑に落ちない口調で彼は納得する。



 俺の機転によって何とか場の空気が収束をすると、アンネローゼは一瞬だけホッとした表情を浮かべた。



 それから、すぐにキリッとした表情に移り変わる。



「何も知らない新人に教えてあげる。軍人は一時間前行動が基本。よって、早く出発するよ」



 そう厳しい口調で彼女が告げたのを皮切りに、俺達はパーティが全員揃った状態で"初めての依頼"をこなす事になった。



 アンネローゼが、どんな考えで、俺達と団体行動を取ろうと思ったのかは分からない。



 もしかしたら、この依頼に、先日に伝えられていた"冒険者を勧誘する敵国のスパイ"についての証拠が眠っている可能性があると判断したからなのかもしれない。



 まあ、何にせよ、この旅をキッカケに、少しでも彼女との関係が良好になれば御の字。



 それに、ここ最近の彼女の表情からは"疲弊"が窺えたが故、少しでも我々が助力出来れば、なんて思うのであった。



 ……てか、Sランク冒険者の"アポロ"が、実は"国王軍幹部"である事を、彼女に伝えるべきなのであろうか。



 そう考えるも、あからさまな"話しかけるなオーラ"を放つアンネローゼに、事実を打ち明けるタイミングはなかったのである。



*********



「やあっ! 今日は宜しく頼んだよっ!! 」



 猪俣に告げられた時間の30分前になると、約束通り"プロモーター商会"の長であるチャムスが、荷馬車数基を連れて現れた。



 そこで、約束の一時間前から待っていた甲斐があったと思う。



 アンネローゼの指示通りに動いていなかったら、もしかしたら、"依頼主"を待たせる形になっていたかもしれないから。



 故に、滞りなく挨拶を交わす事ができた。



 意外にも、彼女は"俺達以外"へのコミュニケーション能力は高いらしく、普段は決して見せない"笑顔"で商会長と接していたのである。



 ……だが、そんな風に和気藹々とやり取りを続ける最中、一つの不安要素が浮かび上がる。




 予定時刻になっても、猪俣、いや、"アポロ"が現れないのだ。



 マジで、何をしているんだ、あの人。



 俺は十名程いる商会の人々の意識を時計から逸らす為に、口から出まかせの"煽て"を続けていた。


 「そ、その馬車、とても高貴なオーラを放っていますねっ! 」とか、ね。



 アンネローゼも、依頼人が前という事もあって、Sランク冒険者の到着までの時間稼ぎをしてくれている。



 ……背後には、首を傾げるパレットに、ぼーっとするアスタロット。興味なさげなツァーキ。



 3人が戦闘不能な為、その役目は"俺以外"にこなす事ができなかったが故だ。



 マジで、コミュ障にはハードルが高すぎる。



 ……そして、約10分の居心地が悪い時間を終えた所で、やっと彼女が現れた。



「どもどもっ! 皆さん、待たせましたねっ!! 」



 彼女は、仮面を被った状態で、呑気な口調でそんな事を言う。



 だが、チャムスが"良い人"だった事もあり、不穏な空気は流れずに済んだ。



 それどころか、Sランク冒険者の登場に喜んでいた。



「君さえいれば、安全な旅になるだろう」



 とか、ガッチリと握手を交わしていたし。



 ……アンネローゼよ。何が、『軍人は一時間前行動が基本』だよ。



 お前の上司を、教育しやがれ。



 このまま来ないんじゃないかって、不安にさせやがって。



 そう思って、"アポロ"を睨みつけていると、彼女の視線はアンネローゼに移り変わった。



 何故か、含み笑いをする彼女。



 同時に、気まずそうに目を逸らす我が指揮官。



 ……もしかしたら、アンネローゼは"アポロ"の正体を知っているのかもしれないって思ったりもした。



 まあ、何にせよ、今、目の前にこの国最強の戦士がいる以上、護衛のミッションに関しては、簡単にこなせるだろう。



 ならば、魔物が蔓延る道中での猪俣の戦闘から、学べるべき点を盗ませてもらおうと考えるのであった。



 あの強さは、今後の実戦において、かなり勉強になるし。



 ……しかし、アポロの登場よって、柔らかくなる雰囲気の中、もう一つの"不安要素"があったのだ。



 それは、"ツァーキ"の様子だ。



 彼は、彼女の登場から態度が一変。



 先日、猪俣に悪態づいた時と同じ様に、憎悪に満ちた表情で黙りこくっていたのだ。



 ……マジで、コイツ大丈夫か? まさか、背後から彼女を襲ったりとかしないよね……。



 そんな気持ちが心に動揺をもたらしつつも、約100キロを歩く旅は、「では、行きましょうかっ! 」と、堂々と宣言をする"アポロ"の声によって、始まったのであった。

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