25項目 彼女の願う平和
長テーブルが中央で存在感を放つガーディナル王国国王軍の本部室。
そこで、総司令官は"武者小路"と、今後の方針についての会議をしていた。
先の戦争に向けて、各国に散りばめられた"ヴィクトリーナ国"の動きが活発になり始めていたと報告を受けた。
「……それでやすね、暗躍部隊の報告によると、遂に隣国コーンフラワーの中枢部に対して、"異世界人"が支配を始めたらしいのでやすよ。これは、由々しき事態でやす」
彼の発言に、虎太郎は頭を悩ませた。
「やはり、教会の言った"タイムリミット"は正しかったという事か……」
数日前、教会に保管されている【開闢の書】が、"唯一神ニル"の復活日時を示したという。
それは、"2年後"だった。
どの様な手を使って、敵国がその情報を手に入れたのかは不明だが、どちらにせよ、危機が迫っているのは間違いないのである。
何故ならば、ヤツらの狙いは、間違いなく"女神の目覚め"の瞬間だから。
更に、過日、国境南部に二人の日本人が現れたという情報。
これまで、軍門に下った隣国の"現地の兵"を使って牽制をしてくる事はあったが、"スキル持ち"自らが現れるなど、経験はなかった。
それが意味する事。
……つまり、周辺国に戦力を集中し始めたという話だ。
この由々しき事態を放置すれば、国家にも甚大な被害をもたらすであろう。
そうなると、いよいよ防衛のみではこの窮地を乗り越えられない。
そう思った虎太郎は、決意を固めた。
「そろそろ、"攻め"に転じるべきか。早々に"作戦"を練ろう。その上で、"戦闘部隊"を使って"開戦"を宣言する」
国の防衛という面においては、"守護の勇者"がいれば間違いない。
彼女の力なら、一人でも護り切れる筈。
だからこそ、彼らは"攻撃"に専念出来るのだから……。
そんな気持ちで、早速、思考を始めていると、武者小路は別件の"ある話"を始めた。
「……後、関係ないでやすが、貴公が気にかけていた"二人"の少年は、今、こちらで元気にやっているでやすよ」
彼の言葉を聞くと、虎太郎は戦闘の為に必要な地図を広げる手を止めた。
「小原周と、"ツァーキ"か……」
思わずそう呟く。
それに対して、武者小路は少し悲しそうな顔をした。
「……やっぱり、小原殿と忍冬穣について、まだ後悔をしてるでやすか……? 」
その言葉に、唇を噛み締める。
「当たり前だろうが。何故なら、オレはまた"最低な選択"をしてしまったのだから。しかし、この国の防衛する上で、"守護のスキル"は必要不可欠だった」
虎太郎の本音を聞くと、武者小路は彼の肩にそっと手を当てた。
本来、彼が"幸せなカップル"を引き離す様な性格ではない事を、知っていたから。
きっと、その選択には、並々ならぬ覚悟があったのである。
国や世界の未来を背負った結果、葛藤の末に"守護の勇者"を迎え入れた。
この世界に安心をもたらす為に。
更に、力なき青年の"安全"を確保する為に、わざと実力差を見せつけた。
これは、虎太郎なりの不器用な優しさだったのである。
"小原周"を、戦地で死なせない為の。
……なのに、彼は自ら士官学校で鍛錬を重ねた末に、"軍部の末端"になってしまった。
この事実は、彼に罪悪感を与えているであろう。
"長い間"、虎太郎の下で日々を送ってきた武者小路には、その"辛さ"が手に取る様に分かるのである。
……それは、彼が"ヴィクトリーナ国"で経験した惨劇に起因する。
「……もう、彼女が死んで"10年"でやすか。今でも、あの時に起きた事は"夢"だったんじゃないかと思うでやすよ」
その一言に対して、虎太郎は左薬指に輝く指輪を見つめながら、悲しそうな表情を浮かべた。
「……ああ。"アイツ"がいなくなったなんて、今でも嘘なんじゃないかと思う。彼女の"意思"は、いつでも正しかった。オレがもう少し早く、"奏"の暴走を止めていれば、あの悲惨な結末を迎えなくて済んだのかもしれない」
