第3章 森で出会った仲間たち
第1話
それから三週間が経った。
リズは朝と昼はクロウとできるだけ一緒にご飯を食べることにした。彼はリズと持ってくるご飯を楽しみにしていて、毎日美味しいと褒めてくれた。
伯爵家出身の彼はもっと美味しいものをこれまで食べてきたはずだ。
きっとお世辞に違いないが、美味しそうにご飯を食べてくれる姿を見ているとやはり作り甲斐がある。それに何故か分からないが、クロウがご飯を頬張る姿を見ていると不思議と初心にかえって美味しい味を追求しようとレシピ研究に没頭した。
改良したご飯を提供する度、クロウもヘイリーたちも大きく舌鼓を打ってくれる。
リズは彼らの反応を見て、今まで感じたことのない高揚感に満たされていった。
そしてクロウは加護石のお陰で離れ棟の外へ出られるようになった。
リズが作るご飯の甲斐もあり、顔色も当初より随分と良くなった。呪いで廃人になると危惧されていたが、日増しに元気を取り戻している。
(この状況が続けば、聖力を持つ司教様が来るまで持ちこたえられるかもしれません)
ヘイリーはあれからも教会本部とやり取りをしているが、近隣に死霊の接吻を浄化できる程の聖力を持った司教がいないため派遣は難航していると言っていた。教会本部から司教を派遣できないか、確認を取ったところ別件が立て込んでおり、動くにはもう少し時間が掛かるらしい。
それでも加護石のお陰で呪いが悪化しないのなら御の字だろう。
「クロウさんの呪いを解くためにも、早く聖力のある司教様が到着しますように」
樹海で倒れていたところを助けてくれた命の恩人が呪いで苦しむ姿や廃人になってしまう姿は見たくない。目を閉じて祈るように手を組むリズはクロウの無事を祈ったのだった。
『リズ、なんだかとっても嬉しそう』
『良いことあったー?』
『私たちにも教えて欲しいの』
「えへへ。何でもありません」
朝の祈りと朝食の準備を終えたリズはヴェントの力を借りて洗濯物を干しに修道院と離れ棟の間にある洗濯干し場へと移動していた。
今日はリズが洗濯物を干す当番だ。洗濯は重労働なのでいつもケイルズとメライアの三人で一緒に洗っている。リズとメライアが石けんで洗い、ケイルズがしぼり機で水気を切るというのがいつもの流れだ。
「運ぶのを手伝ってくれてありがとうございます、ヴェント。あとは私がやるので大丈夫です」
ヴェントや他の二人にいつもの角砂糖を渡すと、彼らは嬉しそうにどこかに飛んでいく。リズは三つの光る球体を見送って洗濯物を干す作業に取り掛かった。
洗濯干し場に建てられている小屋から脚立を持ってきて足場を作ると、ぴんと張られた縄にタオルやシーツを掛けて洗濯ピンで留めていく。冷たくて気持ちの良い風が吹いているので洗濯物もよく乾きそうだ。
「これが最後の一枚ですね」
リズは脚立を移動させて何も掛けられていない縄の前に立つと身体よりも大きなタオルを干した。
「ふぅ。無事に洗濯物が終わりました。 ――あっ」
脚立の上で万歳をしているとバランスを崩してしまい、脚立がぐらつく。
(わわっ! このままでは落ちてしまいます!!)
手をぱたぱたと動かしてなんとかバランスを取ろうとするがうまく体勢を整えられない。背中から地面に落ちることを覚悟していると、大きくて温かなものに支えられる感覚がした。気がつけば、地面に足がついている。
「まったく。危なっかしいな、リズは」
上から溜め息と共に声が降ってきたので頭を動かすとクロウが微苦笑を浮かべていた。
「お兄さん! 助けてくださってありがとうございます」
リズは慌てて俯いた。眉間に皺を寄せているので、クロウに呆れられたのではないかと心配になる。
(ううっ。助けていただいたのはありがたいですがこんな失態、見られたくなかったです)
しょんぼりとしていると、目線が合うように逞しい腕でクロウがリズを抱き上げる。
「別に怒ってないからそんな顔をするな。リズを心配しているだけだから。脚立は地面が平らなところに置かないと、足場が悪くなる。さっきみたいにバランスを崩して地面に落ちたら怪我をするかもしれない。今度からは気をつけるんだ」
クロウは心底心配してくれているようだった。いつもリズを注意する時は眉間に皺を寄せているので呆れているのではないかと勘違いしてしまう。
リズは穏やかな低い声を聞いて一安心した。
「次からは気をつけます」
フッと笑みを零すクロウは空いている手で脚立を畳んでひょいと持ち上げる。それからどこに置いてあったのかをリズに訊くと元の位置に戻してくれた。
「さて、これで一仕事終わったな。お疲れ様リズ。……リズ?」
不思議そうにこちらを眺めるクロウに対して、リズは頬を真っ赤に染めていた。今になってこの状況を意識してしまい、心臓がドキドキする。
(最近、なんだかクロウさんとの距離が近くなった気がします……)
彼は小さな女の子にする真っ当な態度を取っているだけ。別にセクハラをしている訳ではない。
だが、十七歳のリズからすれば歳の近いクロウの顔が間近にあるので否が応でも意識してしまう。
「そ、そうだお兄さん、朝食の準備ができているので一緒に食べましょう」
身じろいて地面へと飛び降りたリズは小走りで厨房へと駆けていく。そして厨房に入ると一度深呼吸をしてから気を引き締めた。
天気が良い日は洗濯干し場の近くに置いてあるベンチに座ってクロウと朝食を取るのが最近の日課だ。
リズは朝ご飯として用意していたチーズサンドとミルクの入ったバスケットを手に提げて彼の元へ戻る。深呼吸をして心を落ち着かせたこともあり、先程のように変に意識することはなくなった。
クロウはチーズサンドを摘まむと美味しそうに頬張り始める。
「リズはこれから何をするんだ? 聖学の勉強か?」
「私はこれから、森へ行って木の実がないか探しに行きます。今日は月曜日で夕飯が魚料理の日になるのですが、ケイルズによると魚は仕入れられないとのことでした。代わりに甘いスイーツを作ろうと思っています。お兄さんは?」
「俺は鍛練だ。要塞の時と比べて随分身体が鈍ってしまっている」
普段前線で戦っているクロウは毎日要塞で過酷な鍛練を行っている。死霊の接吻で呪われてからは離れ棟から一歩も出られず、死霊や影に警戒して常に緊迫感の中で過ごさなくてはいけなかった。
しかし、ヘイリーの加護石のお陰で日中は外に出られるようになり、これで心置きなく鍛練ができるようになった。離れ棟へ初めてご飯を届けに行った日の、生気のない表情と比べて溌剌としている様子からその効果を窺い知ることができる。
(樹海で出会った頃と同じくらい元気なクロウさんに戻って良かったです)
朝食を食べ終わりクロウと別れた後、リズは洗濯籠を洗濯場に戻してから昼食の準備を終わらせると作業部屋にいるメライアに声を掛ける。
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