第47話 社会人⑩ 穢れた身体と傾かざる天秤
真樋はベッドに夢月を押し倒した。
理性ではなく、感情が支配しているといったところか。またはまだ酒の酔いでも残っているのか。
真樋は元々性行為をするために夢月と二人きりになったわけではない。
話をしたかったからだ。話の流れでおかしな方向へ向かい、痣だらけの身体を見せつけられた。
紳士ならば、服を着せて優しい言葉の一つもかける場面であるが、二人は違った。
あまり声には出していないが、夢月は復縁または幼馴染には戻りたいと思っている。
しかし子供がいる以上、復縁がほぼ不可能な事は半分理解している。
色仕掛けならぬ、弱みを見せる事が卑怯だとは理解していないとは思えないが、夢月は運と未来を天に任せた。
もし、部屋から追い返されたらそれはそれで受け入れる。
しかし、どんな事でも真樋が求めてくれるのなら、それに全て応え受け入れようと。
それがどんな変態行為でも、乱暴な事でも、真樋からなら受け入れられる。
夢月の精神はまともなようで、まともではない。
同窓会のため、実家に預けてきた子供がいるから、かろうじて精神を保つ事が出来ていた。
かつて二人が行為に勤しんでいた頃、たまに強引や激しい行為をしていた時もあった。
しかし、当時は愛を以っての行為であった。
今の押し倒し方は、夢月を女性として扱うというよりは、行き場のない感情……苛立ちのようなものを表面に押し出した、ただ強引に事に運ぶための押し倒し方である。
驚いて少しだけ顔の向きを変え、真樋の表情を伺う夢月。
夢月としては、強引でも無理矢理でもモノとして扱われても良かった。
それで自分を再び相手にして貰えるのであれば。
だから嫌がる素振りも見せずにただその流れに身を任せる。
たとえろくな愛撫の一つもなくてもそれで良い。
真樋は仰向けに倒した夢月の身体を、強引にうつ伏せに変える。
背中や、下着の隙間から見える尻にも暴力の跡が残っていた。
どれだけ殴ったり蹴ったりしたのか。
真樋は姿すら知らぬ間男への怒りと、そんな奴に奪われた自分自身への怒りが込み上げてくる。
そのせいだろうか、真樋の思考はドンドンと闇へと向かっていく。
そして腰を持ち上げ、後背位がしやすい体勢にすると……
「こっちで充分だろ……」
感情がぐるぐると回っていても、最低限の事は頭に残っているのか。
避妊具を付けた真樋は、その照準を通常行う場所とは違う場所へと押し当てた。
「力を抜かないと大変な事になるぞ。」
かつて付き合っていた時も一度か二度は行った事がある。
しかしその時は入念に準備を行った後に挿入していた。
大抵のカップルはそこでの行為は行わない。
一度や二度ならば好奇心や背徳感等から行うかもしれない。
そうでなければ一部の加虐や被虐の性質を持つ者、ある程度達観し普通の行為に飽きた者等が行う行為である。
「そうだよね……」
誰とも知らない相手が入ったところになど挿いれたくもない。夢月は真樋がそう考えると思っていた。
真樋は直前に、滑り剤を避妊具と夢月の其処に塗ると、大砲に玉を詰め込んだ。
最初に力を入れて入口を抉じ開けると、あとは重力に身を任せるように押し込んでいった。
だから抑前戯など必要なかったのである。
通常挿入するべき場所は利用しないのだから。
気持ち良くさせてやる必要はない、そういった思考が真樋を襲う。
しかし、行為をするための事前準備をしていない事には変わりがない。
お腹の中は空ではない、挿入口となるべき場所までの通路は、舗装前の凸凹した道路と同じ。
色々な不純物が残っている。行為中に激流と成り得るかもしれないし、避妊具に
それでも構う事なく真樋は奥へ手前へと移動していく。
潤滑剤がなければ、その道路や
潤滑剤を塗布したり、気にしないようでいて、気遣っているようでもあった。