彼の顔を見ると、武者小路は首を振った。
「もう、自分を責めるのはやめるでござるよ。きっと、小原殿に対して、"あの時"を投影しているのかもしれないでやすが、彼らの安全は、小生の"命に賭けて"でも保証するでやす。きっと、猪俣も同じ気持ち。だから、共に叶えるでやすよ。"彼女の夢"を……」
その一言を聞くと、虎太郎は実に"総司令官らしい"真剣な顔に変わった。
「ホント、オレは弱い人間だ。忍冬朱夏にも、辛い選択をさせた。……でも、もう戻れない。だから、小原周は頼んだ。後、"ツァーキ"の事もな……」
それに対して、武者小路は大きく頷く。
……そして、逸れた話を修復する様に、二人は"開戦"に向けての作戦会議を始めたのであった。
"ある女性"が願った、"世界平和"を実現する為に……。
*********
「……そ、それでなんだが、この人は"猪俣さん"。国王軍の幹部にして、"貫穿の剛槍"である"猪俣 音乃さん"だ」
彼女が操る"空間転移"で宿舎に戻って、仲間達が目覚めると、俺は"アポロ"の正体について説明をした。
……元々、知り合いである事も含めて。
「皆さん、初めまして!! 想像以上に強くて、ビックリしましたよ〜」
ソファに胡座をかきながら、あっけらかんと笑う彼女を前に、ツァーキは呆然としていた。
「ま、マジかよ……」
あの時の"強さ"の理由を納得した様に、思わずそうボソッと呟く。
しかし、さっき簡単に失神させられたパレットは、何故か興奮状態になっていた。
「まさか、こんな所で"異世界人様"に会えるなんて、夢みたいっ!! ……それに、オバラくんはやっぱり、すごいよっ!! 軍の幹部とお知り合いだったなんてっ!! 」
キャッキャと目を輝かせながら、しがみついてくる。
その様子を、ニヤニヤとしながら見つめる猪俣。
「ふふふ〜。我が弟子は、スミに置けないですねぇ〜」
……なんだが、意味ありげな顔をしていた。
その瞬間、朱夏を思い出した。
「い、いや、これは、きっと、ただのスキンシップで……」
慌ててそうフォローすると、パレットは口を膨らませる。
「ち、違うよっ! これは、"愛情表現"なんだもんっ! 」
……マジで、話を複雑にしないでくれ。
カノジョに告げ口でもされたらどうするんだ。
何故か、アスタロットはその姿を恍惚の表情で見ているし。
そんな風に苦笑いを浮かべると、無理やり話題転換をした。
「それで、ここにいる理由はなんだよ。わざわざ、冒険者なんてやる意図が分からない」
俺が核心に迫る問いかけをすると、彼女は即答でこう告げた。
「単純に、"趣味"ですね。軍でのストレスを魔物の討伐で発散すれば、国の安全にもなりますし、一石二鳥じゃないですか」
……その答えに、俺は苦笑を浮かべざるを得なかった。
趣味って……。
そうドン引きをしていると、彼女は俺の表情なんて気にする事もなく、こう続ける。
「……でも、貴方達の"潜伏"を知った事で、もう一つ理由が出来ましたね。このパーティを"鍛え上げる"っていう」
……彼女の言葉に、俺は肝を冷やす。
つまり、また、"学生時代"の様な地獄の鍛錬が再来する事を意味するのだから。
まあ、実際に、彼女との特訓に励めば、強くはなれる。
それは、願ってもいない話だ。
……だが、一つ気がかりが……。
「……"異世界人様"は、良い身分だな」
そんな不躾な発言をしたのは、さっきまで驚愕の表情を浮かべていたツァーキだった。
どうも、彼は以前から"異世界人"に対して、あまり良い印象を持っていない様子だった。
俺に関しては、戦闘の中で認めてくれたっぽいが。
それを象徴するように、今も猪俣を"親の仇"みたいに睨みつけているし。
……彼の過去に、一体何があったのだろうか。
そんな事を思っている間にも、場の空気は不穏なモノになって行くのであった。
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