第44話 社会人⑦ 感動的でない再会
「これは、勝手に言って良いのか悩んだけど、真森から写真を見せて貰った。可愛い子供だと思った。それといた……」
十津川が最後まで言い切る前に真樋は言葉を遮った。
「お前、全部知ってて話しかけてきたな。」
真樋の目が鋭く十津川を捉える。その視線が与える影響は、ジェットコースター等で勢いよく下る時に男子が股間に感じる、スゥっとした感覚だった。
「すまん。勘違いしないで欲しいのは彼女から頼まれたからとか、興味本位ではない。単にお前達を見てられなかったからだ。」
小中時代の明るさや、ある意味では気高さまで見せていた真森夢月という人物が、成人式や本日の同窓会ではまるで別人のように同級生達に映っていたからである。
かつての仲の良さを知っているならば、疎遠にしか見えない、陰キャや鬱のようにしか見えない夢月の様子を見てしまえば、二人の間に何か重大な事があったと想像が出来るというものである。
「俺の方こそ熱くなり過ぎた。わりぃ。」
ある程度の仲であれば、そのような短い単語でも謝罪の言葉として成立する。
そのくらいには真樋と十津川の間には友好関係があった。
真樋はグラスに残った液体を一気に飲み干した。
「今更だけどな……俺、酒はあまり強くないんだ。」
真樋から衝撃の告白を受ける十津川。
さりげなく観察をしていた十津川の目には真樋は既に5~6杯はアルコールを摂取していた。
「そうか、でも彼女もあまり強くはないみたいだぞ。最初はちびちび無理矢理飲まされてた感じだったけど。」
真樋と同じくらい夢月の事も観察していた十津川。
何を隠そう、真樋が偶然目にした夢月が携帯の画面を見せていたテーブルには、この十津川の姿もあったのである。
「まぁ、久しぶりだから飲んだり飲まされたりはするだろうな。俺だって感情隠すためにちびちびといってた心算が結構飲んでしまったし。そのせいで頭がくわんくわんしてるわ。」
真樋の顔は誰が見ても真っ赤であり、その態度は酔っ払いのものである。
「それでも不思議だな、見えてる視界はぼやけたり霞んだりはしていない。頭が痛いだけだ。」
その言葉を聞いた十津川は内心で笑みを浮かべる。
そして十津川が真樋に一つの鍵を手渡した。
「10階の1~10号室は同窓会で貸し切ってるんだ。酔って帰れなくなったりした奴が休めるようにってな。」
手渡された真樋は突然の事ではあったが受け取った。
「何が言いたい。」
手渡された鍵を見ると、1010と書かれていた。某デパートを示すような文字体で描かれていた。
「酒が入ってると感情的になったり、暴力的になってしまうのが人間の本質かもしれんけど、それでも隠していた本音をぶちまける事もし易くなるのも事実だ。」
「だから何を……」
「介抱する名目で一つ部屋を提供するから、腹を割って話し合ってこいよ。」
「そういうのは余計なお世話というんだぞ。高校時代のダチのように当時の距離が近い奴に言われるならともかく。」
それはかつての友の一人としては、聞き捨てならない言葉でもあった。
まるで小中時代は友人ではないのかと。
「俺達だって卒業してから空白の時間はあるけど、小中と一緒だったのは変わりないだろ。そこに長いも短いもない。寧ろ純粋な子供時代を一緒に過ごした仲なんだから、余計に気になるんだよ。見ていてこっちまで胸が痛くなるんだよ。」
熱くなって語り出す十津川。他の同級生達はそれぞれの会話に夢中なのか注目される事はなかった。
「お前……」
「これだけは言わないって、墓の中まで持っていこうと決めてたんだけどな。俺は小学校の時も中学校の時も真森の事が好きだったんだ。でもあいつの隣や前にはいつもお前がいた。恋する乙女の視線が俺には全く向く様子がないと分かっていながらな。」
「お前に話しかける前に見せて貰った彼女の子供の写真……可愛かったけど超ショックだったよ。俺でさえハンマーが脳天直撃したような感覚だったんだ、お前はもっとだろうよ。」
「でもさ、普通子供の写真を見せる時って嬉々として見せるもんだろ。なのに踏み絵を踏むかのような見せ方だったんだぞ。」
「真森に何か悪い事があったのは事実なんだろう、これも本当は直接本人から聞いて欲しかったけど。真森今はシングルマザーだってさ。」
右手を引き絞って繰り出そうとする。しかしその勢いは真樋の顔の手前で止まる。
活でも入れようと一発殴ろうとでもしたのだろうか。
その拳はぷるぷると震えるだけで、十津川自身の心情を表しているかのようでもあった。
「これを当てないのは傷を増やしたくないからだ、俺の拳もお前の顔にも。お前が真森ときっちり話し合って出した結果を知るまでは気が済まん。」
「随分と自己中だな。」
「人間誰だって自分が一番可愛い。それでも譲れるものと譲れないものがある。諦められるものと諦められないものがある。」
「真森を諦めたくはないけど、諦めるためには、俺にも決定的な何かが必要なんだ。」
小中時代の態度だけでは足りないと十津川は言っている。
「それが俺達の今後の関係ってか?」
「いきなり前のような、砂糖が溶けそうな練乳はちみつワッフルみたいな関係を見せろとは言わねーよ。でも今みたいな余所余所しいのだけは見せないでくれよ。じゃないと俺は前に進めない。」
自分では沈んだ表情の夢月を再び笑顔にする事は出来ない、その役目はお前だ真道真樋……十津川はそう言っているのである。
「やっぱ自己中だな。でもま、わかったよ。この7年ちょい、胸のもやもやが晴れる事はなかった。嫌いになろうと頑張っても、忘れようと努力しても、全然だめだった。でも、まだ好きなのかと言われると……わからん。」
真樋なりの7年間の集約した想いだった。久しぶりに会っただけの同級生に吐露するべきではないと思っていたのだ。
もし吐き出す事があるとすれば、高校時代ずっと共にいた黒川達だろうと。
「嫌いになろうとか、忘れようとか、そういうのは頑張るもんじゃない。自然とそうなってるもんなんだ。真道、お前も根本的に間違ってるんだ。」
真樋の周囲には、同情したり忖度して傷付かないようにしてくれる友人はいても、厳しい事を言ってくれる友人はいなかった。
それが悪い事ではないのだが、付き合いが深いと言えないという事はある。
黒川達は真樋に近過ぎたのかもしれない。
「俺達小中の同級生は久しぶりだし空白の時間も多いからな。ある意味では遠慮なく言える部分はある。」
「どうなるかわからんけど……お前も前に進めよ……童貞委員長。」
夢月に恋をして振り向いては貰えず、それでもずっと想い続けていたというのなら、十津川は女性経験などないだろうという真樋の判断である。
「どどっどどど、童貞ちゃうし。素人童貞だし。」
酒を噴き出して否定する十津川の姿を見て、真樋は背中を押された妙な気分となっていた。
十津川の家を訊ねると、シリコン製の面白いモノが出てくる。しかしそれはまた別の話。
こつこつと足音が床から響く。
時計の秒針のように一定のリズムを刻む足音は、死の宣告のように耳と脳に響き渡る。
メトロノームのような、これまた一定のリズムで左右に揺れる、黒い四分音符のような頭の振り子。
真樋が向かう先の人物は、酒の影響なのか睡魔に襲われているようであった。
周囲の雑音を全て跳ね除け、真樋の足音だけがその対象には刷り込まれていく。
宣告である足音が止まると、背中越しに真樋は声を掛けた。
「夢月……」
苗字ではなく、かつてのように下の名前で呼ぶ。
その声が、喧噪の中でもその対象の耳には鮮明に届く。
脳に走った電撃で四分音符は覚醒し、連動するかのようにその首がゆっくりと回転する。
「ま、まと……」
夢月が最後まで言い切る前に、状況が変わるわけでもないのに真樋は一歩後ずさる。
「うわっ酒くせぇ。」
締まらない再会の第一声であった。
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