真樋と夢月がガウン姿でベッドに腰を掛けていたのが深夜0時過ぎ。
それから時計の短針が180度反対側に到着するまで、真樋軍の攻めは続いた。
防戦一方の夢月は何度も防壁を破られ、
ただし、その6時間近い攻城戦の中で、真樋はただの一度も正門を抉じ開ける事はなかった。
目が覚めた真樋は様々なモノを目にしてしまう。
時計の針を見ると、まだ朝食には間に合う時間帯だった。
そして視線をずらして布団の上とその上の
一言で表せば、布団の上はとてもカオスな状況となっていた。
夢月の上からと前からと後ろからの吐出物により、高級そうな布団が二度と使えないものに変わり果てていた。
臭気からそれらが何なのか理解出来てしまう。
ここはラブホテルではない。
「あぁ、おはよう。」
自分が理性を捨てて行き場のない感情に身を任せた事によるものだと理解していたのか、少しだけ罰の悪そうな応対となる。
「おはよう。」
「お前……」
「平気だよ。真樋にならどんな
昨晩までのおどおどした姿は消えていた。一夜交わっただけで随分な変わりようである。
それだけ真樋という存在が、夢月にとっては心の支えだったのかも知れない。
真樋は夢月が元々そういう奴だったと思い出す。
夢月は誘い受けだったと。
全裸で歩く真樋は、頭を掻きながら想いを告白する。
「昨晩は感情に任せてやっちゃったけど。」
そこで一度言葉を止める。この先は自分にも夢月にも正解か不正解かわからない回答だからである。
「でも、悪いけど前のような関係に戻る事は出来ない。」
二つ目の天秤が傾いた瞬間だった。
元の恋人の関係に戻るか、戻らないかという天秤。
どちらに傾いても完全に明るい未来が見えるとは考えられなかったのだろう。
消去法かもしれないが、真樋なりに出した答えだった。
一つ目の天秤は真樋が別れを切り出された時。
あの時強引に自分に都合の良い方に傾ける事が出来ていれば、少なくとも夢月にバツイチという未来を贈る事はなかった。
少なくとも真樋はそのように感じていた。
さらに真樋は言葉を続ける。その言葉で未来が大きく変わる。
「だけど、一回会ってみたいな。夢月の子供に。」
それが新たな天秤に乗る分銅の一つだとも知らずに、真樋は素直な気持ちを告白した。
少しだけ改善した幼馴染の関係だった。
幼馴染以上恋人未満。
それはかつての、高校2年生までの二人の関係。
7年の間に変わり過ぎていたものは、ずっと好きでしたでは到底埋まらない。
二度目の始まりは誰と誰の線路なのか。
「大人になってお漏らしは……」
昨晩のプレイ中の一部分を切り出して真樋は呟いた。
やはりDCで間違いないのかもしれない。
真樋と夢月の始まりは、幼稚園の時の夢月のお漏らしからなのだから。
後日、宮田社長から呼び出しを受ける真樋。
「真道、ホテルの布団代やらシーツ代やらな、お前の給料から天引きな。」
あの日の出来事は、宮田社長の元へと筒抜けであった。
あのホテルの名前はエルマーナメノルホテル。
昨年竣工したばかりの宮田グループの携わったホテルである。
「あぁ、それとお前、素質あるな。そっち系ホテルの建設の話が来たら、立地や内装、ギミック等はお前に任せよう。」
宮田音子の中で、真道真樋は調教師的な立ち位置を得たようだ。
一体どんなプレイをしたのか、客観的に見てみたいと思う真樋であった。
「ん?あるよ。」
心を読んでいたのかというような、宮田社長の対応。
机の引き出しから封筒に包まれた一枚のディスクを取り出す。
そして真樋は宮田から1枚のディスクを受け取る。
このディスクを見るのか見ないのか、勝手知らぬところで新たな天秤が出現していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます