第15話 高校生⑪ 卒業
「卒業おめでとう。」
胸に花のバッチを付け、卒業生達は体育館を後にする。
卒業証書を手に、慣れ親しんだフローリングの床を、歩んで行く。
ほぼ等しい感覚で次の生徒が進んでいた。
恐らくはもう二度とこの体育館のフローリング床を踏む事のない生徒も多数存在する。
卒業後に母校の部活のコーチに就任するとか、母校の教師になるとかなければ、機会はほぼない。
母校の文化祭に参加でもすれば、体育館の出し物にでも窺わなければ、体育館に入る事はない。
証書を手に泣いて去る者、普段通り去る者、何かの堅い意思を以って去る者と様々である。
体育館を去った生徒達は一度教室に戻る。
最後の最後に担任教師からの挨拶があるためだ。
全員が集まり教師が来るまでは、教室の中には卒業生たる元クラスメート達だけとなる。
教室へと戻って来た真樋達は、それまでの別れを惜しむべく各々挨拶をしたり集まったりしていた。
「ふぐっま、まといぃ。」
卒業しても家は隣なのだ。夢月が泣いて真樋に縋る必要はあまりないはずだった。
寧ろ親友たちとの別れを惜しめよと、真樋は思っていた。
真樋の胸の中でひとしきり泣いた夢月は、他の人に見えないように鼻水を啜って親友達の元へ向かう。
クラスのマドンナ的存在も、例え彼氏がいても周囲に振りまく表情は選びたいようである。
肩を組んでラグビーのスクラムのように肩を組み合う親友達女性陣。
円陣というのが綺麗な言い方であろうが、組み合った女性陣達は涙と鼻水を隠しながら、その別れを惜しんだ。
就職を選んだのは夢月と大沼の二人。
進学を選んだのは草津と山﨑。
ただしその進む先は各々自らが選んだ道だ。
「まぁ、俺達は一緒なんだけどな。」
少し離れた場所からその様子を見ていた真樋と黒川であるが、黒川と草津と山﨑の進学先は真樋と同じ大学であった。
専攻が違うため、まるっきり同じというわけにはいかないが、同じ大学に通えばぼっちは回避出来る。
「あれだけ長く続いたのに結局別れちゃったんだな。」
真樋は山﨑を見て、黒川に話しかけた。
「そうだよなぁ。彼氏……木田川は北海道の大学に行くんだもんな。かなりの遠距離になるみたいだもんな。セックスは待てるけど、物理的に中々会えないのは待てないって事か。」
性行為は結婚の意思がお互い固まるまで待てるけど、全然会えないのは耐えられないという事だった。
お金のあまり保持していない学生が、かなりの遠距離を移動してきてまで会うのは簡単な事ではなく、だからといって電話等だけでは物足りない。
それならば、お互い次の相手を見つけるのが良いという話になったのである。
お互いが納得をして理解して別れたのであれば、周囲がとやかく言う事は出来なかった。
「GWは帰ってくるし、他の週末も全部じゃないけどこっちに戻って来るから。」
次に夢月の言葉が真樋を抉る。しかし、その全てが苦痛ではなく、救いの言葉も含んでいた。
同じ県内とはいえ、新生活に馴染むまでの間は心身共に堪えるものがある。
自宅通学の真樋はともかく、浦宮市で一人暮らしをする夢月には疲労や苦悩が堪らないはずがない。
仕事や人間関係に慣れるまでは、休日もしっかり休めるかどうかはわからない。
夢月が選んだのは県内屈指のブライダル会社。
別に大卒でなくとも高卒でも入社が可能である。
最初の2ヶ月は研修施設で基礎をみっちりと教わる。
営業職のような対顧客、お客様と直接触れ合うのは、基礎教育を終えた先輩達の仕事であった。
研修を終えた新入社員は、その基礎教育を終えている先輩について回り、設営や裏方等の実践をまずは身に着ける。
そして何をどうすれば良いかを、現場で覚えるという算段である。
2年目ともなると、希望の配属先への異動が可能となる。
それでも顧客との契約話等については先輩と二人三脚のように対応が必要とされるが、客の目線にも立って何が必要で何が求められているかも身に着いて行く。
人によってはずっと裏方で良いという者も当然存在する。
夢月がどのような部門に就きたいのかは明確にはしていない。
自分の結婚の時に優位にしたい、というのが一番の動機だったのである。
御社の~とか、企業理念が~とか言う面接での必須項目は夢月には当てはまらなかった。
「数年後に良いプランとかを考える時に、色々知っていると絶対に良いと思うんだよね。」
それならば、家事や育児に直結する事に就けばよかったのでは?と思う一同だった。
「とりあえずさ。卒業おめでとう。そしてそれぞれの新しい道が倖多きことでありますように!」
卒業証書を筒に入れ構えると、剣を突き合わせるように高々と掲げ、6人の証書が響き合った。
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